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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第七章

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232/250

222.氷柱の戦い

 ケルネイア砦から北に約七キロ地点。

 平原に大連合軍が隊列を組んでいた。

 六万の兵士が平原を埋め尽くしている。


 軍隊の前線にアルゴは居た。

 前方を見据えれば、巨大な黒い塊が見える。

 その塊の正体は敵の軍隊。

 アルテメデス帝国軍が隊列を組んでいる。

 帝国軍の兵士の数は約四万。

 数ではこちらが勝っている。


 これから始まるのは二つの軍の殺し合い。

 今まさに、大規模な殺し合いが始まろうとしていた。


 馬の蹄の音が聞こえた。

 馬に乗って近付いてくる者が居る。


 その者は、アルゴの目の前で馬を止めた。


「戦に加わってくれて、心から感謝するわ。アルゴ少年……いえ、盟主の騎士殿」


 馬上からそう声を掛けたのは、美しいエルフの女リューディア。


「リューディア……師団長、もう一度確認いいですか?」


「ええ」


「俺は自由に動いていいんですね?」


「ええ。君は君自身の指示に従ってちょうだい。それが最も勝率の高い戦い方なのだから」


「ありがとうございます」


 その返事にリューディアは頷いて、視線を別の場所へ向けた。

 そして右手を上げる。


 その直後、旗が掲げられた。

 それは大連合軍に所属する各国の旗だった。


 そして、男の大声が響き渡った。


「聞け―――!」


 と叫んだのは、大男ランドルフだ。


「敵を見ろ! あの大軍が見えるか! 地を埋め尽くす大軍が! だが臆する必要はない! それはこちらが数で勝っているからではない! 理由は一つだ! それはこの俺、ランドルフ・オグエンがここに居るからだ! 無双の戦士が勝利へと導いてやる! だから惑うな! 怖気づくな! 戦え! あの者たちを、真向から打ち砕いてやれ!」


 ランドルフは息を吸い込み、大声を放つ。


「―――出撃せよ!」


 それを切っ掛けに、軍は動き出した。

 前方の敵を討ち取るために、全軍突撃。


 平原に兵たちの雄叫びが響き渡る。

 兵士たちの大移動。大地が揺れ、大量の土埃が舞い上がる。


 全軍が突撃する中、アルゴは動かなかった。

 アルゴは己のやるべきことを決めている。


 軽く息を吐き、傍で待機していたワイバーンに乗り込んだ。


「ローザ、頼む」


 ワイバーン―――ローザの首筋を撫でた。


 ローザは従順だった。

 ローザは翼を広げて、空へと上昇。


 瞬く間に高度が上がり、アルゴは眼下に目を向ける。


 二つの大軍がぶつかろうとしている。


 アルゴの狙いは一つ。

 大将軍ガブリエル・フリーニ。

 ガブリエルを討ち取らなければならない。


 ゆえにアルゴは、上空からガブリエルの姿を探す。

 事前に偵察には出たが、ガブリエルの姿を見つけられなかった。

 だがこの場に居ないとは考えられない。

 おそらく大軍の中に紛れているのだろう。


 必死に目を凝らす。

 少しでも早く見つけなければならない。


 だがその決意に反して、それほど時間は掛からなかった。


 戦場に突如として氷の柱が現れた。

 巨大な柱だ。

 半径は約三十メートル。高さは約二百メートル。


 その巨大な物体が一瞬で現れた。


 あれが誰の仕業なのかは、考えるまでもない。


「ローザ、あの氷柱の天辺へ」


 その指示通り、ローザは高度を上げて天辺を目指す。


 氷柱の天辺が見えた。


 思った通りだ。天辺に女が居た。

 銀髪の美女ガブリエル・フリーニだ。


 アルゴはローザの背の上から飛び降りた。

 そのまま氷柱の天辺に着地。


 氷の地面は当然すべる。

 アルゴは懐から鉄の杭を二本取り出し、それを氷の地面に突き刺した。

 そうすることで飛び降りた勢いを消し、バランスを取って立ち上がる。


「躊躇いもしないのね。余裕ってことかしら?」


 ガブリエルとの距離は七メートルといったところだろうか。

 聞こえづらくはあるが、静かな上空ならば問題なく聞こえる。


「大将軍ガブリエル・フリーニ! 覚悟を!」


「嫌よ」


 直後、ガブリエルの周囲に氷の槍が出現。

 氷槍の数は百を超える。


 全ての氷槍がアルゴに向かって放たれる。


 アルゴはそれを苦も無く魔剣で防ぐ。

 この場にもし複数の仲間が居れば、全員を守り切ることは出来なかったのかもしれない。

 だが、己一人なら何も問題はない。


「相変わらず、化け物じみてるわね。どういう理屈で全ての槍を撃ち落とせるの?」


「理屈? 魔剣を速く動かして、向ってくる槍を弾く。それだけですが?」


 ガブリエルは深い溜息を吐いた。


「聞いた私が馬鹿だった」


 それから続けて言う。


「地上なら絶対に勝てなかった。けど、ここは私の舞台。私の舞台で凍り付きなさい」


 ガブリエルは右手を氷の地面に付けた。

 右の掌を中心に白い(もや)が渦を巻く。


 アルゴにはその靄の正体が分かっていた。

 あの靄は、触れるもの全てを氷結させる気体。

 ガブリエルはその靄を広範囲に広げて、全てを凍り付かせることが出来る。

 そして、その靄の速度が最も速くなのるのは氷上だ。


 その瞬間、白い靄が広がった。

 洪水のような速度で押し寄せてくる。

 逃げ場のないこの氷柱の上では圧倒的な危機。


 だがアルゴは焦らない。


 アルゴは走り出した。敢えてこちらから靄へと近付く。


 そしてアルゴは鉄の杭を取り出し、それを空中に放った。

 さらにアルゴは飛び上がり、小さな金槌で杭を叩く。


 打ち付けられた杭は、氷の地面に突き刺さる。

 アルゴはその杭を足場に前へと進む。


 杭は靄によって一瞬で凍り付く。

 そのまま杭の上に足を乗せていたのでは、足まで凍ってしまう。

 ゆえにアルゴは、その前に新たな杭を叩いて足場を作り出す。


 その杭も凍り付くが、また杭を取り出してそれを氷上に打ち付ける。

 それを繰り返しアルゴは進む。


 それは、アルゴにしか為し得ない離れ業。


 その技を前にして、ガブリエルは呆気に取られてしまった。


「う、嘘でしょ……」


 気が付けばアルゴに接近されていた。

 まずい、このままでは。


 逃げなきゃ。


 ガブリエルは後ろに下がろうとした。


 だが、ガブリエルは動けなかった。


 斬られた。体が真っ二つに裂けた。

 血が飛び散り、耐え難い苦痛に襲われる。


「きゃ、きゃああああああああッ!」


 死の恐怖。

 それを直に感じ、ガブリエルは叫んだ。

 己の意思に反して、大きく下がってしまった。


 ここは氷上。足が滑る。

 体の制御を失った。

 体は氷上の端へと流れる。


 その時、ガブリエルはようやく気付いた。


 痛みがない。血も流れていない。


「斬られて……ない?」


 幻覚か。

 盟主の騎士の殺気にあてられ、勘違いしてしまった。

 いや、勘違いさせられたのだ。


 そう気付いたが、すでに遅かった。


 体は滑り続け、ついに端まで辿り着いた。

 そのまま勢いは落ちず、空中へと投げ出される。


「あ……」


 重力にとらわれる。


 なんて間抜けなのだろう。

 自ら造った舞台から自ら飛び降りるとは。


 このままでは地上に叩きつけられてしまう。

 助かる術はある。

 氷槍を出現させ、それを足場に降りていけばいい。


 だが、それをする気にはなれなかった。


 それをして助かったところで、あの敵に勝てる気がしない。

 だったら、あの敵の剣に斬られるより、地上に叩きつけられて死んだ方がいいのかもしれない。

 貴方には殺されてやらない。

 それが自分にできるせめてもの抵抗。

 情けなさすぎるが仕方がない。


 弱者に選べることは少ない。


 それがこの世の理。


「ああ……陛下……もう一度……お会いしたかった……」


 その時だ。

 上空より少年の声が聞こえた。


「ガブリエルさん!」


 アルゴだ。

 アルゴはワイバーンに乗って急降下している。

 そのアルゴの右手がこちらに向かって差し出されていた。


「ガブリエルさん! 手を!」


「な……なぜ……」


 だっておかしいじゃないか。

 私たちは敵同士。

 なぜ私を助けようとする。


「早く! 手を! 俺に……俺に任せろ! 俺が全部終わらせてやる! だから、俺に協力しろ!」


 この少年は何を言っているのだろう。

 訳が分からない。


 だが、少年の瞳を覗いた時、ひどく既視感を覚えた。

 その瞳は、強い意志と優しい光を湛えていた。


 ガブリエルの右手が自然と伸びていた。

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