221.王と神
帝都メトロ・ライエス。
アーデルフォルトゥス城。
高級な家具が置かれ、装飾が施された室内。
アルテメデス帝国皇帝『僭帝』マグヌス・アストライアは、窓から外を眺めていた。
無感情な瞳で、城下をただ眺めていた。
背後で声が聞こえた。
「陛下、ガブリエル・フリーニ、入ります」
返事も待たずにガブリエルは部屋に入った。
その不敬とも言える行為に対して、マグヌスは何も言わなかった。
ガブリエルの方へ振り向きさえしなかった。
マグヌスは相変わらず城下を眺めている。
そのマグヌスの態度に構わず、ガブリエルは続ける。
「盟主の騎士が戦場へ帰還したという情報が入りました」
それを聞いて、マグヌスはようやく反応を示した。
「征くのか?」
「はい。彼を止められるのは私以外にはいませんから……」
「……」
「私のことが……心配ですか?」
「当然だ」
その言葉を聞いて、ガブリエルはハッと息を呑んだ。
思わず涙がこぼれそうになるが、それを無理やり抑え込んだ。
「陛下、私は貴方様の剣。必ずや敵を屠ってみせます。どうか御安心ください」
「意志は固いようだな」
「キリルのこともあります。キリルの仇を……討たなければなりません」
今まで外を眺めていたマグヌスは、ここでようやく振り返った。
ガブリエルはマグヌスと目を合わせた。
マグヌスの赤い瞳は相変わらず美しい。
強さと決意。そして、優しさを湛えた美しい瞳。
「陛下、これが今生の別れとなるかもしれません」
「それを言うな、ガブリエル」
「いいえ、言わなければなりません。だからこそ、今まで言えなかったことを申し上げたいと思います」
「……聞こう」
「陛下……もう終わりに致しませんか? もう降伏いたしましょう。それができないと言うのなら、どこか遠くの地へお逃げください。そのお命だけは……なんとしても、お守りください……」
「それは出来ぬ。それだけは出来ぬのだ。ここまできて諦めるというのは……それは死ぬことと同じだ。それに『天界の門』は今この時も顕現を続けている。あれが在る限り、私は諦めん」
「……」
「すまぬ」
「いいえ、忘れてください。それが陛下の御意思ならば、私はそれに従うまで」
「ガブリエル」
「はい」
「命令だ、死ぬな。必ず生きて戻れ」
それを聞いてガブリエルは瞳を潤ませるが、涙を堪えて堂々と宣言した。
「はッ! このガブリエル・フリーニ、必ずや貴方様の元へ帰ってきます! 再び会えることを……心より願っております」
その返事にマグヌスは頷き、ガブリエルは深々と頭を下げた。
「では陛下、失礼します」
と言って、ガブリエルは部屋を退出した。
静寂を取り戻した室内。
その室内に、ポツリと声が響いた。
「いかせて良かったのですかな?」
その者は突然現れた。音もなく現れたのは
『大賢者』ロノヴェ・ザクスウェル。
「ロノヴェ……それほどまでに怖いか?」
「ええ……怖いですとも。盟主の騎士、アルゴ・エウクレイア。吾輩は彼が怖い。彼を殺しきれなかったことは、吾輩の大きな失態。彼を討ち取れなかった時点で、吾輩らは負けたのかもしれません」
「つくづくお前は人間臭いな。そのように怯えている姿を見ると、本当に人間にしか見えん。お前は……私よりも人間だな」
「不思議ではありませんよ。何故なら、人間は神の模倣体なのですから。吾輩が人間らしいのではなく、人間が神に似ているのです。それは陛下もよくご存じのはず」
「そうだったな。だが、私に恐怖はない。そのように感じることはもうない。ゆえに私は止まらない。そのために、お前は私から感情を奪ったのだろう?」
「吾輩のことを恨んでおいでか?」
「そのような感情はないと申している」
「だと……いいのですがね」
「ロノヴェ、覚悟を決めろ。それがお前と私の契約のはずだ。お前は私に不老を与え、私はお前の野望を遂行する。それを呑んだのは、それが私の宿願でもあるからだ。忘れたとは言わせんぞ」
「勿論、承知しておりますよ。それを聞けてよかった。ならば、これからも吾輩の陛下であり続けてください」
そう言い終えると、ロノヴェは黒い霧となって部屋から消え失せた。
「よかろう。お前こそ、私の神であり続けろ。悪神……ルキフェルよ」




