220.余興
将軍ルギルドから兵士各員に通達。
盟主の騎士アルゴ・エウクレイアが軍事演習を行う。
場所はケルネイア砦。明日の正午、ケルネイア砦に参集されたし。
ただし、これは軍事命令ではないため、各員の自由意思に任せることとする。
その通達がなされてから一日が経過した。
今まさに、その時間が近付いていた。
ケルネイア砦の地面や建物を覆う氷は、そのほとんどが解けていた。
だが、氷の壁だけは別だ。
高さ約五十メートル、長さ約一キロメートルの巨大な氷壁は、日光にさらされてもなお高く聳え立っている。
砦に参集した兵士の数は、一万といったところだろうか。
命令でもないのに六分の一が集結したということになる。
集結した兵士たちの数を見て、アルゴは満足だった。
思ったよりも多い。
リリアナやリューディア、ザムエルにランドルフといった者たちが兵士たちに呼びかけてくれたお陰だ。
アルゴはそう思っていたのだが、盟主の騎士が何を見せてくれるのか興味のある者は多かった。
リリアナたちの呼びかけがなくても、それなりの人数が集まっていただろう。
兵士たちは各々好きな場所に位置取り、北側へ目を向ける。
北側には巨大な氷壁。
全員の目が氷壁と一人の少年に集まっていた。
アルゴは軽く息を吐き、前へと進む。
土の地面を歩き、やがて足を止める。
約三メートル先に巨大な氷壁。
高すぎて日の光を遮っている。
アルゴはもう一度息を吐き、身を翻した。
こちらに注目する兵士たちへ向け、わずかに頭を下げた。
そしてまた氷壁へと向き直り、集中を開始。
明鏡止水。
一瞬で世界が様変わりした。
あらゆるものが見え、あらゆることを理解した。
いまアルゴには見えている。
アルゴには分かっている。
ゆえに、考える必要はない。
思うままに体を動かした。
アルゴが右手に持つのは小型の金槌。
そして左手には杭の束。
アルゴは杭の束を空中にばら撒いた。
そして、飛び上がって金槌を振るう。
高速で金槌を振り、杭を叩いていく。
叩かれた杭は前方へと飛んでいく。
そのまま前進し、杭は氷壁へと突き刺さる。
杭は一か所に纏まって刺さっているわけではなく、まばらに刺さっている状態。
「おい、見たか? すげえな」
「ああ、あれだけの杭をいっぺんに打ち付けるとは、とんでもない技量だ。だが……だからなんだ?」
そんな風に兵士たちが会話している。
兵士の言う通り、無数の杭を打ち付けられたとて氷壁はびくともしない。
当然それは、アルゴも承知の上だ。
杭を打ち付けたことで、氷壁は僅かに脆くなった。
それはほんの僅かな劣化であり、殆ど誤差の範囲だ。
しかし、氷壁の表面にうっすらと亀裂が入った。
その亀裂は杭を始点にして、一つの箇所に集まるように伸びていた。
その一点を確認し、アルゴは腰の魔剣を抜いた。
走り出し、アルゴは飛び上がる。
最適な角度、速度、威力を以って、魔剣を突き出した。
魔剣がその一点に突き刺さる。
それは、この場に集った者の目には、意味のない突きのように見えた。
確かに速い突きだがそれだけだ。
それで氷壁がどうなるものでもない。
だが、時間にして約三秒後、常識が覆された。
それは一瞬の出来事だった。
氷壁に亀裂が広がったかと思いきや、瞬く間に砕け、そして塵となった。
粉々に砕けた氷壁は、塵となって空を舞う。
氷壁の長さは約一キロメートル。
流石にその全てが破壊されたわけではないが、それでも砕けた範囲は五十メートルを超える。
ありえないことが起こった。
これを目撃した者たちは言葉を失った。
しんと静まり返る砦。
「あ、あれ……なんか反応が悪いな……」
期待と違う反応。
これはある種の余興なのだから、もっと盛り上がって欲しい。
という不安は、誰かの大声にかき消された。
「うおおおおお! 流石だ! アルゴ! いいものを見させてもらった!」
大声を上げたのはランドルフだった。
そして、それを切っ掛けにあちこちで声が上がる。
「す、すげええええ! なんだよ、今のは!?」
「信じられない! あれが人の技なのか!?」
「素晴らしい! 盟主の騎士、貴方こそ我らの英雄!」
「盟主の騎士を称えよ―――! 盟主の騎士! 盟主の騎士!」
誰かが叫び、他の者が続く。
「盟主の騎士!」「盟主の騎士!」「盟主の騎士!」
大合唱。
砦に響く大喝采。
「よかった……」
兵士たちの反応に、アルゴは胸を撫でおろす。
少しは兵士たちを奮い立たせることができただろうか。
そうだといいのだが。
そう思いながら、アルゴは氷壁があった空間に目を移した。
消え去った氷壁の一部。
それは道だった。盟主の騎士が切り拓いた道。
障壁が破壊された。ならばあとは進むだけ。
兵士たちの心に希望の炎が灯る。




