218.出陣
凍り付いたケルネイア砦。
その砦の周辺に大連合軍は陣を敷いていた。
現在、六万を超える大軍がケルネイア砦周辺の平原に集結している。
まだ日の高い昼時。
アルゴはそこへ向かって馬を走らせていた。
平地を馬で駆け続ける。
そして、前方に黒い点が見えた。
その点に向かって馬を走らせる。
徐々に点の正体が明らかとなる。
その正体は馬に乗った魔族。
アルゴは馬を止め、その人物へ声をかけた。
「お久しぶりです、リリアナさん」
リリアナ・ラヴィチェスカ。
魔族の女。細身の美女。
リリアナは馬上で笑顔を見せた。
「ええ。ご無沙汰しております、アルゴさん」
「陣はこの先に?」
「はい。ここから北へ約一キロ進めば、我々の陣に到着します」
「ふう、ここまで無事に来れてよかった……」
「私も安心しました。もう少し遅ければお迎えに行くところでした」
「そ、それは心配をおかけしてすみません」
「もう少し……私のことを頼ってくれてもいいのですよ?」
「あ……ありがとうございます」
「では、行きましょうか? 私に付いてきてください」
「はい。お願いします」
そして二人は馬を走らせた。
風を感じつつ平地を駆ける。
空は晴天。
遠くには山が見えるが、近辺に遮蔽物はない。
「随分と馬の扱いが上手くなりましたね」
前を行くリリアナから声を掛けられた。
「そうでしょうか?」
リリアナは馬の速度を少し落とした。
「ええ、とてもお上手です。よく修練されたのでしょう。とても様になっています。それに……何でしょう……以前にも増して、気品のようなものをアルゴさんから感じます」
「気品……ですか」
悪い気はしなかった。
エウクレイア家の者として恥じぬよう、日頃から様々なことを
修練している。その結果が表れているのなら、それは嬉しいことだ。
「ありがとうございます。でもリリアナさんには敵いません。リリアナさんはいつも凛としていて、気品が溢れてて、素敵です」
「……」
「リリアナさん?」
「口も上手くなって……貴方は恐ろしい人です」
「恐ろしいですか?」
「恐ろしいです。私は……貴方に心を大きく乱されます。自分では制御できなくなる……かもしれません」
「それは……すみません」
「やはり、駄目ですね……」
「駄目?」
「諦めようと思いましたが、やはり駄目です。アルテメデス帝国との戦争に決着が付いた暁には、私はもう一度あなたに気持ちを伝えます。ですから……その……再考をして頂きたい……」
顔を真っ赤にさせながらリリアナはそう言った。
リリアナの純粋な思いが伝わってきた。
リリアナの性格的に、いま口にしたことは相当に勇気を出したはずだ。
だからこれは、リリアナにとっては一世一代の告白。
アルゴはその気持ちを理解する。
「分かりました、リリアナさん。しっかり考えてみます」
「はい……お願いします」
そのまま二人は馬を走らせ続けた。
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大連合軍は平原に陣を敷いている。
兵士の数は六万以上。
陣の規模は破格の大きさ。
大小さまざまな天幕が無数に設置されている。
とても数えきれるような数ではない。
兵士の人種は様々。
人族。魔族。獣人。ドワーフ。エルフ。
まさに種族の坩堝。
アルゴはリリアナの後ろを歩いていた。
無心で歩みを進めようと努めるが、中々に難しい。
「おい、あれが盟主の騎士か?」
「ああ、そうだ。英雄が戦場に帰還した」
と会話をする者が居る。
そうかと思えば、別の場所では悪態を吐く者も居た。
「人族の子供をエウクレイア家に迎え入れるとはな。盟主様は何を考えているんだか」
「おい、声を抑えろ。聞かれるとまずい」
など否定的な意見を持つ者たちも居る。
だが、そういった者たちは思ったよりも少ない。
とアルゴは思った。
好意的な者が四割。否定的な者が三割。
残りの三割は無関心か様子見を決め込む者たち。
四割も居れば十分。
「おお! エウクレイア家の若君! よく来てくださった!」
見知らぬ魔族の兵士に声を掛けられた。
若君? 俺は若君なんだろうか?
よく分からなかったが、とりあえず右手を挙げてそれに反応した。
そのまましばらく進んでいると、懐かしい人物から声を掛けられた。
「お、おい! お前、マジかよ! お前、アルゴなのか!?」
驚いた表情を浮かべているのは、青髪の人族。
その人物の顔を見て、アルゴは顔を綻ばせた。
「ベ、ベインさん!?」
傭兵団黎明の剣。その団員のベインだった。
「マジでアルゴなのかよ! こいつは驚いた! 見違えたじゃねえか!」
「ベインさん! お久しぶりです!」
「おう! お前の噂は聞いてたぜ! 活躍しているようだな!」
「いえ、ベインさんほどじゃありませんよ」
「ハハハッ。こいつ、言うようになったな!」
そう言ってベインはアルゴの肩を叩いた。
「いやー、それにしてもマジで懐かしいな! どうだ、あっちでちょっと飲まねえか?」
「ンンンッ!」
リリアナが咳ばらいをした。
「っと、冗談冗談。リリアナ師団長殿、そう怖い顔しないでくださいよ」
「失礼、冗談に聞こえなかったもので」
「ハハハー」
と乾いた笑い声を上げて、ベインはアルゴに耳打ちをする。
「アルゴ、また後でな」
そう言い置き、ベインはそそくさとどこかへ行ってしまった。
「さあ、進みましょう」
リリアナは歩き出し、アルゴはその後に続く。
「聞いてはいましたけど、師団長ですか。リリアナさん、出世おめでとうございます」
「ありがとうございます。ですが、上に上がるほどその責任も大きい。もっと精進しなければ」
「流石です」
大連合軍内の階級は将軍を頂点として、師団長、連隊長、大隊長と続く。
つまりリリアナは、上から二番目の階級となる。
軍内で大きな権限を持つ幹部である。
そんなことを考えていると、ようやく見えてきた。
この陣でもっとも大きな天幕。
その天幕の周囲には柵が立てられていた。
その場所こそが本陣だ。
軍の最高指揮権を持つ将軍がそこに居る。
「ふう……」
こういうのはまだ慣れないな。
緊張を押さえつけ、アルゴは進む。




