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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第七章

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216.戦争をなくす方法

 エウクレイア家の館。

 家長の執務室。


 この執務室は、エウクレイア家の家長が執務をする部屋だ。

 この部屋の机や椅子などの家具は、この館が建てられた時から変わっていない。

 という話をメガラは先代から聞いていた。


 その話が本当かどうかは知らない。

 だが、机に入った傷や小さな穴などは長く使いこまれた証拠だ。


 メガラは指先で机の表面をなぞった。

 ざらついた感触。傷や小さな穴があるため、滑らかな感触とは言えない。


 これは、言ってみれば先達らの歴史。

 紡がれてきた歴史の痕跡がここにある。


 彼らは何を思っていたのだろう。

 彼らはどのように決断を下してきたのだろう。


「父上……お婆様……」


 ここに居ない彼らの話を聞いてみたい気持ちになった。

 何故だろう。普段ならこんなことは思わないのに。


 つまり今、平常心ではないということか。


 迷い。憂慮。加えて、予感。


 こういう時の予感は大抵あたる。


 そう思った時、この部屋の扉が叩かれた。


 ノックされる音。


 その直後、女の声が聞こえた。


「盟主様、カーミラで御座います。いま、お時間はありますでしょうか?」


 カーミラがこの部屋を訪ねるのは珍しい。

 いや、初めてのはずだ。


 驚きつつもメガラは応えた。


「構わん。入るがよい」


 カーミラの要求には可能な限り応えなければならない。

 メガラはそう決めていた。


 扉が開かれ、カーミラが入室した。

 そして、入室したのはカーミラだけではなかった。


「アルゴ……」


 カーミラはアルゴを連れ立って部屋に訪れた。


 カーミラとアルゴの顔を見て、メガラは思った。

 二人の顔を見れば、何となく察しはついた。


 やはり、こういう時の予感は大抵あたるものだな。


「盟主様、お忙しいところ申し訳ありません。少しだけお時間を頂きたく」


 カーミラの言葉に、メガラは軽く息を吐く。


「分かった。存分に申すが良い」


「ありがとうございます。では……」


 息を吸い、カーミラは続ける。


「私たちは、多くを奪われてきました。多くを失ってきました。家族を、友を、住む場所を。取り返したものもあります。ですが、もう取り戻せないものは多い。ですから、私はもう疲れたのです。いつまでも終わらない争いに。血と暴力と命の奪い合いが続く世界に。盟主様、無知な私に教えてください。アルテメデス帝国との戦が終われば、もう二度と争いが起きることはないのでしょうか? この世界から戦争というものが消え去るのでしょうか?」


「残念だが……それはないだろうな。我ら人類の歴史は戦争の歴史だ。我ら人類こそが戦争を生み出す諸悪の根源。我らがこの世界に在り続ける限り、戦は起こる……だろうな」


「何か、何か方法はないのでしょうか? この世界から戦争をなくす方法が……」


「考えていることはある。この世界から戦争が起きる理由は、極論を言えば富の奪い合いだ。自分たちが裕福になるため、誰かの土地を、資源を、ルグを奪う。誰かが不幸になる時、誰かが幸福になる。この世界は、切り分けた一つのパイの奪い合いで出来ている。当然、より多くのパイを奪った者が勝者だ。だが、この理屈は机の上にパイが一つしかないと定義された場合の話だ。だから余は考えている。だったら、新たなパイを持ってくればいいと。誰もがパイにありつけるほどの十分な量があったのなら、理論上争いはなくなる」


「ですがそれは……そんなことが可能なのでしょうか?」


「不可能……だと思うのは、我らがこの世界の法則に縛られているからだ。この世界は神によって創られた。我らは、その神たちが敷いた秩序の上に生きている。だが、余は久遠の間で宣言した。これからは人の時代……魔人の時代だと。我らは旧態依然とした世界から脱し、新たな法則と秩序を構築しなければならない。それをするには、神々が用いた奇跡の力では駄目なのだ。人類の叡智を結集し、この世界に革新を起こす必要がある。たとえば、ドワーフたちが用いる魔導技術だ。あの技術を活用すれば、干ばつや自然災害に抗えるかもしれん。そうすれば食料自給率は飛躍的に上昇し、飢える者は激減するだろう。あるいは、南の大陸に住むエルフたちの秘薬も鍵となるだろう。あらゆる病を治し、いかなる重傷をも癒すその奇跡。それを研究し、そこらの薬師でも調合できるように落とし込む。そうすれば死者は激減し、この世界に幸福が溢れる。無論、それらを為すにはあらゆる障害があるだろう。それが新たな戦争の呼び水となるかもしれん。だが、それは諦める理由にはならない。何故ならそれこそが、机の上に新たなパイを持ってくる方法……戦争をなくす方法なのだから」


「……素晴らしい。本当に……素晴らしいお考えでございます。魔人の時代……私はその世界を見てみたい。ですが、この世界には古い神と古い時代の亡霊が居るようです。彼らの野望を断ち切らなければ、魔人の時代の幕開けはない。そう、思いませんか?」


「……」


「この時代、この世界にアルゴ坊ちゃまが生まれたことは、私は偶然だとは思えません。アルゴ坊ちゃまこそが、時代を切り開く使者。私はそう思えてなりません。盟主様は、いかがお思いですか?」


 メガラはたっぷりと時間を使って答えた。


「確かにな。ここにアルゴが居ることは、我々人類にとっての大きな好機……なのかもしれん。奴らは、世界の進化を妨げる悪神と亡霊。その執念は凄まじく、それを消し去ることは不可能。特別な存在以外にはな……」


「はい……」


「分かった……余の負けだ、カーミラ。そもそも、お前に言われては敵わん」


「それはつまり……」


「アルゴが戦に征くことを許可しよう」


 それを聞いて、アルゴとカーミラは顔を見合わせた。


「あ、ありがとう……メガラ」


「盟主様……深く感謝します」


「その代わり約束だ。もう何度も言うようだがな……。アルゴ……絶対に生きて帰ってきてくれ」


「勿論、約束だ」


 その返事を聞いてメガラは頷いた。

 それから、机に視線を落としてポツリとこぼした。


「父祖よ、これで良かったのでしょうか?」


 当然、それに返ってくる応えはない。

 天から応えが返ってくるはずもない。

 だが、きっとこれでいいのだ。


 答えは決まっていない。

 だからこそ、必死に考えて悩み抜かなければならない。


 何故なら自分たちは神ではない。

 万能でも全能でもない小さな存在。


 悩むのは当然。苦しみは避けられない。


 それこそが魔人の宿命。むしろ、そうあるべきなのだろう。

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