213.再会
よく晴れたある日の午後。
エウクレイア家の館にて。
館の庭園に一台の馬車が乗り入れた。
その馬車には壁と屋根があり、物資ではなく人を運ぶための馬車であることが見て取れる。
しかも、馬車の壁には装飾が施されており、庶民が乗るような乗り物ではないことが分かる。
馬車が庭園で止まり、中から何者かが飛び出した。
その者は身軽な動きで馬車から下りると、館を見上げて笑みを浮かべた。
「立派な建物ね」
そう言葉を発したのは、黄金の長い髪に碧い瞳の女。
最たる特徴は長い耳。種族はエルフ。
リューディア・セデルフェルトだ。
「行ってらっしゃいませ、マイレディ。お迎えは夕方ごろでよろしいでしょうか?」
御者からそう声を掛けられ、リューディアは返事をする。
「ええ、よろしくお願いするわ。それと、ここまでありがとう」
「いいえ、これが仕事ですので。では、夕方ごろにお迎えに上がります。それでは、わたくしはこれで失礼いたします」
そう言って御者は、馬車を走らせて庭園から離れていった。
「さて」
と意識を切り替えてリューディアは歩き出した。
「お待ちしておりました。リューディア・セデルフェルト様」
館の扉の前で金髪の侍女に出迎えられた。
「お出迎え感謝するわ。名前を伺っても?」
「はい。ワタクシは当館で侍女を勤めております、ドロテーと申します」
「よろしくお願いするわ、ドロテー嬢」
それに対してドロテーはお辞儀で返し、「それでは中へ御案内致します」と言った。
リューディアは館の中へ案内された。
扉の先には広いホール。
ホールを右側へ進むと長い通路。
通路を進み、三番目の扉の前でドロテーは止まった。
ドロテーは扉を開けて、深々と頭を下げた。
「中へどうぞ」
リューディアは部屋に入った。
部屋には高価な家具が置かれ、部屋の中央部には革張りの椅子が並んでいる。
ここは応接室だ。
応接室でリューディアのことを待っていたのは二人。
リューディアはその二人を見た。
そして驚いた。
記憶にあった姿と実際の姿がズレている。
当然だ。若い二人は成長途中。
少し目を離した隙に、驚くほど変化してしまう。
まず茶髪の少年アルゴの変化に驚いた。
背が伸びて体つきも以前より逞しくなっている。
顔も少し凛々しくなったように思う。
子供から大人へと変わる猶予期間。
成長したアルゴの姿を見て、リューディアは顔を綻ばせた。
「アルゴ少年、会いたかったわ」
リューディアはアルゴに抱き着いた。
「リュ、リューディアさん……俺も、俺も会いたかったです」
「びっくりしたわ、背もこんなに伸びちゃって。抜かされちゃったわね……」
涙ぐみながら言うリューディアに、少女が声を掛ける。
「久闊を叙するのは構わんが、余のことは置いてけぼりか?」
そう言われ、リューディアは少女へと目を向けた。
水色の髪の少女メガラ。メガラもまた成長を遂げていた。
アルゴ同様に背が伸びて、顔つきが大人っぽくなっている。
まだ少女であることは間違いないが、落ち着いた雰囲気と相まって名家の令嬢といった雰囲気だ。
「フフフッ。その不敵な感じは相変わらずね、メガラ嬢」
そう言って、リューディアはメガラを抱きしめた。
「会いたかったわ……メガラ嬢」
「ああ……余も会いたかった」
「あら、随分素直ね。外身だけじゃなく、中身も成長したのかしら?」
「お前は……フフッ、変わらんな、リューディア」
「当り前よ。エルフがそう簡単に変わるもんですか」
「フッ、違いない。さて、このまま立っているものなんだ。まずは座れ。飲み物と菓子を持ってこさせよう。今日は時間がある。ゆっくりと語ろうではないか」
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応接室には楽し気な笑い声が響いていた。
昔話に花が咲いている。
過去を懐かしむように、離れていた時間を埋めるように、三人は語り合った。
そんな応接室の外側に一人の侍女が居た。
茶髪の侍女クラーラだ。
クラーラは応接室の扉に耳を当てて、聞き耳を立てていた。
「ちょっと、クラーラ! あなた、自分が何をしているのか分かっていますの!?」
クラーラは後ろから引っ張られた。
小声だったが、クラーラの行動を咎める強い口調。
クラーラを引っ張ったのは、金髪の侍女ドロテーだった。
「ドロテー、邪魔しないで欲しいっす」
「あなた! 正気ですの!? 主とお客様の会話を盗み聞きするなんて、侍女の風上にもおけませんわ!」
「声が大きいっす」
「なッ! あなたという人は―――」
「抑えて抑えて。分かったすよ、悪かったっすよ」
クラーラは「どうどう」と言ってドロテーのことをなだめた。
「……説明してくださる? 納得できる理由なら、盟主様への報告はひとまず保留にしてもいいですわ」
「説明? そんなものないっすよ。ただ気になっただけっす」
それを聞いてドロテーは、応接室の扉へと歩き出した。
応接室の中に居るメガラにこのことを報告するのだろう。
「待って待って! 冗談っすよ!」
クラーラは慌ててドロテーの腕を掴んで引き止めた。
「説明」
「はいはい。とういうか、逆にドロテーは気にならないんすか? あのエルフさん、確か大連合軍の師団長っすよね? 大連合軍の幹部っすよ」
「そうなのですか? ワタクシは知りません。で、それが何か?」
「いま戦争の真っ最中っすよ? あのエルフさんが盟主様と坊ちゃまの旧友ってのは分かるっすけど、どうして今なんすか? 大連合軍の幹部が重要なこの時期に、ここまで談笑をしにきたと? そんなことありえるっすかね?」
「クラーラ、回りくどいですわ。つまり何が言いたいんですの?」
「エルフさんは求めてるんすよ」
「何を?」
「決まってるっす。戦力をっすよ。巨大な戦力を。たった一人で戦局を覆す力を持った英雄を」
「それって……」
「盟主の騎士、アルゴ・エウクレイア。つまりワタシの言いたいことは、あのエルフさんに坊ちゃまが連れていかれるんじゃないかって、それを気にしてるんす。ワタシは坊ちゃまが居なくなるのは嫌っす。だからもし、話の流れがそういう方向になるなら、ワタシが体を張ってでも止めようかなと……思ってたっす」
「なるほど。それは……ワタクシも嫌ですわ。坊ちゃまはワタクシの癒しですから、居なくなられたら困りますわね」
「っすよね。ということで、ワタシは無罪ってことでいいっすか?」
「無罪ってあなた……。まあ、見なかったことにしてあげなくもない……ですわ」
「ありがとっす。流石ドロテー、美人な上に話が分かる」
「調子に乗らない」
「まあでも、多分大丈夫だと思うっすけどね」
「何をですの?」
「最近の盟主様、以前にも増して坊ちゃまのことを可愛がってるっすよね? あの盟主様が坊ちゃまを手放すと思うっすか?」
「……そうね、思わないわ」
「そうっすよね。でもだとしたら、どうなるのかは簡単に予想できるっす」
「それはどういう―――」
その時、少女の大声が響き渡った。
「ふざけるな! それは許さん! 断じて否だ!」
その大声は応接室から聞こえた。
その声は間違いなくメガラのものだった。




