表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第七章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

222/250

212.平穏な日々

 エウクレイア家の館では平穏な日々が続いていた。


 学習室の机に齧りつき、ペンを走らせているのはアルゴだ。

 真剣な様子で用紙に文字を書き込んでいく。


 静かな部屋。聞こえるのはペンが走る音だけ。


「そこまで」


 と言ったのは、侍女長ベアトリクス。


「ふぅ」


 と息を吐き、アルゴはペンを置いて背もたれに背中を預ける。


「では坊ちゃま、採点致しますのでしばらくお待ちを」


「はい、お願いします」


 ベアトリクスは用紙を取り上げ、記入された内容に目を走らせていく。

 それからしばらくして声を上げた。


「素晴らしい。全問正解です」


「……よかった」


 ベアトリクスは小さく拍手する。


「坊ちゃまは本当に聡明であらせられる。歴史学、数学、政治学……すべて高水準を維持されている。ワタクシは素直に驚いております」


「ありがとうございます。でもそれは、ベアトリクス先生の教えのお陰です」


「坊ちゃま……大変ありがたきお言葉。ああ、いけません……涙が」


 ベアトリクスはハンカチを取り出して涙を拭う。


「な、泣くほどのことでしょうか……」


「泣くほどのことです。ワタクシの家は、代々エウクレイア家に仕えて来た家系です。エウクレイア家の繁栄こそが我が家の栄光。坊ちゃまがいらっしゃる限り、エウクレイア家は安泰でございますね」


「言い過ぎのような気がしますが……褒めてもらえるのは嬉しいです」


 その返事にベアトリクスは微笑み、パンと手を打ち鳴らした。


「さて、本日はここまでと致しましょう。では坊ちゃま、ワタクシはこれで失礼致します」


「はい、今日もありがとうございました」


 ベアトリクスは一つ頷くと、身を翻してこの部屋から出て行った。


 退出するベアトリクスと入れ替わるように、部屋に入ってきた者が居る。


「頑張っているようだな、アルゴよ」


 そう言って部屋に入ってきたのは、この家の家長メガラ・エウクレイア。


「どうかな? 必死ではあるけどね」


「フフフッ。疲れたか? どれ、肩を揉んでやろう」


「肩? いやいいよ。そんなに疲れてないし……」


「まあそう言うな。そのまま座っていろ」


 そう言ってメガラは、アルゴの肩を揉み始めた。


「ありがとう……」


「構わん。どうだ? 気持ちいいか?」


 メガラは力を込めてアルゴの肩を揉み続ける。


 その力は弱く、正直に言うと物足りなさがある。

 だが、勿論そんなことは言わない。


「うん、気持ちいいよ。でもこういうの、ふつう逆じゃない? 主がシモベに奉仕してどうするのさ」


「よいではないか。いまさら余とお前の間で、そのようなことを気にする必要があるか?」


「まあ……そうだね」


 その後、アルゴは続けて言う。


「メガラ、訊きたいことがあったんだ」


「うん? 何だ?」


「俺の出番は……いつなのかな?」


「……」


「俺の体はもう完全に治っている。俺は戦えるよ。俺に戦う許可を―――」


「アルゴ、その話はもう終わったはずだぞ。大連合軍は巨大な軍隊だ。あの軍が負けるはずがない。戦のことは奴らに任せておけばいい。ゆえに、お前の出番はもうない」


「でも、でも俺は……」


 口ごもるアルゴ。

 アルゴが続きを言う前に、メガラは後ろからアルゴを抱きしめた。


 顎をアルゴの左肩に乗せて、メガラは言う。


「その話は、もう終わりだと言っただろう? それよりも、余から言うべきことがある」


「……言うべきこと?」


「アルゴ、お前は正式に余の養子となれ。そうすればお前に家督を譲れる。お前はエウクレイア家の家長としてこの家を盛り立て、余は魔族連合の盟主として君臨し続ける。二人でこの国を繁栄させようではないか。……どうだ?」


「……うん」


「なんだ、不服か? それとも余の王配を望むか? だが余とお前の関係はそういうのではなかろう」


「いや、そうじゃないよ。ありがとうメガラ。俺のために色々と考えてくれて。俺はメガラとずっと一緒にいたい。だから、その提案は嬉しいよ。だけど……」


「だけど?」


「今も戦いは続いている。俺は……戦いに征きたいんだ。だからその提案は、戦いに決着がついてから決めたい」


「アルゴ……」


「分かってるよ、メガラ。俺のことを心配してくれる気持ちは本当に嬉しい。わがままを言って申し訳ないとも思っている。だけど、それでも俺は戦いたい」


「……嫌だ」


「え?」


 メガラはアルゴを抱きしめる力を強めた。


「嫌だ。お前が余から離れていくのは嫌だ。お前は余の傍に居ろ。いや、居てくれ……」


 アルゴはメガラの左手にそっと自分の右手を添えた。


「頼むよ、メガラ。ベアリルとの約束があるんだ。マティアスさんの恨みを……スキュロスさんの思いを……死んでいった人たちの魂を……俺は連れていかないといけないんだ」


「嫌だ。嫌だと言った。余は一度間違えた。危うくお前を失うところだった。今度は間違えん。絶対に、絶対にだ」


 アルゴはルキフェルとの賭けに負けて死にかけた。

 そのことをメガラは強く後悔している。


「もう二度とヘマはしない。それを約束する。絶対に生きて帰る」


「嫌だ。頼む、アルゴ……余の言う事を聞いてくれ……頼むから……」


 メガラの声が震えていた。

 それは体も同様で、メガラの不安が直接伝わってくる。


「……うん。分かったよ、メガラ。俺が悪かった……」


 この時、アルゴはそう言うしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ