22.先行
キュクロプスの痕跡を辿りながら、森を駆け抜ける。
キュクロプスの姿はまだ見えない。
だが確実に近づいている。
上空より飛来する巨大な塊。
大質量の凶器と化した森の巨木。
巨木は、地面から聳え立つ樹木を破壊。
破壊された樹木はへし折れ、アルゴたちへと迫る。
リューディアは樹木を避けて、周囲に目を向ける。
全員の生存を確認。まだ誰も脱落していない。
集められたのは精鋭揃い。
修羅場を潜り抜けてきた猛者たちだ。
しかし。
キュクロプスの攻撃は止まない。
空から巨木が舞い降り、森に破壊を巻き散らす。
このままでは不味い。
集中力と体力は無限ではない。
これは時間との闘い。可能な限り早くキュクロプスと接敵しなければ。
「リューディアさん」
右隣りから名前を呼ばれた。
その方向へ目を向ける。
そこには、薄茶の髪色をした少年がいた。切り札として連れて来たアルゴだ。
何を考えているのか読み取りにくい表情をしていた。
自信があるようでもなく、かといって不安気でもない。
「アルゴ少年、どうしたの?」
「俺に先行する許可をください」
「先行? 君一人で?」
「はい」
リューディアはこの時、全速力に近い速度で森の中を駆けていた。
先行するということは、アルゴは更に速度を上げることが可能だということ。
「そう……君ならできるのね?」
「はい。俺ならできます」
「そうする理由を教えて」
「分かりません」
「え?」
「すみません、分かりません。でも、そうしないといけない気がします」
リューディアは考える。
このまま全員で固まって動いていれば、いずれ誰かが巨木の餌食になってしまうかもしれない。
だから、足の速い者が先行し、キュクロプスの猛攻を止めることが出来れば、それは大きな利になる。
しかし問題は、その者が単独でキュクロプスとやり合えるかだ。
リューディアは、小さく息を吸い込んで尋ねた。
「……いけるのね?」
アルゴは平然と答えた。
「いけます」
「分かったわ。君に私たちの命運を託す」
「了解」
短く返事し、アルゴは前方に視線を向ける。
乱立する樹木に視界を遮られ、キュクロプスの姿を確認できない。
だが、それは問題ではない。
キュクロプスが通った跡が、はっきりと残っている。
それに、なんとなく分かる。キュクロプスの居場所が。
何故だろう。気配……とでも言うべきか、それを感じる。
アルゴは己の内側に意識を向ける。
魔力の存在を知覚。
魔力の存在を意識し、操作する。
脚に魔力を溜める。
熱を感じる。魔力が凝縮される感覚。
そして、凝縮された魔力を一気に解き放った。
他の者の目には、アルゴが消えたように見えた。
アルゴが地面を蹴り上げた瞬間、その体が加速した。
アルゴが地面を蹴り上げるごとに速度が増す。
疾風の如く速度で木々の間を抜ける。
団員たちを置き去りにし、アルゴは森を進む。
近い。
気配を強く感じる。キュクロプスが近い証拠。
更に速度を上げ、前進。
そして、辿り着いた。
アルゴの目の前に巨体が聳え立っていた。
人型ではあるが、決して人ではない。
腕と脚は巨木よりも太く、胴体は岩を合わせて造り上げられているのかと錯覚するほど。
アルゴはキュクロプスを見上げた。
キュクロプスもまたアルゴを見下ろした。
鈍く光る一つ目。禍々しい赤。
その瞳がアルゴを見据えている。
「なるほど」
実際にキュクロプスを見たのは今回が初めて。
だが、アルゴには分かった。
このキュクロプスはきっと、特別な個体。
あの赤い目には、なにか特殊な力が宿っている。
それは、千里眼と呼ばれる異能の力。
キュクロプスは、その力でアルゴと団員の姿を捕捉したのだ。
「さて、やるか」
軽い調子で、何でもないことのようにアルゴはそう呟いた。




