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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第六章

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210.その思いを

 それから数日が経過した。


 アルテメデス帝国との戦の戦況は、依然として膠着状態にあった。


 両軍、自陣で守備を固め、力を溜めている状態。

 ここ数か月は大きな戦は起きていない。

 だがそれは、大戦が再開されるまでの仮初の平穏。


 再び大戦が始まろうとする機運は、確実に高まっていた。

 そんな中、アルゴはエウクレイア家館で穏やかな日常を送っていた。


 朝は庭園で木剣を振るなどの自主訓練。

 昼はベアトリクスから授業を受ける。

 夕方の自由時間には館の者たちの手伝いをするか、自主勉強をする。

 夜は食事を取ったあとは館の者たちと少し談笑し、自室に戻る。

 するとすぐに眠気に襲われ、ベッドに潜り込むとそのまま朝を迎える。


 ときおり館に訪れる客の相手をすることもあるし、メガラと共に領内へ出かけたりもする。

 そこそこ忙しくはあるが、平和で穏やかな日々だった。


 そんなある日の休息日のこと。


 アルゴは歓談室で読書をしていた。

 歓談室には革張りの椅子と黒塗りの机が置かれている。

 床には暖色の絨毯が敷かれ、壁の配色は落ち着いた深緑。


 アルゴにとってこの歓談室は、館でもっとも落ち着ける場所だった。


 今日は休息日だ。

 今日は戦闘訓練も勉強もなし。

 体を休めることも重要、という教えはルタレントゥム内では一般常識だった。


 アルゴの目の前には、暖かい飲み物と焼き菓子が置かれている。

 これは侍女たちが準備してくれた物だが、焼き菓子に手を付けているのは主にその侍女たちだった。


 茶髪のクラーラは、焼き菓子を齧りながら笑い声を上げた。


「先日、休暇を頂いて実家に帰った時のことなんすけどね、父ちゃんも母ちゃんも爺ちゃんも近所のおばちゃんたちも、ワタシのことを崇め奉ってくるんすよね。そりゃあ、ワタシは栄えあるエウクレイア家に勤めてるっすけど、ワタシはワタシじゃないっすか? ワタシはべつになーんにも変わってないのに、あんな風に扱われても困るっすよ」


 それに反応したのは青髪のユッタ。


「クラークは庶民の出だから、まあ無理もないかも。ああ、これは嫌味とかではない。気を悪くしたなら謝る」


「まあ、そうなんすけどね。ワタシの家族も知り合いもみーんな庶民っすから。あとべつに気を悪くしたとかはないんで、謝る必要はないっす。 確かユッタは名家の令嬢っすよね? ユッタの家ではどんな感じなんすか?」


「わたしの家はどちらかと言えば重圧。我が家の名に恥じない働きをしなさい、だとか、盟主様に対し失礼のないように、とか。そんな感じ」


「なるほっどすなー。名家は名家で大変なんっすねー。ところで、坊ちゃまはその辺りどう思うっすか?」


 急に話を振られ、アルゴは本を読むのを止めて視線を上げた。


「あの……俺の勘違いだったらすみません。クラーラさんとユッタさんは、今日はお休みじゃないですよね? 仕事とか……いいんですか?」


「もーう、坊ちゃまー、今日は侍女長も盟主様も居ないんすよ? 仕事なんていいに決まってるじゃないっすかー」


 いや、駄目だろう……。


「アハハッ」と笑うクラーラの様子に、アルゴは心の内でツッコみを入れた。


「坊ちゃま、侍女長や盟主様にわたしたちのこと、告げ口……する?」


 ユッタが首を傾げてそう尋ねた。


「まさか、そんなことしませんよ。俺はただ、お二人のことを心配しただけです」


「心配?」


「はい。だって、与えられた仕事が終わってなかったら、怒られるのはお二人ですから。それを心配しました」


 それを聞いてユッタとクラーラは顔を見合わせた。

 そして、ユッタは少しだけ笑みを浮かべた。


「坊ちゃまは、本当に優しい。本当に……いい子」


 と言って、ユッタはアルゴの頭を撫でた。


「―――なッ!?」


 突然のユッタの行動に驚くアルゴ。

 同時に照れ臭くなり顔が赤くなっていく。


「あー、坊ちゃま、顔が赤くなってるー。坊ちゃまは、本当に可愛いっすねー。そんな可愛い坊ちゃまには、焼き菓子を食べさせてあげるっす!」


 と言ってクラーラは焼き菓子をつまみ、アルゴの口元へ運ぶ。


「はい、あーん、してっす」


「い、いや、その……」


「坊ちゃま、わたしのも……食べて?」


 クラーラに張り合うように、ユッタもアルゴに焼き菓子を食べさせようとする。


 クラーラとユッタから差し出される焼き菓子を交互に見比べ、どうするべきか悩むアルゴ。


 な、なんだこの状況……どうすればいい……?


「ほら、坊ちゃま、食べてっす!」


「わたし、坊ちゃまに食べて……欲しい」


 明るく言い放つクラーラと、上目遣いで見つめてくるユッタ。


 慣れない状況に戸惑うアルゴ。


 思考停止に陥りそうになった時、この部屋の扉が開け放たれた。


「お前たち、アルゴが可愛いのは分かるが、その辺にしておけ」


 そう言って部屋に入ってきたのは、エウクレイア家の家長メガラ・エウクレイアだ。


 メガラの姿を見て、クラーラとユッタは慌てて立ち上がった。


「め、盟主様! きょ、今日は戻らないと伺っておりましたが!?」


「ああ。その予定だったが、思いのほか話が早く纏まったのでな」


「そ、そうだったんすね!」


 クラーラとユッタは直立の姿勢で動かない。

 その様子を見て、メガラは言う。


「ふむ。クラーラ、ユッタよ、余は別にお前のたちの行動を咎めるつもりはない。休憩は必要だし、ほどほどに手を抜くのは必ずしも悪いことではない」


 それを聞いて、クラーラとユッタは僅かに緊張を解いた。


「だが」


 クラーラとユッタにまた緊張が走る。


「与えられた仕事はキッチリとこなしてもらわねば困る。今日はお前たちに書類整理を命じていたはずだ。進捗を聞かせてもらおうか?」


 クラーラとユッタは顔を見合わせて、同時に走り出した。


「し、仕事に戻るっす!」


「仕事、する!」


 と言って、クラーラとユッタは部屋から出て行った。


「いや、余は詰めているのではなく、純粋に進捗を聞きたかったのだが……」


 とこぼすが、クラーラとユッタはもういない。


「アハハッ」


 と笑うアルゴ。


 その笑顔を見て、メガラも笑みを浮かべた。


 そしてメガラはアルゴの隣に座った。


「お疲れ様、メガラ」


「うむ」


 と返事してメガラは焼き菓子に口を付ける。

 そして思い出したように言う。


「そうそう、ベアトリクスがお前のことを褒めていたな。お前は飲み込みがいいそうだ」


「本当? それは嬉しいな」


「ああ。その調子なら、任せられそうだな」


「ん? 何を?」


「余の仕事の一部をお前にやってもらおうと思う。折を見てお前に余の仕事を教えよう」


「え、俺にできるかな?」


「そうだな……。政治……というものは、ある意味では戦場よりも過酷だ。だが、お前なら大丈夫だ。お前は余の見込んだ男のなのだから」


「……うん、分かった。俺、頑張ってみるよ」


「頼りにしてるぞ」


「ところで……」


「ん?」


「戦場と言えばだけど、俺はいつ戦場に出れる?」


「何を言う、アルゴ。戦の勝敗はほぼ決した。我ら東西の大連合軍はアルテメデス帝国の兵力に勝る。アルテメデス帝国が倒れるのは時間の問題。あとは軍の者たちに任せればいい。少なくとも、戦に於いては余とお前の出番はもうない」


「でも……」


 メガラは、右手でアルゴの左手を握りしめた。


「アルゴ、そもそもお前は死にかけたのだぞ? お前にはしばらく休息が必要だ」


「体なら大丈夫だよ。星彩の雫の効果はすごい。もうなんともないんだ。本当に―――」


「アルゴ、余の言う事を聞いてくれ。頼む……余を安心させてくれ……」


 アルゴの右手を強く握りしめ、祈るように言うメガラ。


 その姿に、アルゴは何も言えなくなってしまった。


 でも……でも俺は……戦いたいんだ。

 俺はもう、たくさんの思いを背負っている。

 たくさんの人たちから、たくさんの物を託された。

 それは願いや希望だけじゃない。

 恨みや、憎しみさえも……。


 その思いを連れていかないといけない。

 戦場に……連れていかないといけない。


 だから俺は……戦いたいんだ。


 メガラの小さな掌から伝わる確かな温度。

 それを肌で感じ、その思いを口にすることができなかった。

これで六章は終わりです。ここまで読んで頂きありがとうございます。

ブックマーク、高評価よろしくお願いします!

次回七章が最終章となります。最後までよろしくお願いします!

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