209.目覚め
目を開けた時、見覚えのある天井が目に映った。
白い天井。
視線を周囲に向ければ、それは確認に変わる。
そこそこ広い部屋。
だが物は少ない。
飾り気は少ないが、居住するには申し分ない空間。
「ここはエウクレイア家の館……俺の……部屋だ」
そう独り言を漏らした。
声が枯れている。
まず水を飲みたかった。
そう思い、ベッドから起き上がった。
そこで気付いた。
体に異常がない。
異常がないことが異常だった。
自分は重傷を負ったはずだ。
普通なら即死していただろう深手。
それをベリアルの力で無理やり命を繋ぎ止めていた。
だというのに痛みがない。
不調というものがない。
それを不思議に思った。
恐る恐る衣服をめくり、傷の状態を確認。
傷はあった。
傷は完全に塞がっているが、痛々しい痕がしっかりと残っている。
「夢じゃない……」
そう、夢じゃない。
自分は助かったのだ。
それを理解した時、喉の渇きを忘れた。
「メガラ……」
まず、とにかくメガラに会いたかった。
そう思い、部屋の扉へと近付いた時、外から扉が開いた。
「―――はッ!」
息を呑むような声が聞こえた。
扉を開けたのは侍女ドロテーだった。
館に勤める金髪の侍女だ。
ドロテーは目に涙を浮かべ、こちらを見ていた。
「あ、あの……ドロテーさん……メガラは……」
ドロテーは廊下の方へ顔を向けて、大声を上げた。
「ぼ、坊ちゃまが目を覚ましましたわ―――ッ!」
ドロテーの叫び声が通路に響き渡り、その直後バタバタと複数の足音が聞こえた。
部屋に飛び込んできたのは四人。
侍女長のベアトリクス。
侍女のクラーラとユッタ。
そして。
「メガラ……」
メガラは目を見開いてアルゴを見ていた。
その瞳から大粒の涙を流しながら。
「ア、アルゴ……」
まるで幽霊でも見たかのようにメガラは驚いていた。
そしてメガラは、ゆっくりと歩き出した。
アルゴの足も自然と前に動き出す。
そして二人は、抱きしめ合った。
「アルゴ……よかった……生きていてくれて……本当に……よかった……」
「うん……心配かけて……ごめん」
メガラはアルゴを強く抱きしめながら、涙を流し続けた。
確かな温もりを感じ、アルゴの瞳からも一滴の涙がこぼれた。
涙を流し続けるアルゴとメガラ。
再会の喜びと大きな安堵感。
二人の感情が四人の侍女たちへと伝わっていく。
この場にいる全員が涙を流していた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
エウクレイア家の館、アルゴの自室にて。
アルゴはベッドの上で横になっていた。
そのアルゴの耳に、優しい声が入ってくる。
「すまなかった、アルゴ。お前に大賢者ロノヴェと戦わせたのは余だ。奴が何かを仕掛けてくることぐらい分かっていた……。なのに余は、お前を戦わせてしまった。余は判断を誤った。本当に……すまない」
メガラはベッドの傍らに設置された椅子に座り、謝罪の言葉を口にした。
アルゴは首を振る。
「違うよ、メガラ。戦わせてくれと言ったのは俺だ。勝てる自信があったから。だから戦ったんだ。だけど……負けてしまった。期待に応えられなかった。俺の方こそ……ごめん」
「違う……それこそ違う。悪いのは余だ……余のなのだ……」
そう言って下を向くメガラへと、アルゴは右手を伸ばした。
「この話は……もうやめよう」
メガラは伸ばされた手を握り、少しだけ笑みを浮かべた。
「そう……だな」
「でさ、いい加減教えてよ。どうして俺は無事なの? 痛みもないし、後遺症もない。奇跡でも起こした?」
「お前がロノヴェから受けた傷は、お前の命を奪うには十分な深さだった。それは本来、即死していてもおかしくないものだ。あの場には優秀な治癒者もいたが、お前の傷を完全に癒すことはできなかった。このままではお前は死んでしまう。お前を助ける術が何かないのか余は必死に考えた。とにかく必死だった……」
「それで……どうやって……?」
「覚えているか? アルゴ。瀕死の者を蘇らせた奇跡を、お前は一度見たはずだ。ミンシュア王国、サルディバル領のリコル村でな」
その言葉を聞いてアルゴは思い出した。
あれは、重傷の商人ホアキンを救った時のことだ。
澱みのない青い液体。
あの液体の名は、星彩の雫。
それをホアキンの口に含ませた途端、ホアキンの顔色がよくなった。
あの時、ホアキンの意識は戻らなかったが、呼吸が落ち着き、脂汗も引っ込んでいった。
その出来事を思い出した。
「……星彩の雫」
「そう、星彩の雫だ。あれは非常に貴重な品でな、ルタレントゥム内をくまなく探せば、まあ一つぐらいは見つかるかもしれんが、そんな時間はなかった」
「じゃ、じゃあ……もしかして?」
「所持している者たちのことをお前と余は知っている」
「黎明の剣」
「そうだ。余は飛竜部隊に指示を出した。急ぎ黎明の剣と接触するようにとな。幸いなことに、すぐに接触できた。そして幸運なことに、星彩の雫はまだ使い切られていなかった。ゆえに、星彩の雫を貰い受け、お前は助かった、というわけだ」
「そうだったのか……。それにしても、そんな貴重な物をよく譲ってくれたね?」
「なんだ、忘れたのか? 余らと黎明の剣は協力関係にある。奴らの本部で協力を取り交わしたろう?」
「そっか、そうだったね。そにしても、懐かしいな。リューディアさんやベインさん……元気にしてるかな……」
「ああ。余は会ってはおらぬが、飛竜部隊の者たちがあいつらと接触した。その折に、黎明の剣から飛竜部隊へ書状が渡されてな」
「書状?」
「その書状は余にあてられた物だった」
「何て書いてあったの?」
「お前も知っているだろうが、東の連合軍は黎明の剣を中心とした組織だ。黎明の剣が東の諸国を団結させ、一大勢力を造り上げた。書状に書かれてあったのは、奴らからの正式な申し出。我ら西側の勢力と奴ら東側の勢力で協同しないか、という提案だ」
「東と西……二つの連合が手を結ぶってこと?」
「そうだ。敵は同じなのだ、むしろ遅すぎるぐらいだろう。いよいよ帝国は追い詰められるぞ。東と西、大連合軍がもう間もなく結成される」




