202.会談へ
帝都メトロ・ライエスの中心位置に城が存在する。
その城は帝国で最も権力が集まる場所。
アルテメデス帝国皇帝の居城である。
アーデルフォルトゥス城。
それがその城の名だ。
アーデルフォルトゥス城は、高い城壁に守られた堅牢な要塞でもある。
上空から見れば、城壁が六角形を形作っていることが分かる。
城の外観に華やかさはない。
どちらかと言えば無骨な造りだ。
魔都エレウテリオンの建物と同様、城が放つのは歴史と伝統。
歴史の重みと誇りある伝統。
アーデルフォルトゥス城は、そう言った印象を見る者に与える。
その城のとある一室に、皇帝マグヌス・アストライアは居た。
マグヌスは、窓から外を眺め続ける。
視線を外へと固定したまま、マグヌスは言う。
「私のことを軽蔑するか?」
そう問われ、ガブリエルは答える。
「まさか。そのようなことはあり得ません。陛下は必要なことを為されたのです」
「必要なこと……か。偽りの言葉、偽りの涙で民と兵を煽ることが必要なことだとはな……」
「陛下……」
「すまぬ。戯言だ、聞き流してくれ」
「陛下……偽りではありません。私はあの時確かに、陛下のお心を感じ取りました。そのお言葉とその涙は……決して偽りではありません」
「分かっているだろう、ガブリエル。私の感情は、もう動かない。涙は流そうと思えばいくらでも流せる。そう訓練したからだ。私にとって感情とは、そういうものだ。意図的で作為的なものであり、自然発生的なものではない。私は……空虚な存在なのだから」
「そんな……そんなことを仰らないでください……」
そこでマグヌスは後ろを振り返り、ガブリエルと視線を合わせた。
マグヌスはようやく気付いた。
ガブリエルの瞳が涙で滲んでいることに。
「許せ、ガブリエル。お前を悲しませるつもりで言ったわけではないのだ。記憶……とは厄介なものでもあるな。私の記憶が、私を弱気にさせているのかもしれない。そうだな……そうだったな。私には、まだ記憶がある。この記憶こそが私を動かす力。ゆえに、私はまだ止まらない」
ガブリエルはマグヌスの前で跪いた。
「このガブリエル・フリーニ、最後まで陛下に付き従います。ですから、なんなりと申し付けくださいませ」
「ああ。共に行こう。夢の果てへ」
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森の中に街道があった。
ルタレントゥムに古くからある街道で、物流と交通で人々が行き交う重要な道路だ。
その街道を軍隊が進んでいた。
千人規模の兵士からなる大隊だ。
大隊は魔都エレウテリオンから出立し、南東方向に進んでいた。
目的地は古都クレイテネア。
クレイテネアは、エレウテリオンよりも古い歴史を持つ都市だ。
古に建てられた神殿が今も残っており、魔神を崇める者にとっては聖地とされている場所である。
大隊は長い列を作って街道を進んでいる。
その列の中間あたりの位置にアルゴは居た。
アルゴは馬の手綱を握って馬を進め続ける。
訓練した甲斐あって、アルゴは馬を操れるようになっていた。
今も馬の速度を制御することができている。
速度は速くない。
人が歩く速度よりも少し速い程度か。
速さよりも隊列を乱さないことの方が重要であった。
現在は昼時。天気は良好。
順調に進んでいた。
「騎士殿、馬の調子はいかがですかな?」
馬で並走する魔族の兵士がそう声を掛けて来た。
騎士殿、と呼ばれるのはまだ慣れないが、それを表情には出さず言葉を返した。
「調子はいいですよ。お気遣いありがとうございます」
アルゴがそう返すと、兵士は爽やかに笑った。
「ハハハッ! 騎士殿は素直で好感が持てますな。ああ、それから、私のような者にそのような言葉遣いは不要ですよ。私は只の兵士ですが、貴方は騎士であり、エウクレイアの家名を持つ御方だ。私は本来、貴方に気軽に口を利ける立場ではないのですが、そこは御容赦願いたい」
「それは勿論。俺なんか偉くもなんでもないですから。遠慮せず声を掛けてください。それと、この言葉遣いは癖なのでお気になさらず」
「左様ですか……。では、遠慮なく喋りかけますぞ!」
兵士はそう言って楽しそうに笑った。
人当たりが良いお喋りな兵士。それがアルゴが受けた印象だった。
「して騎士殿、此度の件、どう思われますかな?」
その兵士の質問にアルゴは直ぐに返事をしなかった。
改めて頭の中を整理してみる。
大隊が何故クレイテネアを目指しているのかというと、盟主メガラ・エウクレイアの護衛と警護のためだ。
大隊の列の後方付近に、盟主が乗る屋根と壁付きの馬車が走っている。
メガラがクレイテネアを目指す理由は、とある会談に出席するためだ。
会談の相手はアルテメデス帝国。
会談の内容は停戦に関する事柄についての協議。
持ちかけて来たのはアルテメデス帝国だ。
そんな風に整理して、アルゴは口を開いた。
「正直、アルテメデス帝国は信用できません。今まで武力で周辺国を支配しておいて、自分たちの立場が悪くなった途端、停戦をしたいだなんて……。あまりいい印象は持ちませんね」
「そうですなあ。私も同じ考えでありますよ。停戦の話を持ち掛けて来たのは、アルテメデス帝国の『大賢者』ロノヴェ・ザクスウェルとのことですが……。騎士殿、かの御仁についてはどう思われますか?」
「ロノヴェ・ザクスウェル……」
その者についてアルゴはメガラから聞かされていた。
ロノヴェは、アルテメデス帝国で絶大な権力を持っている。
表舞台に現れることが少ない皇帝マグヌスに代わり、政治と軍事を動かす帝国の権力者。
『大賢者』とは帝国内における役職のようなもので、本来は君主が幼少、病弱、空位などの理由で政務を行えない場合に、代わりに政務を摂る者のことをさす。
皇帝マグヌスは幼少でもなければ病弱でもないが、絶大な権限を持つ大賢者の資格をロノヴェに与えたのだという。
「ロノヴェ・ザクスウェルもまた、油断ならない人物です。帝国が今までおこなってきた他国への侵攻は、ほぼロノヴェの独断だったと言われています。そんな人物が停戦を求めて来た。はっきり言って不気味です。俺は……対面するべき相手じゃない……と思ってます」
「ほう。そのことを盟主様に上申されなかったのですか?」
「メガ―――盟主は、大事なことは自分で決める人ですから……」
「ハハッ。確かにそうですな。騎士殿、貴重な御意見をお聞かせて頂き、ありがとうございました」
「いえ。こんな意見でよければ幾らでも」
兵士はアルゴの返事に頷くと、前を向き馬を進め続けた。




