201.国葬
就寝前のわずかな時間。
その時間は、メガラと共に二人で過ごすことが多い。
エウクレイア家の館、アルゴの自室。
灯は燭台の火のみ。
暗い部屋には、アルゴとメガラのみ。
二人は長椅子に腰かけていた。
対面ではなく横並びだ。
「この間、見合いをしたメーティス家の息女だがな、お前のことをいたく気に入ったらしいぞ。もう一度、対面で話をしたいとメーティス家から打診があったが、どうする?」
「そうなの? うん、でも……」
「分かった。余の方から断っておこう」
「……ごめん。メーティス家にも……申し訳ない」
肩を落とすアルゴを見て、メガラはアルゴの頭に手を添える。
「そう気を落とすな。メーティス家には、ちゃんと謝っておくさ」
「ありがとう……本当に」
「いいさ。やはり……気が乗らんか?」
「そうなのかな。どうしてもそういう気になれなくて……」
「まあ、お前はまだ若い。お前にはまだ時間はあるゆえ、じっくり考えればいいさ。そうだな……お前が二十歳になるまでは、お前の意思に委ねよう。だが、それ以上は待てん。忘れるな? お前はエウクレイア家の一員なのだから、結婚し子孫を残す必要があるのだぞ?」
「……うん。でもいいのかな?」
「何がだ?」
「だって俺にはエウクレイア家の血が流れていない。それどころか魔族ですらない。そんな俺が……」
メガラはわずかに笑みを浮かべて言う。
「いまさらだな。確かに、人族がエウクレイア家の一員となるのは異例のことだ。だが、それがどうした。お前の功績を考えれば、そんなものは些末なことだ。余がいま生きているのは誰のお陰だ? 誰が余をここまで導いた? 余と契約し眷属となったのは誰だ?」
「……」
「皆、お前のことを認めている。お前のことを否定する者が居るか?」
「……いない。みんな優しい。館の人たちも……この都市の人たちも……」
「そうであろう? まあ、全員が全員、お前に対して好意を抱いているわけはないさ。陰口を叩く者も居るだろう。だがそれは、例えお前が魔族であろうと、エウクレイア家の血をひいていようと、言う奴は言う。それだけのこと」
「ありがとう。俺は……幸せ者だ」
アルゴはそう言って、ゆっくりと体を右に傾けた。
そのままゆっくりと傾けていき、メガラの両膝に頭を乗せた。
「重かったら言って。すぐ退くから」
メガラは柔らかく笑って、アルゴの頭をポンポンと軽く叩く。
「甘えん坊は相変わらずだな。よい、大した重さではない」
「ならよかった」
もしこの光景を他の誰かに見られたら、顔から火が出るほど恥ずかしい思いをするだろう。
だけど、ここには俺とメガラだけ。
だから、いい。
この時間だけが、俺の安らぎだから……。
ああ……でも、俺には……俺の中には他人が居たのだった。
ベリアルだ。
でも、ベリアルから反応はない。
しばらくない。
アガム砦の結界から脱出して以降、また反応が消えてしまった。
多分、メガラの契約に邪魔をされて意識が浮上しないのだろう。
だから、今は気にしない。
メガラの優しい手触りが、髪の毛を通して伝わってくる。
ああ……やばい。寝てしまいそうだ。
駄目だ。ちゃんとベッドで寝ないと……。
「くーおんのーゆりかごーでーねむれー」
静かで優しい歌声が聞こえた。
「それ……なに?」
「これは子守歌だ。我々魔族のな」
「ははっ……子守歌って。流石に……そこまで子供じゃない―――」
そこでアルゴは意識を途絶えさせてしまった。
抗えない誘惑により、眠りに落ちてしまったのだ。
「いいや。お前は子供だよ。……余にとってはな」
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アルテメデス帝国。帝都メトロ・ライエス。
その日、メラケイス国立墓地にて国葬が行われた。
アルテメデス帝国も戦で多数の戦死者を出した。
この国立墓地には、戦士たちの遺骨が埋葬されている。
墓標に記されているのは、勇敢に戦った戦士たちの名前。
その名前の中に、大将軍の名前もあった。
キリル・レグナード。
無敵と思われていた大将軍。
『万雷』のキリル・レグナードは没した。
『盟主の騎士』に斬られたキリルの傷は深かった。
キリルの命を救うため、帝国は優秀な治癒者たちを動員した。
だが結局、間に合わなかった。
国葬に集った大勢の帝国人たちの中に、キリルの墓標を一心に見つめる者がいた。
大将軍ガブリエル・フリーニだ。
ガブリエルは念じた。
キリル……どうか安らかに眠って。
助けられなくて……ごめんなさい。
私は貴方のことを弟のように思っていたわ。
次会えたら……また、姉弟喧嘩……しましょう。
ガブリエルの瞳から一筋の涙がこぼれた。
その時、この場の空気が変わる。
空気が張り詰め、緊張感が高まる。
帝国の者たちは、一斉に姿勢を正した。
聞こえるのは、静かな足音。
その音以外は何も聞こえない。
その者は、この場に集った者たちの前に立った。
金色の髪の毛に赤い瞳。
外見年齢は二十代後半。
アルテメデス帝国皇帝。
『僭帝』マグヌス・アストライアである。
マグヌスは問い掛ける。
「―――我々は何故、戦うのだろうか? このように多くの同胞を失い、大きな犠牲を払った。それでも何故、我々は戦うのだ? あるいは……もう戦いはやめるべきだろうか?」
その問いに答える者はないない。
マグヌスは、少し間を開けてまた口を開いた。
「戦うことに疑問を持つ者は多いだろう。もう戦いに疲れた者もいるだろう。だが、今一度……貴様らに問う。此処に眠る者たちは何のために戦った? その尊い命を何のために捧げた?」
一呼吸して続きを言う。
「無論―――平和のためだ! 我々は破壊の使者ではない! 我々は平和の求道者だ! この世界を統一し、恒久的な平和を成す! それが、それこそが! 我々の戦う理由だ!」
マグヌスは集った面々を見回した。
それから少し声を落として言う。
「分かっている。これは詭弁だ。どれだけ言い繕ったところで、そう思わぬ者はいるだろう。それに、我々の置かれた状況は厳しい。東西から攻め込まれ、我々は劣勢にある。それを認めよう」
ここで、この場に集った者たちがざわつき始めた。
マグヌスの瞳から涙がこぼれていたから。
仮面の皇帝。
そう言われるほど、マグヌスは人前で感情を見せることがない。
そのマグヌスが感情を込めて声を上げている。
のみならず、涙まで流して見せた。
「だが……悔しいではないか。このまま負けるのは……認めたくないではないか。世界を統一し、永遠の楽土を創る……。それは……私の夢だ。私はその夢を叶えたい。どうしても……どうしてもだ……」
マグヌスは右拳を握りしめ、それを掲げた。
「私は貴様らと夢を叶えたい! 貴様らと共にだ! だからこれは、命令ではない! これは願いだ! この場に集った者たちよ! 平和を願う民たちよ! 私に力を貸して欲しい! 私に貴様らの全てを託せ! 私はそれを束ね、貴様らを導く!」
帝国人たちにも様々な考えがある。
その演説に心が動かなかった者もいるだろう。
心の内で悪態をついた者もいるだろう。
だが、この場に響く拍手の音がそれらの悪感情を打ち消していた。
それは平和を願い、マグヌスに夢を託した者たちの魂の声だった。




