表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

208/250

201.国葬

 就寝前のわずかな時間。

 その時間は、メガラと共に二人で過ごすことが多い。


 エウクレイア家の館、アルゴの自室。


 灯は燭台の火のみ。

 暗い部屋には、アルゴとメガラのみ。


 二人は長椅子に腰かけていた。

 対面ではなく横並びだ。


「この間、見合いをしたメーティス家の息女だがな、お前のことをいたく気に入ったらしいぞ。もう一度、対面で話をしたいとメーティス家から打診があったが、どうする?」


「そうなの? うん、でも……」


「分かった。余の方から断っておこう」


「……ごめん。メーティス家にも……申し訳ない」


 肩を落とすアルゴを見て、メガラはアルゴの頭に手を添える。


「そう気を落とすな。メーティス家には、ちゃんと謝っておくさ」


「ありがとう……本当に」


「いいさ。やはり……気が乗らんか?」


「そうなのかな。どうしてもそういう気になれなくて……」


「まあ、お前はまだ若い。お前にはまだ時間はあるゆえ、じっくり考えればいいさ。そうだな……お前が二十歳になるまでは、お前の意思に委ねよう。だが、それ以上は待てん。忘れるな? お前はエウクレイア家の一員なのだから、結婚し子孫を残す必要があるのだぞ?」


「……うん。でもいいのかな?」


「何がだ?」


「だって俺にはエウクレイア家の血が流れていない。それどころか魔族ですらない。そんな俺が……」


 メガラはわずかに笑みを浮かべて言う。


「いまさらだな。確かに、人族がエウクレイア家の一員となるのは異例のことだ。だが、それがどうした。お前の功績を考えれば、そんなものは些末なことだ。余がいま生きているのは誰のお陰だ? 誰が余をここまで導いた? 余と契約し眷属となったのは誰だ?」


「……」


「皆、お前のことを認めている。お前のことを否定する者が居るか?」


「……いない。みんな優しい。館の人たちも……この都市の人たちも……」


「そうであろう? まあ、全員が全員、お前に対して好意を抱いているわけはないさ。陰口を叩く者も居るだろう。だがそれは、例えお前が魔族であろうと、エウクレイア家の血をひいていようと、言う奴は言う。それだけのこと」


「ありがとう。俺は……幸せ者だ」


 アルゴはそう言って、ゆっくりと体を右に傾けた。

 そのままゆっくりと傾けていき、メガラの両膝に頭を乗せた。


「重かったら言って。すぐ退くから」


 メガラは柔らかく笑って、アルゴの頭をポンポンと軽く叩く。


「甘えん坊は相変わらずだな。よい、大した重さではない」


「ならよかった」


 もしこの光景を他の誰かに見られたら、顔から火が出るほど恥ずかしい思いをするだろう。

 だけど、ここには俺とメガラだけ。

 だから、いい。

 この時間だけが、俺の安らぎだから……。


 ああ……でも、俺には……俺の中には他人が居たのだった。

 ベリアルだ。

 でも、ベリアルから反応はない。

 しばらくない。

 アガム砦の結界から脱出して以降、また反応が消えてしまった。

 多分、メガラの契約に邪魔をされて意識が浮上しないのだろう。


 だから、今は気にしない。


 メガラの優しい手触りが、髪の毛を通して伝わってくる。


 ああ……やばい。寝てしまいそうだ。

 駄目だ。ちゃんとベッドで寝ないと……。


「くーおんのーゆりかごーでーねむれー」


 静かで優しい歌声が聞こえた。


「それ……なに?」


「これは子守歌だ。我々魔族のな」


「ははっ……子守歌って。流石に……そこまで子供じゃない―――」


 そこでアルゴは意識を途絶えさせてしまった。

 抗えない誘惑により、眠りに落ちてしまったのだ。


「いいや。お前は子供だよ。……余にとってはな」



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 アルテメデス帝国。帝都メトロ・ライエス。


 その日、メラケイス国立墓地にて国葬が行われた。


 アルテメデス帝国も戦で多数の戦死者を出した。

 この国立墓地には、戦士たちの遺骨が埋葬されている。


 墓標に記されているのは、勇敢に戦った戦士たちの名前。

 その名前の中に、大将軍の名前もあった。


 キリル・レグナード。


 無敵と思われていた大将軍。

『万雷』のキリル・レグナードは没した。


『盟主の騎士』に斬られたキリルの傷は深かった。

 キリルの命を救うため、帝国は優秀な治癒者たちを動員した。

 だが結局、間に合わなかった。


 国葬に集った大勢の帝国人たちの中に、キリルの墓標を一心に見つめる者がいた。

 大将軍ガブリエル・フリーニだ。


 ガブリエルは念じた。


 キリル……どうか安らかに眠って。

 助けられなくて……ごめんなさい。

 私は貴方のことを弟のように思っていたわ。

 次会えたら……また、姉弟喧嘩……しましょう。


 ガブリエルの瞳から一筋の涙がこぼれた。


 その時、この場の空気が変わる。

 空気が張り詰め、緊張感が高まる。

 帝国の者たちは、一斉に姿勢を正した。


 聞こえるのは、静かな足音。

 その音以外は何も聞こえない。


 その者は、この場に集った者たちの前に立った。


 金色の髪の毛に赤い瞳。

 外見年齢は二十代後半。

 アルテメデス帝国皇帝。

『僭帝』マグヌス・アストライアである。


 マグヌスは問い掛ける。


「―――我々は何故、戦うのだろうか? このように多くの同胞を失い、大きな犠牲を払った。それでも何故、我々は戦うのだ? あるいは……もう戦いはやめるべきだろうか?」


 その問いに答える者はないない。

 マグヌスは、少し間を開けてまた口を開いた。


「戦うことに疑問を持つ者は多いだろう。もう戦いに疲れた者もいるだろう。だが、今一度……貴様らに問う。此処に眠る者たちは何のために戦った? その尊い命を何のために捧げた?」


 一呼吸して続きを言う。


「無論―――平和のためだ! 我々は破壊の使者ではない! 我々は平和の求道者だ! この世界を統一し、恒久的な平和を成す! それが、それこそが! 我々の戦う理由だ!」


 マグヌスは集った面々を見回した。

 それから少し声を落として言う。


「分かっている。これは詭弁だ。どれだけ言い繕ったところで、そう思わぬ者はいるだろう。それに、我々の置かれた状況は厳しい。東西から攻め込まれ、我々は劣勢にある。それを認めよう」


 ここで、この場に集った者たちがざわつき始めた。


 マグヌスの瞳から涙がこぼれていたから。


 仮面の皇帝。

 そう言われるほど、マグヌスは人前で感情を見せることがない。

 そのマグヌスが感情を込めて声を上げている。

 のみならず、涙まで流して見せた。


「だが……悔しいではないか。このまま負けるのは……認めたくないではないか。世界を統一し、永遠の楽土を創る……。それは……私の夢だ。私はその夢を叶えたい。どうしても……どうしてもだ……」


 マグヌスは右拳を握りしめ、それを掲げた。


「私は貴様らと夢を叶えたい! 貴様らと共にだ! だからこれは、命令ではない! これは願いだ! この場に集った者たちよ! 平和を願う民たちよ! 私に力を貸して欲しい! 私に貴様らの全てを託せ! 私はそれを束ね、貴様らを導く!」


 帝国人たちにも様々な考えがある。

 その演説に心が動かなかった者もいるだろう。

 心の内で悪態をついた者もいるだろう。


 だが、この場に響く拍手の音がそれらの悪感情を打ち消していた。

 それは平和を願い、マグヌスに夢を託した者たちの魂の声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ