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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第六章

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199.教育

 混成軍とアルテメデス帝国軍の戦いは、膠着状態にあった。


 アルテメデス帝国軍は自国へ軍を後退させ、ルタレントゥム魔族連合との国境線付近で陣を展開。


 混成軍もまた、アルテメデス帝国軍と向き合うような形で陣を構築。


 両軍は、国境を挟んで睨み合いを続けている状態であった。


 再び大きな戦が始まる機運はあったが、現実的にはまだ先のことだろうと知識者は予想する。


 そのような不安定な情勢ではあったが、現在は戦がない日が続いていた。


 そんなある日のこと。

 国境線付近が緊迫しているように、エウクレイア家の館にもある種の緊迫した空気が満ちていた。


 エウクレイア家館二階、個室にて。


 コツコツ、と靴底を踏み鳴らす音が響いていた。

 ゆっくりと、一定の感覚でその音を鳴らしているのは、この館の侍女長、ベアトリクスだ。


 ベアトリクスは、魔族の老女だ。

 老女といっても、年老いた印象はあまり感じられない。

 気力が漲っており、実年齢よりも随分と若く見える。


 そんなベアトリクスがようやく足を止めた。

 そして、机に向かうアルゴに声を掛けた。


「そこまで」


 とベアトリクスに言われ、アルゴはペンを動かす手を止めた。


 ベアトリクスは、机の上に置かれた用紙を覗き込んだ。


「ふむふむ……」


 アルゴは一言も発さず、じっとしていた。

 このなんとも言えない緊張感。

 ベアトリクスの許可が出るまで声を出してはいけない。

 ような気がしていた。


「アルゴ坊ちゃま」


 ベアトリクスから声を掛けられ、アルゴは背筋を伸ばした。


「は、はい!」


 厳めしいベアトリクスの顔がアルゴに向けられていた。

 しかしその数秒後、ベアトリクスは破顔。


「素晴らしい。全問正解です」


「よ、良かった……」


 アルゴは大きく胸を撫でおろした。


「坊ちゃまは本当に物覚えがよろしい。これは喜ばしいことです。この調子なら、何処に出しても恥ずかしくない男子となられますよ」


「ほ、本当ですか?」


「ええ。このベアトリクスが請け負いますとも」


「で、でしたら……もう少しお手柔らかにしてもらえると嬉しいんですが……」


「それはなりません坊ちゃま。貴方様はもうエウクレイア家の者なのですから、それ相応の素養を身に付けなければなりません。よいですか? エウクレイア家は最高の格を持つ由緒正しき家系。勉学以外にも、まだまだ身に着けることは沢山でございますよ」


「さ、左様ですか……」


「さあ、休んでる時間はございません。次はこの問題を解いてみてください」


 ベアトリクスはそう言って、机の上に用紙を広げる。


「紙もタダではありませんからね。無駄になさらぬよう努めてください」


「分かりました……」


 アルゴは気付かれぬように溜息を吐いて、ペンを握りしめた。


 やるか。


 と覚悟を決めた時、この部屋の扉がノックされた。


 その者は、こちらの返事も聞かずに入ってきた。


「どうもー、やってますかー?」


 若い魔族の侍女だった。

 茶髪。頭部に二本のツノ。

 顔には笑みを浮かべているが、どこか軽薄そうな印象を抱かせる。


 ベアトリクスは大きく溜息を吐いて言う。


「クラーラ、貴方は学びませんね。扉を開けるのはこちらの返事を聞いてから。背筋はしっかりと伸ばす。笑顔を作るならもう少し口角を上げなさい。そもそも言葉遣いがおかしい。貴方は―――」


「まあまあまあ、少し待って欲しいっす、侍女長。ワタシは庶民の出っすから、侍女長みたいに上手くはできないっすよ」


「貴方はまたそれを言いますか。出自は関係ありません。貴方には態度を改めようとする姿勢が感じられない。ワタクシはそれを咎めているのです。貴方は坊ちゃまを見習いなさい」


「はーい、分かったすよ。でも、盟主様はこんなワタシを気に入って雇ってくださってるんですから、あまり変わりすぎるのは盟主様の意にそぐわないと思うっすけどねー。ねー? 坊ちゃま」


 クラーラはそう言って、後ろからアルゴに抱き着いた。


「ク、クラーラさん!?」


 クラーラに密着され、アルゴの心臓が飛び跳ねる。

 クラーラは良い匂いがした。甘い焼き菓子の匂いだ。


「アハハッ! 坊ちゃまは可愛いっすねー!」


 そんなクラーラの頭にチョップが入った。


「クラーラ、調子に乗りすぎです。その方は気安く触れてよい方ではありませんよ。貴方、あとでワタクシの部屋に来なさい。再教育します」


 ベアトリクスに鋭い眼光を向けられ、流石のクラーラも怯んだ。


「ご、ごめんなさいっす。調子に乗りすぎたっす」


 すかさずアルゴは言う。


「ベアトリクスさん、俺は気にしてないですから。どうか寛大な対処を……」


 ベアトリクスは軽く息を吐いて言う。


「畏まりました。坊ちゃまにそう言われては、しかたがありませんね。クラーラ、坊ちゃまに感謝なさい」


「や、やったー! 坊ちゃま、ありがとうっす! クラーラは坊ちゃまのことが大好きっす!」


 クラーラの頭部に再びチョップが入った。


「クラーラ、それで貴方は何をしに来たのですか? まさか邪魔をしに来ただけだと?」


「そ、そんなわけないじゃないっすか! ワタシは盟主様に言いつけられたっす! 坊ちゃまと侍女長に少し休憩させるようにと!」


「そうですか。で、まさかとは思いますが、手ぶらで来たのですか?」


「そんなまさか! ちゃーんと、飲み物とお菓子を準備したんっすから!」


「そうですか。で、それはどこに?」


「それはどこにって、ちゃーんとここに……」


 クラーラは視線を彷徨わせる。


「あれー? おかしいっすねー。なんで無いんすかねー?」


「それは準備しただけで、持ってこなかったからでしょう?」


「あー、確かに。さすが侍女長、頭いいー!」


「クラーラ」


「わ、分かってるっす! すぐに持ってくるっす!」


 と言って、クラーラは足早に退室した。


「坊ちゃま、あれはあれで見本になるかもしれません」


「え?」


「無論、悪い見本ですが」


「……なるほど」

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