198.告白
エウクレイア家の館前方には、鮮やかな花々が咲き誇る美しい庭園が広がっていた。
その庭園にて、やや真剣な面持ちで三人は向かい合っていた。
アルゴ、クロエ、リリアナの三人だ。
「メガちゃんを困らせちゃったニャ。でも……クロエは本気だから」
そう言われ、アルゴは呼吸を整えてから返事をした。
「クロエさん。俺……クロエさんのことが好きです」
「ニャ、ニャニャ!?」
アルゴの返事を聞いてクロエは飛び上がった。
リリアナも同様に驚いている。
「でもその好きは……多分、クロエさんが求めているものじゃない……ような気がします。俺はクロエさんことを……仲間として好きです」
「……」
「それに、俺はこれからも戦わないといけません。だから今は、結婚とかそういうのは考えられないなって……。これから縁談する相手には失礼かもしれませんが……それが俺の気持ちです。だから、ごめんなさい」
「……そっか」
「はい……」
クロエは体を翻し、アルゴに背中を向けた。
それから伸びをして言う。
「う~ん。そっかそっか。うん、分かったニャ。気持ちを聞かせてくれてありがとニャ」
「いえ……そんな」
「ニャ―、ニャ―」
と言ってクロエは唸り出した。
「クロエさん?」
「諦めないといけない……んだけど。それは分かってるんだけど……。あー! やっぱ無理だニャ!」
クロエはまた体を翻してアルゴと向き合った。
「アルくん! 取り合えず今回は諦めるニャ! 今回は、だニャ! 次会う時、アルくんの気持ちが変わってるかもだし!」
「え、で、でも……」
「ニャ―! ニャー! もう何も言うでない! ということで、敗者は去るニャ! アルくん! また会おう! そしてリリちゃん、幸運を祈る!」
一方的にまくしたて、クロエは走り出す。
そのまま庭園を駆けて、アルゴの前から消え失せた。
「い、行ってしまった……」
静寂が訪れた。
嵐が過ぎ去ったあとのような静けさ。
そんな中、アルゴはリリアナに顔を向けた。
「リリアナさん、俺は―――」
「待ってください。私から言います。私だけ気持ちを伝えていないのは……卑怯ですから」
「……分かりました」
「私は自分でも驚いています。自分の心に満ちるこの感情に……。この締め付けられるような……それでいて、何処かへ飛んで行ってしまいそうな……不思議な感覚です」
一呼吸してリリアナは続ける。
「ダンジョンで貴方に命を救われてからというもの、貴方のことが頭から離れないのです。これは、貴方への恩義に基づいた感情だと思っていました。貴方に恩を返さなければならない。貴方のお役に立って恩を返したい。そう思っていました。ですが、違ったようです。確かに、きっかけはそうだったのかもしれません。それでも、今ならば断言できます。このリリアナ・ラヴィチェスカは貴方をお慕い申しております。どうか、私と一緒になってください」
リリアナから純粋な思いを告げられ、アルゴは息を呑む。
アルゴは、リリアナを見つめ返して口を開いた。
「その気持ち……嬉しいです。嘘じゃありません。本当に……ありがとうございます。でも、さっきクロエさんに言った通りです。今はそういうことは考えられません。だから、ごめんなさい」
「そう……ですか」
そう息を漏らすように言って、リリアナはへたり込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「は、はい……。ちょっと気が抜けてしまったようで……」
「そ、そうですか……立てますか?」
アルゴは右手を伸ばし、リリアナはその手を掴んだ。
「ありがとうございます」
そう言ってリリアナはゆっくりと立ち上がるが、どこか呆けた様子だった。
そんなリリアナにアルゴは声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫で……いえ、どうやら……駄目なようです」
「え? どこか怪我でも?」
「いえ、そうではありません。どうやら私も、クロエさんと同じようです。この気持ちを手放すことは……難しい。ですからまた……挑戦させて頂いてもいいでしょうか?」
「それは……」
「間違えました。挑戦します。何度だって」
「ハハッ……」
「おかしいでしょうか?」
「はい。でもそれは、リリアナさんの良いところです。俺はそう思います」
「……」
「どうしました?」
「貴方は意外と女泣かせですね。気を付けた方がいいかと。そのままでは、身を滅ぼすことになりますよ?」
「そ、そうでしょうか?」
「はい」
「き、気を付けます……」
そんな二人の様子を離れた位置から見守る者たちが居た。
ネロは言う。
「いま何を思われていますか? 盟主様」
「ふむ。複雑な気持ちではあるな。誇らしいやら、少し寂しいやら……。もし余に子がおれば、このような気持ちなのだろうか……」
「面白いものですね」
「何がだ?」
「あの盟主様が、このようなことで悩まれておられる。以前の盟主様であれば、考えられなかったことでは? アルゴとの旅は、盟主様に様々な刺激を与えたようですね」
「ああ、確かにな。あいつとの旅は、余の人生観を大きく変えるものであった。と……言えるかもな」




