196.奪還
「すばらしい……すばらしいですぞ」
ロノヴェは、塔の上でわずかに震えていた。
それは恐怖によるものではない。
それは歓喜の震え。
「現代にも、あのような術者が居るのですね。このロノヴェ・ザクスウェル、異界の魔女に最大の賛辞を送りましょうぞ。異界の魔女、ミレト・ガラテイアよ。貴方は、神代の術者にも引けを取らない希代の天才。敵ながら……あっぱれ」
そして、塔の上から戦場を見下ろす。
戦況はさらに悪化していた。
勢いは完全に敵側にある。
もう間もなくアガム砦が落ちる。
「これは参りましたな。もはや後退するしかないですが……これは……」
ロノヴェは、顎に手を置いて何故こうなったのかを考える。
「決まっておりますな。吾輩―――いや、我々は甘くみていた。脅威は盟主の騎士だけではなかった。敵は強い。もう一度、そのことを認識せねばなりますまい」
そう自戒するロノヴェは、複数の足音を聞いた。
その足音は、塔を駆け上がる敵兵のものだった。
敵兵たちは、塔を駆け上がり外へと通じる扉を破壊した。
そして外へと出て、塔の最上階でロノヴェと対面する。
「大賢者、ロノヴェ・ザクスウェルだな!?」
大声で兵士の一人にそう問われた。
敵兵の数は七人。
当たり前だが、全員武器を携えている。
ロノヴェは、杖の先を床に打ち付けて答えた。
「如何にも」
「お前の首級を挙げれば、第一功の大手柄だ! その命、貰い受ける!」
「おお……なんと……なんと瑞々しいことか」
「なんだと?」
「貴方がたは、何とも瑞々しい果実だ。若く、勢いのある勇士たちよ。だが、まだ青い。吾輩は、その青さは嫌いではありませんが、いまは虫の居所が悪い」
「お前の気持ちなどどうでもいい! 死ぬ前に何か言い残すことはあるか!」
「吾輩の言葉が分かりませぬか?」
「……もういい。全員、かかれ!」
兵士たちが動き出した。
一斉に、ロノヴェへと迫る。
「分かりませんか……」
ロノヴェは大きく溜息を吐いて続ける。
「未熟な貴様らでは、力量不足だと言っているのだ」
その瞬間、兵士たちの足が止まった。
兵士たちがバタバタと倒れていく。
「なんだ……と……」
生き残った兵士は見た。
虚空から鋭い刃が現れた。
仲間たちは、その刃に頭や首を貫かれたのだ。
生き残った兵士は、頭や首ではなく肩を貫かれていた。
「おや、一人、外してしまいましたか。吾輩もまだまだですな」
「な、なんだこれは……。なにをした?」
「死にゆく貴方には関係のないこと」
ロノヴェは人差し指を兵士に向けた。
「ま、待て……やめろ……」
「やめろ? 面白いことを言う。人を殺そうとするくせに、殺される覚悟もない。いや、戦場に出て来た以上、覚悟はしているはず。それでも、実際に死期を悟って怖くなった。と、いうところですかな。なんとまあ……未熟な。ですが、それでこそですな。未熟で愚かな……愛すべき子供たちよ。吾輩は、貴方たちを愛しておりますよ」
「何を……言っている?」
「はて、吾輩は貴方と同じ言語で話しているはずですが。まあ、いいでしょう。それでは―――」
「待ってくれ! 俺は―――」
「さようなら」
鋭い刃が兵士の頭を貫いた。
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アガム砦が陥落した。
それにより、アルテメデス帝国軍は戦線後退を余儀なくされる。
それから二月後。
混成軍は破竹の勢いで勝ち続けた。
次々にルタレントゥムの領土を取り戻し、ついには魔都エレウテリオン奪還戦が目前に迫っていた。
魔都エレウテリオンを取り戻すことは、魔族たちにとって宿願であった。
魔族たちは高い士気を維持したまま、戦いに臨もうとしていた。
しかし結局、戦は起こらなかった。
魔都エレウテリオンを占拠していたアルテメデス帝国軍が撤退を始めたのだ。
アルテメデス帝国軍は魔都を放棄し、大きく後退。
つまり、魔族たちは無血で魔都エレウテリオンを取り戻したということになる。
その結果、魔族の盟主メガラ・エウクレイアは軍と共に魔都に帰還。
盟主の凱旋。
それは、ルタレントゥム全ての民が望んでいたことであった。




