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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第六章

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195.親友

 激しい地鳴りを伴って車輪が回る。

 巨大な車輪は全てを破壊する。


 この地は荒野。

 車輪の進路上には何もないが、もし都市があったならその被害の大きさは計り知れないだろう。


「あれを召喚したのは十中八九、帝国の仕業。じゃが何故この時、この場所で召喚したのじゃ? 我らにより大きな損害を与えたいのなら、もう少し召喚どころを考えるべき……。ふーむ。おそらくは、この状況下でしか召喚できなかった、と考えるべきか」


 ミレトは丘の上から車輪を見つめ、そう独り言を漏らした。


「この時も、戦場では多くの兵士が死んでおる。その死体を触媒にあの車輪を召喚した、というところか」


 そう予想し、それ共に驚愕した。


「じゃが、それは神の御業と言ってよい。そんなマネができる者など現代にはおらん。と、思っていたんじゃがのう。フフフッ。よいよい。妾らの敵は神じゃったか。ならば、この異界の魔女がどこまでやれるのか……神よ、とくとご覧あれ」


 ミレトは、異界の杖を掲げた。

 杖の先には翠色の魔石が嵌め込まれている。


 魔石が輝き出した。


 その瞬間、強い揺れが起きた。


 世界が引っ繰り返るかのような大きな地震。


 そして、それは荒野から現れた。

 それは、世界を破壊し得る巨大な力の塊。


 現れたのは、全身を緑色の鱗に覆われた大蛇。

 八つの頭を持つ怪物。

 その身の長さは優に八十メートルは超える。


「ヒュドラよ、その命を賭して、あれを止めるのじゃ」


 ミレトから命令が下され、ヒュドラは動き出した。


 巨大な八又の蛇が、荒野を蛇行する。


 もし車輪に意思があったのなら、突然現れた怪物を前にたじろいでいたはずだ。

 だが当然ながら、車輪にそんな感情はない。

 車輪は止まらない。


 ヒュドラも止まらない。

 主の命令は絶対である。


 車輪とヒュドラが激突。


 巨大な蛇と巨大な車輪。

 異形と異物。この二つの争いが始まった。


 ヒュドラがその巨大を以って車輪を止めた。

 車輪は空転するが、大量の土を跳ね上げながら尚も進もうとする。


 ヒュドラは八つの頭を車輪に絡ませていく。

 巨大な力で締め上げて、車輪を破壊するつもりだ。


 それでも尚、車輪は前進しようする力を緩めない。


 ヒュドラと車輪は膠着状態にあった。


 メガラは遠目でその光景を見ていた。


「あれは確かに切り札だ。ミレトの奴、あのような化け物を隠し持っていたとはな。だがあれ程の怪物……支払った代償は……」


 支払った代償は大きい。

 対象となる存在と契約し、この世界に呼び出す術。

 それこそが召喚術だ。


 契約を結ぶ相手が強力な存在であるほど、その代償は大きい。

 あのような世界を破壊し得る怪物との契約となると、その代償は如何ほどのものなのか。


「ミレトお前……いったい、何を差し出した……?」


 メガラはミレトに近づき、ミレトの背中に向かってそう問い掛けた。


 その問いに、ミレトは答えた。

 荒野に目を向けたまま。


「なあに、妾の寿命の大半をくれてやったまでじゃ。今回の代償は契約を結んだ時点ではなく、召喚した瞬間に支払われるものでありんす。ヒュドラを召喚した瞬間に、ごっそりと寿命が奪われる感覚がありんした。そういうこともあって、妾にできることはほぼなくなる、と申したのじゃ」


「なん……だと……。お前は……あとどれぐらい生きられる……?」


「フフフッ。それを訊くかえ、盟主様。そうじゃのう、正確には分からんが、あと数年といったところじゃろか?」


「ば、馬鹿だ……。お前は、馬鹿だ……」


「馬鹿とは何じゃ。妾が居なければ、あの車輪は止められんかったぞえ」


「何故だ……何故そうまでして……お前は……」


「言ったじゃろう? 全ては妾の気分次第。気分が乗った、それだけのこと」


「気分だと……。お前は気分で自分の命を懸けるというのか……」


「しょうがないじゃろう。気分が乗ったのじゃ。乗せたのは……サラミスじゃがのう……」


「なに?」


「盟主様、お喋りはここまでじゃ。盟主様もとくとご覧あられよ。あのような戦いは、もう二度と見れんじゃろう」


 ヒュドラと車輪の戦いに、決着が付こうとしていた。


 ヒュドラは車輪を締め上げ続ける。

 車輪の外観に大きな亀裂。

 車輪が壊れようとしているのは、誰の目にも明らかだった。


「よいぞ、ヒュドラ。そのまま破壊するのじゃ」


 見ておるか? サラミス。

 妾はよく頑張っておるじゃろう?

 お前に託されたもの、妾はよく守り切っておるじゃろう?


 サラミス……お前がいなくなって妾は退屈じゃ。

 ああ……お前の花のような笑顔が見たいのう。

 お前の鈴のような声が聞きたいのう。


 なあ、サラミス。お前はそっちにいるのかえ?

 そっちにいけば、また会えるのかえ?

 それならば、そっちにいくのも悪くないのう。


 ……分かっておるよ。

 もうひと踏ん張り……じゃろう?


「ヒュドラよ! 神に目にものを見せてやれ!」


 距離的には、その声がヒュドラに届くはずはない。

 だがヒュドラは、締め上げる力を強めた。


 ヒュドラは最後の力を振り絞った。


 車輪に入った亀裂が広がり、車輪は崩壊を始める。


 パラパラと、車輪が崩れていく。


 車輪は強大な破壊装置だ。

 ゆえに、それをその身で止めていたヒュドラもまた、大きく疲弊していた。


 それでもヒュドラは力を緩めない。


 そしてついに、車輪が砕け散った。


 それと共に、ヒュドラが緑色の粒子と化していく。

 力を使い果たしたヒュドラは、あるべき場所へ還っていく。


「よくやった、ヒュドラ。大義であったぞ」


 そう言って、ミレトは空へ目を向ける。


「これでよいのじゃろう? ―――サラミス」


 ありがとう、ミレト。


「フフフフッ」


 それは幻聴だったのかもしれない。

 だがミレトは確かに聞いた。

 他人を笑顔にすることに長けた、美しい女の声を。


「構わんよ。他ならぬ……親友の頼みじゃからのう」

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