20.山道にて
巨大な樹木が乱立するその山は、ウトレイ銀山と呼ばれている。
ウトレイ銀山から採れる銀鉱物は、サルディバル領の重要な財源である。
キュクロプス退治のため編成されたメンバーは、全部で十人。
黎明の剣の団員が九人と、外部の人間であるアルゴの計十人だ。
前衛での盾役が三人。後衛で魔術を放つ者が三人。回復魔術に長ける者が一人。
残り三人は遊撃役。状況に応じ、立ち回りを変更する者たちだ。
アルゴは、遊撃の役割を任ぜられた。
銀山には、人の手で切り開かれた山道があった。
その山道は、坑道へと至るための通路である。
山道を上りながら、アルゴはリューディアから聞かされる話に耳を傾けていた。
「アルゴ少年、もう一度おさらいするわね。キュクロプスとは、屈強で頑強な一つ目の巨人。全長は約十五メートル。その巨体から繰り出される拳は、大岩ですら簡単に砕いてしまう」
リューディアは、歩調を落とさずに続ける。
「圧倒的な攻撃力を持っているけど、それよりも厄介なのは、その耐久度。どれだけ攻撃を与えても、キュクロプスは弱らない。まさに生命力の怪物。それこそがキュクロプスの強み」
「なるほど……」
「前回はキュクロプスを仕留めることができなかった。それなりにダメージを与えていると思ったのだけど、押しきれなかった。持久戦はキュクロプスに分がある。私たちは疲れ果て、ついには瓦解してしまった」
「それはそれは……」
「でも今回は違う。私たちは、君と言う最強の剣を得た。君ならキュクロプスを仕留めきれる。そうでしょう?」
「でしょうか? まあ、やるだけやってみますよ……」
そのアルゴの頼りない返事を聞いた団員の一人が、リューディアに耳打ちする。
「リューディアさん、この少年、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫。実力は本物よ」
そう返事するリューディアの表情には自信が漲っていた。
団員は「まあ、リューディアさんがそこまで言うなら……」と言って離れて行った。
リューディアは、今回組まれた部隊では遊撃役と隊長を兼任している。
磨き上げられた槍術と豊富な経験量。リューディアが隊長を務めるのは適任といえた。
リューディアの実力はアルゴも認めるところ。
おそらくはベインよりも強い。リューディア自身が言う通り、アルゴはそう見ていた。
アルゴは歩みを進めながら、自身の装備を改めて確認した。
今回の任務に合わせて、黎明の剣から装備を支給された。
アルゴの武器と服装は一新されている。
武器は鋼の直剣。冒険者ハンクから奪ったかつての直剣と形状は似ているが、質は雲泥の差であろう。
斬れ味から分かる。おそらくは業物と呼ばれる物の類。
服装は、黒を基調とした分厚く丈夫な戦闘服。
腰にはベルトを巻き、剣を携えている。足元は頑丈なブーツ。
動き回ることを想定した軽装。
意匠に違いはあれど、リューディアも同じような恰好をしていた。
それにしても……様になってるな。
リューディアの姿を眺めながら、アルゴはそう思った。
輝く黄金の長い髪。すらりと伸びた四肢。美しい貌。
それはまるで、絵画から飛び出したかのような現実からかけ離れた美しさだった。
それと同時に思う。
今更だけど、エルフって初めて見たな。
エルフとは、大森林の奥に身をひそめ、人の前には姿を現さない者たち。
それが、アルゴの頭の中にある知識だった。
この知識が大きく間違っているということはないはずだ。
サン・デ・バルトローラは大きな都市だが、リューディア以外のエルフを見かけた覚えはない。
そんなエルフが傭兵として働いている。
なにか事情があるのだろうか?
「アルゴ少年、どうかしたのかしら?」
リューディアにそう尋ねられ、アルゴはハッとした。
気が付かぬうちに、リューディアのことを見すぎていたようだ。
「あ、すみません。なんでもないです」
「そう? なにか気になることがあったら何でも言ってね?」
「はい、ありがとうございます」
アルゴの返事を聞いて、リューディアは前に視線を戻した。
その直後、アルゴは左脇腹に衝撃を受けた。
「分かるぜえ、少年」
左脇腹を小突いたのは、遊撃役の男だった。
若い男で、軽薄な笑みが特徴的だった。
名前は何と言っただろう?
アルゴが記憶を引っ張り出していると、その男は言った。
「リューディアさん、いいよなあ。少年もそう思うだろう?」
「は、はあ……」
「おいおい、スカしてんなよ」
「別にそんなんじゃあ……」
「なんだお前、タマついてんのか?」
「まあ、一応」
「ホントか? 確かめてやるよ」
その時、その男の右腕が素早く動いた。
男の右腕は、アルゴの股間へと伸びる。
素早い動きだったが、アルゴには見えた。
アルゴは男の右手首を掴み上げ、お返しに空いている方の手で男の股間を握りしめた。
何故そうしたのか、自分でも分からなかった。
勝手に体が動いたのだ。
「わ、悪かった。勘弁してくれ」
男は顔面蒼白となってアルゴに謝罪をした。
アルゴは、男の股間から手を放した。
掌に嫌な感覚が残っている。
その時、アルゴは何故か思い出した。
この男の名はバート。
そうバートだ。この時、掌の嫌な感覚と、男の名前の紐づけが完了した。
嫌な感覚のバート。
嫌な記憶がアルゴの頭に刻まれた。




