190.雷矢
驚いた。
大将軍が人外の存在であることは既に理解している。
その正体は、化け物や魔物に類するこの世界には存在しないはずの者たち。
それを理解していながらも驚いた。
キリルの正体は弓だった。
生物ですらない。人を殺すために造られた武器だ。
アルゴがそのことに気を取られている隙に、千の氷槍がアルゴに降り注ぐ。
その氷槍を捌き終えた時、アルゴは状況を確認した。
ガブリエルの姿が消えていた。
「……逃げられたか」
弓と化したキリルとマティアスの姿も見えない。
だが、それほど離れてないように思う。
強い殺気を感じるのだ。
その殺気を辿り、遠くへ目を向ける。
見つけた。
マティアスが居る。
マティアスは建物の屋根の上に居る。
「弓を……つがえている……?」
マティアスが黄金に輝く弓をつがえていた。
実態のない雷の矢が、黄金の弦を引き絞っている。
「あれは、よくないものだな……」
一目見て理解した。
あの雷の矢の殺傷能力を。
アルゴは魔剣を構える。
あの矢は簡単には避けれない。
ならば、真向から迎え撃つ。
雷の矢の放電が激しさを増す。
空気を焼き、黒煙が細く上がる。
その雷は、使用者であるマティアスの体すらも焼いていた。
マティアスの体の表面から黒煙が立ち上っている。
マティアスはいま、凄まじい痛みに耐えていた。
体が悲鳴を上げている。
このままでは命に関わる。
それでもマティアスは弓を手放さなかった。
呼吸を止め、十分に狙いを定める。
マティアスは強く念じた。
見ていてください、閣下。
私が、あなたの仇を取って見せます。
そして、矢が放たれた。
雷の速度を以って、アルゴに襲い掛かる。
その矢の速度は、常人には捉えられない。
だが、アルゴは捉えていた。
目で捉えるのではない。
己の感覚の全てで捉える。
「斬る!」
そう強く言葉を放った瞬間、驚くべきことが起こった。
矢の軌道が急に変わった。
矢が直角に曲がったのだ。
それで終わりではない。
矢は軌道を変えながら空を進む。
「そんなもの、意味ない!」
軌道が変わったとて、終着点は変わらない。
終着点はアルゴだ。
だからアルゴは惑わされない。
だがこの時、アルゴにも一つだけ見落としがあった。
矢が空を進む速度が徐々に上がっている。
そのことに気付いたのは、矢が魔剣の間合いに入った時だった。
「―――なッ」
矢が魔剣の間合いに入った瞬間、矢を叩き斬るつもりだった。
しかし、予想より速い矢の速度に、アルゴの反応が一瞬遅れる。
アルゴは魔剣を振るのではなく、防御として利用した。
魔剣の刀身で矢を受けた。
激しい雷撃。
魔剣越しに、絶大な力がアルゴに押し寄せる。
空気が弾け、アルゴは後方へ吹き飛ばされた。
アルゴは後方の建物の壁に叩きつけられた。
それでも威力を消せず、壁を突き破って建物内に侵入。
建物内の家具を粉砕し、アルゴは停止した。
「……うっ」
メガラに力を与えられてから、戦闘でこれほどダメージを受けたのは初めてかもしれない。
だがそれでも、致命的なダメージではない。
体は魔力で防御した。
雷の矢は魔剣が受け止めてくれた。
「でもあぶなかった……。魔剣じゃなければ死んでたかもな……」
アルゴは家具の破片を払いながら立ち上がった。
「ありがとう……ヴォルフラム」
魔剣に感謝し、建物の外へと出る。
慌てることはない。
矢の追撃がきたとて、次は捌ける。
その自信があった。
敵もそれを理解しているのか、矢の追撃はなかった。
その代わり、敵は別の戦術を取ったようだ。
世界が一変していた。
凍てつく氷の世界。
地面と建物が凍り付いていた。
「これは……あの女の人の力か……」
おそらくこれはガブリエルの力。
この不安定な足場では戦いずらい。
逆に敵には遠距離攻撃があるため、不利益はそれほどないだろう。
「なるほど、考えたな」
アルゴは頭を振って息を吐いた。
「でも、こんな程度じゃ、意味ないですよ」
敢えて強気に発言し、己を鼓舞する。
アルゴは氷の地面を走った。
バランスを失うがすぐにコツを掴む。
すぐに氷の上で滑る感覚を掴む。
むしろ、砂の地面であった時よりも移動速度が上がっていた。
マティアスとガブリエルの気配を辿り、氷の世界を進む。
見つけた。
マティアスとガブリエルは、建物の屋根の上に居る。
「今度は逃がさない」




