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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第六章

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188.三人と一人

 アガム砦から西に約六キロ。

 小高い丘の上に混成軍の本陣があった。


 空は晴れていた。

 だが、視線を遠くへ向ければ、そこに異常な光景が広がっていた。

 金色の明滅。鳴りやまない雷鳴。

 天から落ちる雷が、地上の生命を蹂躙しようとしている。


「まこと……とんでもないのう」


 扇子を扇ぎながら、ミレトがそう呟いた。


 今はまだ、空を覆う巨大な障壁が雷を受け止めている。

 だがその障壁は時期に破壊されるだろう。

 障壁が破壊されるより前に、大将軍キリルを討たなければならない。


 ミレトは視線を遠くへ向けたまま、隣の人物に声を掛けた。


「のう、盟主様。この戦い、勝てると思うかえ?」


「その問いに答える意味があるとは思えんな。仮に勝てないと答えた場合、お前はどうする? 尻尾を巻いてこの場から逃げ出すか?」


 それを聞いて、ミレトは肩をすくめて嘆息した。


「辛辣じゃのう、盟主様は。これは単なるお喋りじゃ。そもそも意味なんてなかろうに」


「悪いが、いま意味の無いことをする余裕はない」


「そうかえ。それならば……意味のある会話をしようかえ。なあ盟主様、訊いてもいいかのう?」


「……言ってみろ」


「坊やのことじゃ。盟主様は坊やのことをどう思うておる? 坊やのことをどうしたい?」


「どういう意味だ?」


「盟主様、あれは真の傑物じゃ。妾はあれほどの存在を見たことがない。ゆえに、あれを手放すのは致命的な痛手。それは絶対にしてはいけないことじゃ。坊やを繋ぎ止めておくことは、妾たちの最重要事項じゃ」


「アルゴは物ではない。あいつを物扱いするな。それに、余はあいつとこれまで旅をしてきたのだ。あいつのことは、余が一番理解している」


「駄目じゃ盟主様。盟主様は理解しておらん」


「なんだと?」


「よく聞くのじゃ盟主様。坊やは妾たちとは違う。それは決定的なものであり、絶対に変えられないものじゃ」


「何を言っている?」


「坊やは人族じゃ」


「……だからなんだ?」


「敵はアルテメデス帝国じゃ。帝国は知っての通り人族の国。可哀そうにのう、坊や。このままいけば、坊やは多くの同族を殺すことになる。よく考えてくりゃれ、盟主様。坊やはまだ子供。精神は未熟じゃ。そんな子供が、数多の同族を殺さなにゃならん。子供のやることは予想がつきにくい。この先、同族を殺すことに嫌気がさした坊やが、妾らに弓を引くことはありえんことではない。そうは思わんかえ?」


「ありえん。あいつが余を裏切ることなど万に一つない。それに、余とあいつは契約を結んでいる。ゆえに、それは意味のない心配だ」


「帝国を侮ってはならんぞえ。皇帝マグヌス、大賢者ロノヴェ。帝国には食わせ者がおる。奴らが契約の穴を突いてくるかもしれん。何事にも絶対はないのじゃ」


「結局、何が言いたい? どうしろと言うのだ?」


「じゃから、言うとるじゃろ。妾らは、何としても坊やを繋ぎ止めておかなければならん。それは契約とは別の……坊やの心を強く繋ぎ止めるものでのう」


「なるほどな。だからお前は、あいつを誘惑していたというわけか」


「フフフッ。坊やを懐柔できるのなら、妾は何だってするぞ。坊やには、それぐらい価値があるのじゃ」


「……分かった。お前の言ってることは理解した。その件に関しては、余も再考してみよう」


「よしなに」


「余も一つ訊かせろ」


「なんじゃ?」


「お前は戦には興味がなかったはずだ。余の記憶にあるお前は、戦に関心のない放蕩娘。その娘が何故、それほどのやる気を見せている? 何がお前を変えた?」


 ミレトは、扇子を閉じて唇に軽く当てた。

 そして、遠くを見つめながら言う。


「さあ……なんでかのう。盟主様の言う通り、妾は放蕩娘ゆえな。全ては自分の気分次第。そう、全ては気分次第……なのじゃ」


 メガラは何も言わなかった。

 ミレトは本心を語っていない。

 そんな気がしたが、それに言及することは、それこそ意味がないと思えた。


 気が付けば、雷鳴が鳴り止んでいた。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 アガム砦は、アルテメデス帝国にとって需要な軍事拠点だ。

 この砦が突破されれば、魔都エレウテリオンが敵軍に奪われる可能性が跳ね上がる。

 それゆえにアガム砦は増築を続けられ、強化されていった。


 アガム砦の構造は、大きく分けて三つの区画に分けられる。

 巨大な司令棟が存在する中央区画。

 中央区画を円状に囲むように存在する武器、食料庫区画。

 最外周に存在する兵士たちの居住区画。


 居住区画には兵舎が建ち並んでいる。

 外観は地味だが、丈夫な造りで、十分な居住機能を果たしていた。


 その兵舎の屋根を駆ける二つの人影。


 一人は茶髪の少年アルゴ。

 もう一人は金髪の青年キリル。


 バチバチ、と放電現象が起きた。

 絶縁が破壊され、雷撃が放射状に放たれる。


 それは、生物を即死させる雷撃。

 人に抗える術はない。


 しかし、アルゴは真向からそれに挑む。

 魔剣が空を裂き、雷撃を裂いた。


 アルゴは足を止めず、キリルに接近。


「―――ふざけるなッ!」


 キリルは怒声を上げた。

 あまりにも常識から外れた敵に、自身の怒りをぶちまけた。

 だが、それでアルゴの足が止まるわけはない。


 魔剣がキリルに迫る。


「―――くッ!」


 生命を絶つ死の刃。

 それをキリルは後ろに跳んで躱し、その後、屋根の上から飛び降りた。

 地面に降り立ち、身を翻して走り出す。


 キリルの全身が怒りに震えていた。

 敵前逃亡するなど初めての経験。

 これほどの屈辱を味わったのは初めてだった。


 だが、あのまま戦っていても勝ち目はない。

 怒りに震えながらも、キリルは冷静に思考する。


 アルゴは屋根の上からキリルの背を見つめ、軽く気を吐く。


「逃げるのか……。面倒だな」


 そう言って屋根の上から飛び降り、地に足を付ける。

 魔剣を構え、魔力を脚に溜める。

 火球が爆ぜるようなイメージで、魔力を爆発させた。


 瞬間、アルゴの体が加速し、キリルとの距離を一気に詰める。


 キリルがチラリと後ろを向いた。

 キリルは驚愕の表情を浮かべていたが、すぐに行動を起こした。


 キリルの右手から雷撃が放たれる。


 アルゴは魔剣を軽く振り、雷撃を斬り裂いた。


「だから! おかしいだろ!?」


 苛立ちの声を上げるキリルだったが、アルゴを引き離すことには成功していた。


「足が速い。追いつけないな……」


 嘆息し、アルゴはまた脚に魔力を溜める。

 溜めた魔力を爆発。

 キリルに接近。


「馬鹿が! それはさっきと同じだ!」


 キリルの右手から雷撃が放たれ、アルゴはそれを魔剣で斬り裂く。

 キリルの指摘した通り、先程と同じ流れ。

 これではまた距離が開いてしまう。


 だが、アルゴは新たな手を仕込んでいた。

 アルゴは左手を前に突き出し、叫ぶように言う。


「ダービュランス!」


 突風が吹き荒れ、キリルに襲い掛かる。


「―――なッ!?」


 アルゴが放った風の魔術がキリルに直撃した。

 これはキリルの頭にはなかったことだ。

 この少年は剣を振るだけで敵を圧倒できるのだから、魔術を使う必要がない。

 そう勝手に思い込んでいた。


 その油断が、キリルを追い詰める。


 キリルは体の制御を失い、地面を転がる。

 そのキリルへと迫るアルゴ。


 キリルにとっては絶体絶命。

 このままでは、魔剣に体を裂かれてしまうだろう。


 アルゴは躊躇わなかった。

 キリルの生命を確実に絶つつもりだった。

 何故なら相手は大将軍。

 たった一人で敵軍を崩壊させる力をもっている。


 これは好機だ。

 ここで大将軍を一人討てれば、勝利がぐっと近づく。


 そう思い、魔剣を上段に構え、振り下ろそうとした。

 アルゴはその時、キリルの表情に違和感を覚えた。


 キリルの表情は、間もなく死を迎える者の表情ではなかった。

 その顔は、どちらかと言えば安堵のような笑み。


「ぎりぎり、間に合ったか」


 キリルがそう囁くように言った直後、世界が一変した。


「これは……どうなっている?」


 困惑を浮かべ、アルゴは周囲に目を走らせる。


 土の地面は砂に変わり、兵舎は白い石で造られた神殿のような建物に変化している。


 そして、上空から女の声が聞こえた。


「ちょっとキリルー! 大丈夫なのー!?」


 その女は、建物の屋根の上に立っていた。

 銀髪で細身の美しい女だった。


「ああ……問題ない」


 キリルはそう言って、屋根の上に飛び乗った。


「良かった。遅くなってごめんねー。結界術ってのは超高度だから、超天才の私でも、時間が掛かっちゃうのよねー。それに座標を予め定めておかなきゃだし、うまく誘導してくれて助かったわ」


「いちいち喋るな。聞かれてるぞ」


 キリルは顎をしゃくり、砂の上に居るアルゴに注意を向けさせた。


「あれが、最強の少年……。まだまだ子供ね。ちょっと躊躇っちゃうわね」


「おい、あれで化け物みたいに強いぞ。油断は禁物だ」


「分かってるわよ。……っと」


 女はそこで言葉を止めて、再びアルゴに視線を向けた。


「こっちだけで話をしてごめんなさいね。私はガブリエル・フリーニ。大将軍の一人よ、と言えば分かってもらえるかしら?」


 それを聞いてアルゴは思い出した。


「大将軍……」


 大将軍ガブリエル・フリーニ。

 銀髪で細身の若い女。

 事前に聞かされていた情報と一致する。


「なるほど。この結界は俺を閉じ込める結界。そして、大将軍二人がかりで俺を倒す。そういう考えか……」


 アルゴが出した答えに返事があった。

 それは大将軍二人からではなく、アルゴの背後からだった。


「いいや。私を含めた三人だ」


 アルゴは背後を振り向いた。

 そこには白い毛並みの獣人が立っていた。


 狼の頭部を持つ、若い獣人。

 アルゴは、その人物に見覚えがあった。


 ヴィラレス砦だ。

 その砦でこの獣人を斬ったことを覚えている。


「生きていたんですね……」


「お前を殺すためにな」


 ガブリエルが手を叩いて声を上げた。


「はいはい。それじゃあそろそろ始めましょうか。本当は大勢で攻める戦法を取りたかったんだけど、この結界は数が限られているのよ。でもまあ、大将軍二人と『首狩り』。一人を相手にする戦力としては十分よね?」


 それを聞いてアルゴは首を振る。

 敢えて相手を煽る。


「たった三人で……俺を殺す? そう思ってるんなら、俺はついてます。ここで、帝国の戦力を大きく削れるんだから」


「この子……言うわねえ」


「乗るなよ、ガブリエル。安い挑発だ」


「分かってるわよ。そう言うキリルこそ、落ち着きなさい」


 金色の発光が、キリルの周囲で瞬いていた。

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