187.騎士と雷
荒野に大軍が展開していた。
ルタレントゥム残党軍、イオニア連邦軍、パルテネイア聖国軍、アスガルズ王国軍。
これら四つの軍からなる混成軍。
兵の数は総勢四万二千。
巨大な兵力であったが、対する敵も負けてはいなかった。
敵は、アガム砦で守備を固めるアルテメデス帝国軍。
兵士の数は約五万。
アガム砦までの距離は約六キロ。
荒野に歌が響いていた。
それは、聖国軍の聖歌隊が奏でる祝福の歌。
女神の祝福により、勝利は確実となった。
祝福の子らよ、恐れるな。
ただ求めなさい。勝利を。されば与えられん。
聖歌隊の歌には、そのような意味が込められていた。
そして、祝福されし軍が進みだす。
隊列を組んだ大軍が東へ前進。
空に、青白く輝く巨大な障壁が現れた。
百人の魔術師による大規模な結界魔術が発動したのだ。
結界は、大軍に合わせて空を移動する。
アガム砦までの距離あと五キロ。
進軍を継続。
アガム砦までの距離あと四キロ。
アガム砦を視界におさめた。
地上から火の玉が空に打ち上がる。
数秒後、火の玉は空で弾けた。
パルテネイア聖国軍の将軍が、低い声を響かせた。
「―――突撃せよ!」
戦いの火ぶたが切られた。
鬨の声を響かせて、兵士たちは突撃する。
地面が揺れ、砂埃が上がる。
それから数秒後のことだ。
空が金色に明滅を始めた。
そして。
稲光。雷鳴。
雷が荒野に向かって落ちる。
世界が壊れる。
万の雷によって、世界が破壊されてしまう。
混成軍の兵士たちの多くは、そのように恐怖を覚えた。
だが、兵士たちは止まらなかった。
空に展開する障壁が雷を受け止めていた。
障壁が機能している。
ならば、少しでも早くアガム砦に接近する必要がある。
兵士たちは、騎乗する馬や蜥蜴を全力で走らせた。
歩兵はその足で全力で駆けた。
雷鳴が轟く荒野を、ただひたすらに。
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アガム砦の城壁上にて、キリルは空に目を向けていた。
「馬鹿が。そんなもの、意味ないんだよ」
キリルは中性的な顔を歪ませて、侮蔑を交えてそう言った。
空は明滅を続ける。
金色に発光し、轟音を轟かす。
雷は障壁に阻まれる。
だが障壁は、耐久度を減らし続けている。
「もう少しだ」
障壁が壊れるのは時間の問題。
そうなれば、地上の敵軍は終わりだ。
敵軍に待っているのは、万の雷による蹂躙。
「キリル様! 西南方向に敵影です!」
部下からの報せが耳に入り、キリルはその方向へ目を向ける。
空に飛翔する複数の影。
「飛竜騎兵か」
敵の飛竜騎兵隊がこちらに向かって飛翔している。
「魔術師隊! 迎撃しろ!」
キリルの指示を受け、城壁上に配置された魔術師隊が一斉に杖を構えた。
杖の先から火球が生じ、射出された。
百発以上の火球が空を飛ぶ。
だが、火球が飛竜を捉えることはなかった。
「速いな……」
そう呟いて、キリルは右手を空に翳した。
右手を飛竜に向けて、標準を定める。
キリルの右の掌が明滅。
「―――落ちろ」
雷撃が放たれた。
雷撃は、空気を裂きながら飛竜へと伸びる。
雷鳴を伴った金色の雷は、飛竜に命中。
飛竜は即死。そのまま地上へと落ちていく。
「おお! 流石はキリル様だ!」
部下たちの称賛の声。
それに驕ることなく、キリルは次々に飛竜を落としていく。
「落ちろ、落ちろ、落ちろ!」
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「いた。あそこだ」
上空より、ワイバーンの背の上でアルゴは標的を確認した。
万雷のキリル・レグナート。
万の雷を操るアルテメデス帝国の大将軍。
荒野には雷鳴が轟き、黄金の稲妻が障壁を破壊しようとしている。
万雷。
その名に違わぬ力を見せつけられ、アルゴは己に言い聞かせる。
絶対に討つ。
「ローザ、大将軍は城壁の上に居る。あそこまで行ってくれるかい?」
アルゴは、ローザの首筋を撫でて優しく声を掛けた。
周囲には雷鳴が轟いているが、優れた聴覚を持つローザはアルゴの声を拾った。
「グルルッ」
ローザは短く鳴いた。
「大丈夫。俺が指示する方向へ動けば、雷撃には当たらない」
「グルッ」
ローザは両翼を羽ばたかせて高度を上げた。
空に展開する障壁の直下まで高度を上げ、そして、急降下。
凄まじい速度で落下するローザ。
まるで、地上へと落ちる巨大な槍。
「ローザ! 二秒後、右へ!」
ローザの手綱を握りしめながら、アルゴは叫んだ。
ローザはアルゴの指示に従った。翼を稼働させて、右へと移動。
直後、雷撃が空に走った。
アルゴの指示に従わなければ、その雷撃を喰らっていただろう。
ローザは被弾しなかった。アルゴの指示は的確だった。
「また来る! 左側に大きく移動! いま!」
雷鳴が轟き、雷撃が空間をやく。
またもやアルゴの指示によって、雷撃を躱すことに成功。
「いいぞ、ローザ! あとはこのまま真っ直ぐだ!」
城壁までの距離は約百メートル。
ここまで接近すれば、城壁の様子がよく分かる。
城壁の上に明滅する人物が居る。
金色の髪の若い男。
キリル・レグナートだ。
ローザは鋭い瞳でキリルの姿を捉えた。
キリルがこちらに向かって右手を向けている
キリルの右手に雷が集束。
まもなく雷が発射されるだろう。
だが、アルゴからの指示がない。
ローザは信じていた。
背の上に乗る主こそが、最高の戦士だと。
雷が発射された。
このままでは、雷に身を蹂躙されるだろう。
「ローザ、ありがとう」
そう言って、アルゴはローザの背中から飛び降りた。
ローザの前に躍り出たアルゴは、剣の柄を握った。
それは、一つの芸術作品のようだった。
刃こぼれ一つない美しい刀身。
刀身に込められた魔力が、日の光によって青白く輝いている。
あるいはそれは、剣が発する感情。
久方ぶりの出番か。と、そのような歓喜。
主に使われることに、剣が喜んでいる。
アルゴの手によって、魔剣ヴォルフラムが抜かれた。
落下するアルゴへと、雷が迫る。
アルゴは、魔剣を軽く振った。
雷が二つに割れた。
魔剣によって、雷が裂かれたのだ。
その光景をキリルは城壁から見ていた。
「ば、馬鹿な!」
あり得ない光景を目にしたキリルは、追撃することを忘れてしまった。
その間に、アルゴは城壁に降り立った。
アルゴの視線がキリルを射抜いた。
鋭い刃のような視線を向けられ、キリルは幾らか冷静さを取り戻す。
「……本当に子どもじゃないか」
「あなたが、『万雷』ですね?」
「お前が、『盟主の騎士』だな」
万雷と盟主の騎士が、戦場にて相まみえた瞬間であった。




