表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

193/250

186.ひそやかな夜

 静かな夜だった。

 ヴェラトス砦には、静寂とひそやかな空気が満ちていた。


 決戦前夜。

 明日はいよいよ、アガム砦に進軍を開始する。


 今回の戦いは、言うまでもなく大規模な殺し合い。

 それも、生き残るより死ぬことの方が確立の高い戦い。


 そういった夜は、派手に騒ぐか、あるいは慎ましく過ごすか、どちらかに二極化する。

 ルタレントゥムの者たちには、そういった仕来りがあった。


 今夜は、イオニア連邦やパルテネイア聖国、アスガルズ王国の者たちもルタレントゥムの仕来りに倣っている。


 酒宴を開く者はおらず、戦友たちとひっそりと語り合う。

 ヴェラトス砦の者たちは、密やかに過ごすことを選んだようだ。


 明日、生き残れるように。

 隣の仲間と共に、勝利を分かち合えるように。

 ひっそりと、そう祈りを捧げる者は少なくなかった。


 俺たちは弱い生き物です。それなのに、この世界は大きすぎる。

 この世界には沢山の悪いことがあって、数えきれないほどの恐怖があります

 怖すぎてなにもできなくなります。それは、俺たちが弱いからです。

 だから……祈るんだと思います。祈ることで神に……何か大きな存在に弱さを預けるんです。

 そうじゃなきゃ、踏み出せないから……。


 リリアナは、その言葉を思い出していた。

 今になってその言葉が染み入ってくる。

 自分が死ぬぶんにはいい。軍人が戦って死ぬのは当たり前だ。

 だが、仲間が―――大切な者たちが死ぬことだけは、許容できない。


 以前までの自分は、そのことを深く考えていなかった。

 今になって考えるようになったのは、きっと、本当に大切な者たちと巡り会えたからだ。


 今、この部屋に集まっている者たちは、本当に大切な存在なのだ。


 ここはアルゴの個室。

 アルゴの個室には、アルゴ、リリアナ、クロエが集まっていた。


「クロエにはねー、夢があるんだニャ」


 椅子に腰かけ足をぶらぶらとさせながら、クロエがそう言った。


 リリアナが尋ねた。


「その夢、聞かせてもらえますか?」


「自分で言うのもニャンだけど、クロエは優秀な薬師だニャ。クロエなら、沢山の人を助けることができるニャ。だから、もっと多くの人をクロエの力で助けたいニャ。世界中の人を……助けたいのニャ。全ての悲しみをなくし、世界中が笑顔で溢れる。そんな世の中にしたい、と思っているニャ」


 リリアナが口を開く前に、クロエは続ける。


「わかってるニャ。そんなのは無理だニャ。だから、夢。それに、クロエにはそんな資格ないニャ。クロエは救うのと同じぐらい……いやそれ以上に、殺してきたから……」


「クロエさん」


 名を呼ばれ、クロエはアルゴの方へ顔を向ける。


「ニャ?」


「俺も、この手で人を傷つけてきました。人を殺してきました。俺はそのことを、大きな罪だと思っています。それでも俺は、これからも誰かを傷つけ、殺し続けます。そうしなければ、大切な人たちを守れないから。俺は、この戦いに絶対に勝って見せます。俺が、最短でこの戦いを終わらせます。そうすれば、もう誰も戦わなくてよくなります。だからクロエさん、大丈夫です。クロエさんの夢、きっと叶いますよ」


「アルくん……。でもクロエは……」


「誰かを傷つけたら、誰かを助けちゃいけない。そんな決まりはないはずです。そんなのは誰にも決められないはずだ。例え神であろうと……。もし、この世界の全ての人がクロエさんを否定しても、俺は、俺だけはクロエさんを認めます。なので、クロエさんは好きにしていいんです」


「……」


 アルゴの言葉を聞いて沈黙するクロエ。

 しばらくしてクロエは言った。


「アルくん……ありがとう。すごく嬉しいニャ。なんだか、すごく大人っぽくなったね……アルくん」


「……ちょっと、かっこつけすぎましたかね?」


 頭を掻きながら照れたように言うアルゴ。

 その姿を見て、クロエはポツリと言う。


「やばい……すごい好きかも」


「え?」


「うん! やっぱりそうだニャ! 今はっきりと自覚したニャ! 妙な親心とか、庇護欲とか、なんか色々混ざってるけど、これだけは間違いないニャ。クロエは、アルくんのことが好きだニャ!」


「―――なッ!?」


「―――ちょッ!?」


 アルゴとリリアナは同時に反応。

 二人とも、目を見開いて固まってしまった。


 クロエは、立ち上がってアルゴの両拳を自身の両手で包み込んだ。


「アルくん! クロエと結婚しよう!」


「え、な、あ……」


 上手く言葉が出てこないアルゴ。

 アルゴの代わりに返答したのは、リリアナだった。


「それはちょっと待ってください!」


 リリアナは、クロエの両手をアルゴの両拳から引き剥がした。


「ニャあ? どうして邪魔をするのニャ? リリちゃん」


「あ、明日は戦に出るのですよ!? どう考えても今ではないでしょう!?」


「引っ掛かるところがそこなのニャ? じゃあ、戦いが終わったあとならいいの?」


「そ、それは……駄目……です」


「なぜ?」


「それは……」


「うーん?」


「……」


「あー、もしかしてリリちゃんも―――」


「とにかく! 私は認めません! どうしてもアルゴさんと一緒になりたいのなら、私を倒してみせなさい!」


「ニャハハハハ! 言ったな、リリちゃん! いいニャ、倒してやろうじゃニャいか!」


「ふ、二人とも、落ち着いてください。というか、話がおかしな方向にいってます」


 それを聞いて、クロエとリリアナは顔を見合わせた。


「そうかもしれないのニャ」


「ええ。少々取り乱してしまいました……。私としたことが……」


 二人が落ち着きを取り戻したところで、アルゴは言う。


「あの、クロエさん。さっきの話ですが―――」


「待って待って。返事は今じゃなくていいニャ。よく考えて、いつか気が向いた時に……聞かせて欲しいニャ」


「分かり……ました」


 その会話を聞いてリリアナは少し不服そうな表情を浮かべるが、扉を叩く音が聞こえ、そちらに意識が向いてしまった。


「アルゴ、入ってもいいだろうか?」


 扉の外から、ネロの声が聞こえた。


「はい! どうぞ!」


 その返事を聞いて、ネロは扉を開ける。


「遅くなってすまない。聖国の方々は、話が長くて参ってしまう……」


 そう言って苦笑いを浮かべるネロ。


 そのネロの隣にはメガラが居た。


「メガちゃん! メガちゃんも来てくれたのニャ!」


「……」


「あれ? どうしたの? というか、なんか怒ってるニャ?」


「……別に」


「ニャあ?」


 クロエはしゃがみ込んで、指先でメガラの頬をつつく。


「ねえねえ、どうしてそんなに不機嫌さんなの?」


「……」


 それでもメガラは何も言わなかった。

 ネロがメガラにそっと耳打ちする。


「盟主様。明日は戦です。後悔なされぬよう、はっきりと言ってやった方がよいかと」


 メガラは、一瞬ネロを睨みつけるも、観念したように溜息を吐いた。


「そうだな。ネロの言う通りだ」


 息を吸い込み、メガラは言う。


「お前たち、何故いつも余をのけ者にするのだ! 何故余を誘わん! 今日だって、ネロに声を掛けられなければ、余はここに居なかった! 腹立たしいぞ、お前たち!」


 それを聞いてクロエは―――


「ニャハハハハ! なんだ、そんなことで怒ってたのニャ?」


「なッ! 何故笑う!」


「違う違う。ごめんニャ、メガちゃん。メガちゃん、いつも忙しそうだったから、気を使ったのニャ。だから、あとで皆でメガちゃんの部屋に行こうとしてたのニャ」


「な、なんだと……?」


「そういうことだよ、メガラ。のけ者にしていたわけじゃない。でも、ごめん。確かにもう少し気を使うべきだったかな」


「はい。盟主様、まことに申し訳ありません。このリリアナ、一生の不覚」


「な、な……」


「ニャハハ! もう! メガちゃんったら、可愛すぎ!」


 そう言って、メガラに抱き着くクロエ。


「だ、抱き着くな!」


「またまたー。嬉しいくせにー」


「クロエさん、ほどほどに。不敬ですよ」


「ああ。ほどほどにな」


「了解だニャ! ほどほどにするニャ!」


 そう言ってクロエは、メガラを抱きしめる力を強めた。


「お、おい、お前たち! こ、この猫を何とかしろ!」


 メガラは叫びを上げるが、周囲の者たちはにこやかに笑っていた。


 そうして、夜が更けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ