185.敵の正体
「よい頃合いじゃ。そろそろ話しておこうぞ」
幹部たちが集まる作戦会議室で、ミレトが声を上げた。
ミレトは前に出て続ける。
「我らは何故、アルテメデス帝国に負けた? それは、アルテメデス帝国には危険な存在が居たからじゃ。では、その危険な存在とは何だ? ゲオルグ、答えてみよ」
指名されたゲオルグは、蓄えた脂肪を震わせて答えた。
「はい。それは、帝国の大将軍でありましょう」
「その通りじゃ。帝国の大将軍。我らは奴らに負けた。と言っても過言ではない。奴らは単独で軍に迫る力を持っておる。たった一人で、戦場を火の海に変え、凍える大地に変え、万の雷が落ちる地へと変える。まさしく兵器よのう。では、その兵器の正体は何じゃ? 奴らは何者なのじゃ?」
その問いにはネロが答えた。
「彼らは私たちとは異なる存在です。クリストハルト将軍の正体は、双頭の怪鳥であったと聞いております。そして、アレキサンダー将軍の正体は炎を纏う骸でした。私はそれをこの目で目撃しました。彼らは化け物です。それだけは断言できます」
「そうじゃの。奴らは化け物じゃ。では、その化け物はどこからやってきた? 何故、帝国側についておる?」
その質問にはパルテネイア聖国の幹部の一人が答えた。
「大将軍たちについては、聖国の方でも調べました。ですが、彼らに関しては驚くほど過去の情報がない。まるで……ある日突然、ふって湧いたような……」
「それじゃ」
ミレトは、扇子を広げて続ける。
「ある日突然ふって湧いた。妾は、それが正解じゃと思うとる」
「ミレト様、それはどういうことでしょうか?」
「妾は異界の魔女じゃ。妾の得意とするのは召喚。異界の化け物どもと契約し、この世界に召喚する秘術じゃ。召喚術を扱えるのは、この世で妾だけだと思うておった。それに、妾は今まで、奴らを人じゃと思っておったゆえな……。それゆえ、思い至らなかった。奴らの正体を暴いた坊やには感謝じゃのう」
「そ、それはつまり、大将軍は異界から召喚された化け物だと……いうことでしょうか?」
「妾はそう考えておる」
それを聞いて作戦会議室がざわつき始めた。
その中で、メガラは冷静だった。
「では、その化け物どもはどうやって……いや、誰に召喚された?」
「断言することはできんのう。だが、大将軍らは誰に従っておる? それを考えれば、自ずと見えてくるでありましょう」
「アルテメデス帝国現皇帝、マグヌス・アストライアか」
そうメガラが発言するのを聞いて、ゲオルグが声を上げた。
「なんと! 皇帝が召喚者であったか!」
メガラはそれに言葉を返す。
「そうと決まったわけではない。だが、最有力候補の一人であることは間違いないだろう」
ゲオルグは、顎に手を置いて独り言のように言う。
「うーむ。マグヌス・アストライアは謎の多い人物ですからな。彼は表舞台に立つことが極端に少ない。彼の来歴は確か……」
ゲオルグは続ける。
「彼は三十年ほど前、突如として挙兵し、アルテメデスを武力で纏め上げた。そして当時の王を討ち取り、その後、アルテメデスを帝国と呼称。さらに、自らのことを皇帝と名乗る。そのことから、『僭帝』アストライアと揶揄されている……」
ミレトは言う。
「マグヌスは騎士の家系に生まれたのであったのう。その者が何故挙兵し、そして何故皇帝を僭称したのか、それはこれ以上考えても分からん。だが、我らは僭帝アストライアを召喚者だと仮定し、この者を討つべく、より一層団結するべきじゃ」
ネロは尋ねる。
「それはつまり、ルタレントゥムの奪還を果たしたとしても、戦いは終わらない……ということですね?」
「そうじゃ。皇帝を討たなければ、戦いは終わらない。皇帝が生きている限り、化け物が召喚され続けるからのう。そうなれば、我らはまた窮地に立たされてしまう」
「余もそれに同意だ。皇帝は今この時にでも、新たなしもべを召喚しているかもしれんしな」
そのメガラの言葉にミレトは頷く。
「で、ありんすな。けどまあ、そうポンポンと召喚できるものではありんせん。召喚―――化け物どもとの契約は、命を削る行為に等しい。契約には代償が必要であるからの。強力な力を持った化け物との契約となると、その代償の大きさは計り知れん。如何に優れた召喚術者であろうと、数年がかりの……あるいは数十年がかりの大事となろう」
「ほう。では四人の大将軍を召喚した皇帝は、すでに大きな代償を支払っているということだな?」
「皇帝が召喚者だと仮定するならば、そういうことになりましょうな。はて、何を支払ったのか……。それを想像するだけで、妾には身の毛もよだつ思いじゃ」
「よかろう」
と言って、メガラは立ち上がる。
「皆の者、聞け! アルテメデス帝国現皇帝、マグヌス・アストライア! 今日よりこの者を召喚者と仮定し、最終討伐目標と定める! これが意味するところは、我らの戦いはまだまだ続くということだ! ルタレントゥムを奪還しても、我らの戦いは終わらない! そこからが始まりである! 各人、これを胸に刻め! 不撓不屈の精神と、難事をはねかえす鋼の意志で! 命ある限り、戦い続けろ!」
そう檄を飛ばすメガラに対し、一同は頭を下げた。
盟主様の御心のままに、と。




