184.飛竜
ヴェラトス砦から約五百メートル離れた位置。
荒野にワイバーンが降り立っていた。
ワイバーンとは何か。
その問いに簡単に答えるならば、小型のドラゴンと答えるのが妥当だろうか。
全長約五メートル。巨大な翼を持つ爬虫類の魔物。それがワイバーンである。
ワイバーンの飛行速度は他の追随を許さないほど速く、最速の生物との呼び声が高い。
「君のために、一番大人しい子を選んだんだ」
そう発言したのは、飛竜騎兵部隊の副隊長。
若い女で、名をディナと言う。
「ありがとうございます」
とアルゴは礼を述べた。
「うんうん。君は素直な子だね。素直な子は好ましいね。ワイバーンにもすぐに乗れるようになるさ……と言いたいところだけど、ワイバーンはとっても気難しいんだ」
ディナは、ワイバーンの鱗を撫でながら続ける。
「ワイバーンは魔物だからね、基本的に人には懐かない。そこを私たちは、魔術や薬やらで強引に従わせてるってわけ。それでも、ワイバーンに乗って飛べるようになるには、短くても一年程度の訓練が必要となるんだ。今回の作戦では、君は後ろに乗ってもらうだけだけど、それでもワイバーンとある程度の信頼関係は築いてもらわないといけない。本当は、三月は欲しいところだったんだけど……」
「そこを何とか、一月でお願いします」
「うん、分かってるよ。そう命令を受けてるからね。さーて。―――ローザ!」
ローザと呼ばれ、ワイバーンは起き上がった。
「ワイバーンは頭がいいんだ。この通り、自分の名前を理解している。あ、ちなみにローザは女の子ね。年齢は……人族で言うと二十歳ぐらいかな」
その説明を聞きながら、アルゴは上に目を向ける。
ローザと目が合った。
ローザの瞳がアルゴを見下ろしている。
獰猛な肉食獣のような目だ。
「ローザ! この子はアルゴくん! 今回の作戦で、君の背に乗ることになる! 仲良くしてあげて!」
それを聞いてもローザは無反応。
そもそも意味を理解しているのか、アルゴには分からなかった。
「ローザ! 伏せ!」
その指示にローザは従った。
後ろ足を曲げ、地面に腹と顎を付ける。
「アルゴくん。まずは触れてみよう」
「わ、分かりました」
緊張した面持ちで、アルゴはそっと右手を伸ばした。
そろりと手を伸ばし、ローザの顎に触れようとする。
「グアアアアアアアアアアッ!」
耳をつんざく咆哮。
ローザが上げた咆哮に、アルゴは怯んでしまった。
アルゴは手を引っ込めて、僅かに後退。
「ハハハ……。まあ、最初はこんなもんだから」
苦笑を交えてディナがそう言った。
「び、びっくりした……」
「アハハッ! なにその可愛い反応! 君、それですごく強いんでしょ? まいったな。お姉さん、ときめいちゃうじゃないか」
「ハハ……。面目ないです……」
「よしよし。じゃあ次は、私と一緒に触ってみようか」
「一緒に?」
「うん」
と頷いて、ディナはアルゴの右手首を掴んだ。
そして、そのままローザの顎へと押し付ける。
今度は触れた。
ざらついた鱗の感触を指先で感じる。
そして、ゆっくりと指先を滑らせる。
ローザは大人しくしている。
「すごよ、アルゴくん。この調子なら、何とかなるかもしれない」
と、ディナが笑みを見せた時。
アルゴの体に衝撃が駆け抜けた。
「なッ!?」
突然起きた事象に、アルゴは驚いて身を退いた。
「ど、どうしたの!?」
ディナにそう尋ねられるが、アルゴにも分からない。
「グアアアアアアアアアアッ!」
ローザの咆哮。
それと共に、ローザは両翼を大きく広げた。
「え、な、なになに!? ローザ! どうしたの!?」
ディナにも理解できないローザの行動。
次にローザは、アルゴへと首を伸ばした。
アルゴは右手を伸ばした。自然と腕が伸びていた。
アルゴの伸ばした腕に、ローザの頬が触れる。
そしてローザは、すりすりと頬を擦りつける。
「うっそ……どうなってるの……?」
目を丸くするディナ。
この時、アルゴは理解した。
アルゴとローザの間で契約が交わされたからだ。
「多分ですけど、俺が邪竜を倒した経験があるからだと思います。ワイバーンは邪竜の眷属……のようなものだったので、邪竜を倒した俺が主になった……みたいな」
「じゃ、邪竜? 君は……何を言ってるのかな?」
「邪竜エレボロアス。俺がかつて、ダンジョンで倒した邪竜の名です」
「ほ、本当の話……?」
「はい」
「……なんだろう、驚きすぎて言葉が出てこないや」
「驚かせてしまってすみません」
「い、いや……」
「グウウッ」
とローザが小さく鳴いた。
「乗ってもいいの?」
「グウッ」
そのローザの鳴き声を肯定と受け取り、アルゴはローザの背に飛び乗った。
「グアアアアッ!」
ローザは咆哮を上げ、翼をはためかせた。
風が乱れ、砂が飛び取る。
そして、ローザの体が浮く。
即座に上昇を始め、あっと言う間に二十メートル以上上昇。
翼をはばたかせ、数秒間滞空。
その後、滑空。
アルゴは全身で風を浴びた。
「ハハ……すごい」
途轍もない速度だった。
自分の体が風になったと錯覚してしまった。
ディナは地上からその様子を見ていた。
「アハハハ~。なにこれ……夢?」




