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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第六章

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183.戯言

 作戦会議が終了した。


 アルゴは自室に戻るため、ヴェラトス砦内の通路を歩いていた。


 混成軍に於けるアルゴの地位は、明確に定まっていない。

 アルゴは軍の指揮系統には組み込まれていないし、そもそもの話、軍属ではない。


 飽くまで盟主の騎士であり、アルゴに命令できるのは盟主のみ。

 混成軍の者たちは、そういった認識を持っている。


 しかし、盟主の騎士であるからには敬意を払うべき存在であるため、アルゴは一般兵に比べて優遇されていた。


 自室を与えられているのは、そう言った理由があるからだ。


 自室には簡素なベッドと机と椅子があるだけだが、アルゴはそれで満足だった。


「部屋に戻ったら、少し勉強だな……」


 アルゴは最近になって勉強を始めていた。

 計算、歴史、軍事に関することなど、学ぶべきことは多い。


 全てはこの戦に勝つため。

 できることは全てやるつもりだった。


「感心じゃのう、坊や」


 艶やかな声が後ろから聞こえた。

 それが誰であるのかは明白だった。


「ミレト様……」


 ミレトはアルゴへと近付いて、指先をアルゴの頬に添えた。


「様、なんてよしてくりゃれ。妾と坊やの仲じゃないかえ。呼び捨てでも構わんぞ?」


「い、いえ……そういうわけには」


「フフフフッ。可愛いのう、坊やは」


「そ、それで、何か用でしょうか?」


「なんじゃ、用がないと駄目なのかえ?」


「そんなことは……ないですが」


「ああそうじゃ、勉強じゃったな。どれ、妾が勉強を見てやろうか?」


「え、でも……」


「遠慮するな。妾は暇なのじゃ。それに、妾は高度な教育を受けておるからのう。多少は教えられると思うぞ?」


「いや、でも、メガラに怒られますので……」


 ミレトは溜息を吐いて首を振った。


「盟主様のう……。盟主様と言えば、さっきのあれは何じゃ。坊やが前線に出るというのに、労いの言葉もないとはのう。相変わらず冷徹じゃ、あのお方は」


「それは……違います。メガラは、冷徹なんかじゃないです」


「そうかえ? 妾には、そうは思えんがのう。坊や、妾ならば、温もりを与えてやることができるぞ。温かくて、まどろむような……本当の温もりをのう」


 耳元で囁くように言うミレト。

 それは甘い囁き。

 甘く危険な悪魔の囁きだ。


 その時だ。

 その囁きを断ち切る声が聞こえた。


「余は言ったはずだぞ、ミレト。余の騎士に触れるなと」


 アルゴとミレトの背後に現れたメガラ。

 メガラの声は静かだった。

 だがメガラの表情には、明確な怒りの感情が浮かんでいる。


 ミレトは、咄嗟にアルゴから離れた。


「これはこれは、盟主様」


「ミレト、何か申し開きがあるか?」


「いいえ。特には」


「……あまり余を舐めるなよ、小娘」


 鋭い刃を突きつけられたような嫌な感覚。

 それをミレトは明確に感じた。

 メガラが放つ怒気には、強い殺気が込められていた。


 ミレトは観念して頭を深く下げた。


「申し訳ありません、盟主様。妾の不徳の致すところじゃ」


 メガラは、そのミレトの姿を見て少しだけ殺気を抑えた。


「次はないと思え。分かったなら去れ」


 ミレトは、また頭を下げて足早に退散する。


 ミレトが姿を消して数秒後、アルゴはポツリと言う。


「ごめん……メガラ」


「何を謝る?」


「いや……その……なんだろう……」


 メガラは、少し表情を緩めて言う。


「いや、謝るのは余の方だな。ミレトに言われただろう? 自分の騎士に対して、あんまりな態度だとな」


「それは……」


「アルゴ、余はどうかしているのだ」


「そ、そんなことはないよ! 俺はメガラが冷たいなんて思ってない! 俺たちの間に、もう余計な言葉はいらない。それぐらいは分かってるから!」


「違うのだ。どうかしていると言ったのはな、そういう意味ではないのだ」


「どういう……こと?」


「ネロの言う通り、お前は最高の戦士だ。ゆえに、最も危険で最も重要な役目をお前は担うべきだ。それは、その通りなのだ……。だが……」


「……」


「だが……お前に行って欲しくない。お前に……死んで欲しくないから……」


「メガラ……」


「だから、余はどうかしている。多くの兵士が命を懸けているというのに、余は我が騎士可愛さに、お前が戦場にいくことを否定しようとしている。そんなものは、上に立つ者が考えていいことではない。余は……おかしいのだ。おかしくなってしまったのだ……」


 それを聞いて、アルゴは膝を曲げてメガラの体をそっと抱きしめた。


「違うよ。おかしくなんてない」


 優しく声を掛けるアルゴ。

 そこでアルゴは気付いた。

 メガラの体が、わずかに震えていることに。


「余は……余は怖いのだ。大切な者たちが……居なくなってしまうことが。サラミス……アトロン……スキュロス……。皆……逝ってしまった。アルゴ……お前まで居なくなってしまったら……余は……」


「大丈夫。俺は死なない。俺は居なくなったりしない」


 メガラはアルゴを強く抱きしめ返した。


「一度だけ……戯言を言ってもいいか?」


「いいよ」


「今から言う事は、聞かなかったことにしてくれ。だから……返事はしなくていい……」


「……」


「アルゴ、余と共に……ここから離れよう。全てを忘れて、どこか遠くへ行こう。誰にも邪魔をされないような静かな場所で……慎ましく、穏やかに……暮らそう」


 メガラの体を抱きしめながら、アルゴは思った。


 メガラが本当に、心の底から望むのならば、その提案をすぐに実行してもいいと思った。

 だが、メガラにはやらなければならないことがある。


 ここで投げ出したら、全てが無意味となってしまう。

 戦死していった兵士たち。苦しみ続ける奴隷たち。

 レイネシアとカーミラから奪ったもの。その罪を。


 それらを放り出すことはできない。


 だから、ここでやるべきことは、メガラと一緒に逃げ出すことじゃない。


 本当にやるべきことは、メガラと共に戦い続けることだ。


 アルゴは、それを強く心に誓った。

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