表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/250

19.漂う臭い

 サルディバル領南部地域の平原にて、商人ホアキンは馬車を走らせていた。


 ホアキンは額の汗を拭った。

 この辺りは湿度が高い。

 これより南に行けば、ミュンシア王国の王都と広大な海が広がっている。

 風に湿気が混じっているのは、海風がこの辺りまで流れ込んでいるせいだろう。


 近場に村や町は無い。

 日没までまだ時間はあるが、今日は野宿になるだろう。


 そう思いつつ、ホアキンは北に目を向ける。

 北には集落がある。

 リコル村。今は誰も住んでいない空の集落。


「追ってきませんね」


 馬車の荷台から身を乗り出して、護衛のダッジがそう言った。

 ホアキンは馬の手綱を握りながら、後ろに顔を向けた。

 後ろにはダッジの姿と、もう一人の護衛ジョナソンの姿。


 ホアキンは返事をする。


「そうだねえ。あの狼の魔物……諦めてくれたのかな?」


 それは数時間前のことだ。

 黒い毛並みの狼が馬車の後方に現れた。

 その黒狼が、こちらと一定の距離を保ちながら後を付けてくる。

 いつ黒狼が襲ってきてもおかしくない状況だった。


 しかし、戦闘にはならなかった。

 理由は分からないが、黒狼はどこかへ行ってしまった。


「さて、少し不安は残るけど、そろそろ野営できる場所を探さなくちゃね」


「そうですね。ホアキンさん、あそこはどうです?」


 ダッジはその場所を人差し指でさし示した。

 地面が一部隆起し、天然の壁を築いていた。

 あそこなら背後から奇襲を受ける可能性が低い。


「いいね。あそこにしよう」


 ホアキンは、その場所まで馬車を進めた。

 そして、その場所で馬車を止め、野営の準備を始める。


「ホアキンさん、今日は儲かり……ました?」


 野営の準備を進めながら、ジョナソンがそう尋ねた。


「そうだねえ。今日は毛皮が沢山売れたよ。お陰で馬車が軽くなったね。ああ、軽くなったと言えば、この腹ももう少し軽くなったらいいんだけどねえ……」


 ホアキンは自分の腹を叩きながらそう言った。


 それを見てダッジが笑った。


「アハハッ。大商人ホアキンさんでも、その腹の脂肪は売り捌けねえでしょうや」


「そうねえ、私もまだまだだねえ」


 和やかな雰囲気だった。

 商人ホアキンとその護衛ダッジとジョナソンの関係は、雇用主と被雇用者の関係を超えて、もはや戦友ともいえる関係であった。


 楽し気な会話が続いている。

 その会話に混じって、突然、若い男の声が聞こえた。


「いやーいいねー、楽しそうだねー」


 その男は、狼の頭部を持つ獣人であった。

 黒い毛並みの人狼で、背は高い。

 全身を発達した筋肉で覆われているが、巨漢という程ではない。


 ダッジとジョナソンは慌てて剣を抜いた。

 獣人の接近に全く気付けなかった。


 獣人は両手を上げた。


「待って待って。落ち着こうよ。ボクはヴァルナー・ルウ。見ての通り獣人だよ。ちょと話を聞かせて欲しいだけなんだ」


 敵意のないヴァルナーに対し、ホアキンは言う。


「ヴァルナーくんね。私はホアキン。この二人はダッジとジョナソンだ。それで、何が聞きたいのかな?」


「ご丁寧にありがとう、ホアキンさん。ボクが聞きたいことはね、一つだけだよ」


 ヴァルナーは、ニヤリと笑って続きを言う。


「男の子と幼い女の子、この組み合わせに心当たりはないかな?」


 それを聞いて、ダッジとジョナソンはお互いの視線を合わせた。


 ホアキンは、笑みを浮かべて返事をする。


「その情報だけじゃあ何とも言えないよ。人の集まるところでは、その組み合わせは珍しいことじゃない」


「やるねー、ホアキンさん」


「やる? なにをかな?」


「ボクは獣人だよ。人の表情から色々と読み取れるんだよねー。でも、ホアキンさんの表情からは何も読み取れない」


「そうかい? それは私にやましいところが無い証拠ではないかな?」


「そうだねえ。そうだと思うよ」


 そう言ったのち、ヴァルナーは顔を俯けた。


 そのまま数秒時間が流れた。


「―――キヒッ」


 ヴァルナーが牙を剥き出しにして笑った。


 ダッジが声を上げた。


「おい、何を笑ってやがる? 気味がわりいな」


「ああ、ゴメンゴメン。人の表情から色々と読み取れるって言うのはね、嘘なんだ。獣人は他人の機微に敏感だけど、ボクは違う。他人の顔色を窺うとか、すごく苦手なんだよねえ」


「けっ、そうかよ。で、それがなんだ?」


「うん。その代わりね、ボクは他の獣人よりもスゴイんだ。ボクのこの鼻は特別でね、他の獣人よりも数段優れている」


 それを聞いてホアキンは言う。


「そうかい。それじゃあ……」


「そう、誤魔化しても無駄だよ。キミたちから臭うんだよね。ボクが探している男の子と女の子の臭いが。キミたちから漂う子供の臭いは、この二つだけ。ここ数日で触れ合った子供たちは一組しかない。そうでしょう? だったらさ、覚えてるはずだよね?」


 ホアキンは溜息をついて返答した。


「まいったねえ。そうだよ、その通り。でも悪いけど、顧客情報を明かすわけにはいかないんだ」


「……どうしても駄目? どれだけ頭を下げても?」


「駄目だ」


 ヴァルナーは、大きな溜息をついて空を見上げた。


「じゃあ、仕方がないよねえ」


 ダッジがホアキンを庇うように前に出た。


「ホアキンさん、下がってください。こいつ、やる気です」


「……分かった。なるべくなら殺さないでくれ」


 ホアキンはそう言って後ろに下がった。


 ダッジとジョナソンはヴァルナーに敵意を向けた。


 その敵意を感じ取り、ヴァルナーは言う。


「キヒッ、いいね。じゃあ―――いくよ」


 その直後、ヴァルナーの姿が消えた。


「何処へ行った?」


 ダッジがそう呟いた。

 そしてその直後、脇腹に痛みを感じた。

 脇腹に目を向ける。


「―――なっ」


 ダッジの脇腹から、血液が漏れ出していた。

 獣に噛み千切られたような傷跡だった。


「うーん、不味い」


 上空から声が聞こえた。

 その方向へ目を向けると、ヴァルナーの姿があった。

 隆起した地面の上にヴァルナーが居た。

 ヴァルナーの口元から血が滴っている。


 苦悶の表情を浮かべながら、ダッジは言う。


「て、てめえ……食いやがったな……」


 ヴァルナーは、噛み千切った肉片を咀嚼して飲み込んだ。


「肉は不味いけど、内臓はどうだろう?」


 そこからは、ヴァルナーの一方的な蹂躙だった。

 ヴァルナーの動きは速かった。

 ダッジとジョナソンは、その速度に全く付いていけなかった。


 ヴァルナーが動く度に、体の一部が失われていく。

 ダッジとジョナソンは、その恐怖と戦いながら剣を振った。

 しかし、その剣はヴァルナーにはかすりもしない。


 ダッジとジョナソンは、長い間ホアキンを支えてきた歴戦の猛者だ。

 だがヴァルナーの強さは、その二人の強さを上回っていた。


 やがて、戦闘は終わった。


 ダッジとジョナソンは、血だまりに沈んだまま動かなくなった。


「うーん、内臓も不味い」


 渋い顔をしてヴァルナーは咀嚼を続ける。

 ゴクリと飲み込み、口元の汚れを手の甲で拭った。


「さーて、ここからが本番。それじゃあ、お話ししようか? ―――ホアキンさん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ