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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第六章

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181.砦での訓練

 ルタレントゥム残党軍は、千人規模の部隊を大隊と定めている。

 リリアナ・ラヴィチェスカは、その大隊の一つを任されている軍の幹部だ。


 現在、ヴェラトス砦を中心に軍は展開し、進軍の準備を進めている。

 幹部であるリリアナは、当然ながら暇ではなかった。


 ゆえに、降って湧いたこの休息は、リリアナを戸惑わせた。


 リリアナ専用の個室にて、リリアナはそわそわと視線をさまよわせる。


 リリアナの対面に座るアルゴは、軽く咳ばらいをして発言した。


「それでは、話し合いを始めたいと思います」


「は、はい……」


 リリアナが神妙に頷いた。


 そして、しばらく無言の時が流れた。


 アルゴは、内心の焦りを顔に出さぬよう必死だった。


 あれ……何を話せばいいんだ?


 おいおい、俺から誘ったんだぞ。しっかりしろよ。


 と自分自身に活を入れる。


 だが、それでも言葉が浮かばない。

 そして必死に悩んだ結果、思いついたことを口にした。


「リリアナさん……趣味とかあります?」


「え? 趣味?」


「はい」


「そ、そうですね……。恥ずかしながら……特にありません。アルゴさんは、何かありますか?」


「いえ。俺もないですね」


「そうですか……」


「す、好きな食べ物とか……何かありますか?」


「好き嫌いはありません。口にできる物であれば、何でも食べます。アルゴさんは?」


「俺も何でも食べます。特別好きなものは……ないですね」


「そうですか……」


「す、好きな……好きな異性とか……あー、その、どういう人が好きなんですか?」


「それは……よく分かりません。私は、そういうことには疎いものでして……。アルゴさんは?」


「俺も……同じです。あんまり深く考えたことないです」


「そうですか……」


 そうして、また沈黙が流れた。


 静けさに満ちた室内。

 時間にして約七秒。

 ようやくアルゴが口を開いた。


「いや、これ、なんか違いますよね?」


 それに対するリリアナの返答は―――


「フフッ」


 控えめな笑みだった。


「ええ。多分……違うと思います」


 そう言いながらも、リリアナは笑っていた。

 その優しい笑みは、リリアナの美しさを際立させていた。


「ですよね」


 アルゴも笑顔を見せた。


「私たちは、こういったことには向いていないようですね」


「そのようですね」


「私から、言わなければならないことがあります」


「何でしょう?」


「改めてお礼を言わせてください。私の命を救ってくださって、ありがとうございました」


「いえ、俺は当然のことをしたまでです。その……今更ですけど、体に異常はありませんか?」


「ありません。神ベリアルの奇跡の力で私の体は完全に癒えました。流石は神、と言ったところでしょうか」


「それは良かったです」


「神ベリアルは、いまもアルゴさんの中に?」


「はい。ですが……神ベリアルは何の反応もしません。今のところ、あまり実感が湧かないですね」


「そうなのですね……。気になることは他にもあります。神ベリアルは、別の神に嵌められたと言っていました。その神が、神ベリアルを使ってアスガルズ王国を操っていた。であれば、それは邪神と言ってよいでしょう。そのような神が、今もこの地上に存在している。私たちは、その神にも警戒せねばなりません」


「はい、その通りです。その神は、敵か味方で言えば間違いなく敵です。まったく……悩みがつきないですね」


「ええ……まさしく」


 リリアナは視線を下に向け、何かを言い淀むように口元に手を当てた。


「リリアナさん?」


 リリアナは顔を上げて応えた。


「私が……私が貴方の力になります。ですから……心配いりません」


 リリアナはそう言って、アルゴの手にそっと自分の手を重ねた。


 アルゴは息を呑み、リリアナの顔を見つめる。


「リリアナさん……」


「す、すみません。私にこんなこと言われても、迷惑ですよね……」


 アルゴはリリアナから視線をそらさずに言う。


「迷惑なんかじゃないです。嬉しいです。とっても」


「本当に?」


「はい。ありがとうございます」


「……良かった」


 そう言って微かに笑うリリアナの表情は、あどけない少女のようであった。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 ヴェラトス砦の敷地面積は、小さな町と言っていいほど広い。

 その敷地の片隅に、兵士たちの訓練場が存在する。

 程々に整地された土の地面の上で、兵士たちは木剣で仕合を行っていた。


 この日は、いつも以上に兵士が集まっていた。


「ガズル! お前の強さを見せてやれ!」


 そう声援を受けたのは、ドワーフの男。

 浅黒い肌と盛り上がった筋肉。

 貫禄のある若い男だった。


 対するのは、痩せ細った人族の少年。

 簡単に折れてしまいそうな細腕。

 戦士の貫禄はまったくなく、戦いよりは農作業の方が向いているだろう。

 ここに居る者の大半からそう思われているのは、盟主の騎士アルゴだ。


「いくぞッ!」


 ガズルがアルゴへと襲い掛かる。

 ガズルの動きは速くない。

 だが、ガズルは目がいい。

 優れた動体視力で、こちらの隙を突いてくる。


 とアルゴは戦う前から予想をつけた。


「ふんぬッ!」


 アルゴの予想通り、ガズルは隙を突くのが上手かった。

 ガズルは並の兵ではない。

 十分に強者だ。


 だがその強さは、アルゴの前では無力だった。


 アルゴは逆にガズルの隙を突いて、強烈な一太刀を浴びせた。

 アルゴの木剣がガズルの脇腹に入り、ガズルは呻く。

 その隙に、アルゴは更に木剣を叩き込む。


「ま、待ってくれ! 降参だ!」


 アルゴは手を止め、木剣の先を地面に付けて言う。


「ありがとうございました」


 その瞬間、歓声が上がった。

 周囲には大勢の兵士たち。

 野次馬たちだ。


「すげえな、あの子供。何人抜きだよ……」


「確か、これで十連続勝利のはずだ」


「とんでもねえな」


 そんな風にざわめく野次馬たち。


 アルゴは、気まずそうに頭を掻いた。


 あまり目立ちたくはない。


 だがこれは、メガラの指示だ。


 お前の存在感はまだまだ薄い。

 お前の強さを、皆に知らしめなければならん。


 メガラはそう言っていた。


「別に知らしめなくてもいいと思うけど……」


 と独り言を呟いて上を見上げた。


 近くの塔の最上階に、人影があった。

 その人物は、こっそりとこちらの様子を窺っているようだが、アルゴには正体が分かっていた。


「なんでコソコソしてるんだよ……メガラ」


 まあ、案外照れ屋なところがあるからな……。


 そんな風に考えて、視線を前に向ける。


「騎士アルゴ。次は私が相手です」


 優雅に声を掛けてきたのは、獣人の男だ。

 狐の頭部を持つ細身の男。


「お願いします」


 そして仕合が始まった。


 約二分後、地面に倒れる狐の獣人。


 狐の獣人は、周囲の兵士たちに運ばれて治療室へ。


 再び歓声が上がった。


「すっげえな! あれが盟主様の騎士か!」


「アルゴの強さは本物だ!」


 そんな風に兵士たちが騒ぎ立てている。


「すごい注目されてるな……。もうそろそろ、終わりでいいかな……?」


 そう呟いて、メガラの方へ視線を向けようとしたその時。


「ハハハッ。流石だな、アルゴ」


 爽やかな笑みを見せて近付いてきたのは、魔族の男。

 金色の髪に薄緑の肌。若き将軍、ネロ・ブラウロン。


「ネロさん!」


「久しぶりだな、アルゴ」


「はい! お久しぶりです!」


「君の活躍は聞いているよ。君と共に戦った者の一人として、私は鼻が高いよ」


「それは俺の方こそですよ。ネロさんの活躍は、色々とお聞きしてます」


「光栄だな。積もる話はあるが……ふむ、皆をこれ以上待たせるのは悪いだろう」


 ネロは周囲に目を向けて兵士たちの姿を見まわしたのち、木剣を正眼に構えた。


 兵士たちのざわめきが大きくなる。


「おいおい、ネロ将軍の戦いが見られるのかよ!」


「盟主の騎士と名家の若き将の戦い……これは見ものですな」


 アルゴは溜息を吐いた。


 これは、戦わないわけにはいかないな……。


「よろしくお願いします」


「ああ。では……いくぞ!」


 アルゴとネロの仕合が始まった。


 ネロの鋭い突き。


 それをアルゴは木剣で防ぎ、反撃の水平斬り。


 ネロと戦いながら、アルゴは思う。


 強いな。


 ネロは自分のことを凡人と言っていたが、この剣技はその枠から飛び出している。

 今日仕合した兵士の誰よりも強い。


 アルゴの額から汗が流れた。

 油断できない相手。

 アルゴは、集中力を一段上げた。


 そして、約五分後。


 地面に片膝を付けるネロ。


「くっ……やはり強いな……アルゴ」


「ネロさんも強いです」


「ハハ……それが嫌味ではないところが、余計にタチが悪いな」


「本当に強いですよ」


 アルゴはネロに右手を差し出した。

 ネロは頭を振って、アルゴの右手を掴む。


 そしてネロは、アルゴの右手を上に掲げた。


「みんな! アルゴに拍手を!」


 ネロがそう呼びかけ、兵士たちは応じた。


 大きな拍手が起こり、アルゴを称える声が訓練場に響いた。


「騎士アルゴ! 見事だ!」


「お前が居れば、俺たちは負けない!」


「私は貴方を認めます!」


「素晴らしい戦いだった! 私たちの頼もしき戦士、アルゴよ!」

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