178.この温もりこそが
主を失ったベリアル城は、未だ砂の上に存在している。
無人の城。静寂の城。音の消えた不変の城。
まるで、時の流れが止まってしまったようだった。
しかしその城で、動く影があった。
それは黒い霧のようであり、黒い砂粒が集まったような様子だった。
黒い霧は城の通路を漂い、ある場所で止まった。
そこは、女神アンジェラの像が設置された祈りの場所。
その場所で、黒い霧は滞空する。
すると、女神アンジェラ像の足元の床が輝き始めた。
青白い発光が少し弱まった時、光が文字となって床に浮かび上がっていた。
黒い霧の中心から目が現れた。
その一つ目は、光の文字に視線を向けた。
文字にはこう書かれていた。
よう、クソ野郎。アンタの思い通りにいかなくて残念だったな。
ハハッ! ざまあみろだ!
せいぜい首を洗って待っておけ。
オレっちが、直接ブン殴りに行ってやるからよ。
数秒後、光が弱まり始め、やがて文字は消え失せた。
その後、黒い霧も消え失せた。
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アルテメデス帝国。
帝都メトロ・ライエスから北に約ニ十キロ地点。
深い森の中に建つ家に、大賢者と大将軍は居た。
大賢者ロノヴェ・ザクスウェルは、わずかに眉をひそめて言う。
「まさかこれほど早い段階で、神ベリアルが倒されるとは……。いやはや、申し訳ない。吾輩の読みが外れてしまいました」
大将軍キリル・レグナートは、不機嫌を隠そうともせず尋ねた。
「アスガルズ……イオニア……ルタレントゥム……こいつらが結託してしまったと?」
「そうなりますな。アスガルズ王国とイオニア連邦の潰し合いはならず、むしろ力を結束させてしまいました。重ねて謝ります。これは吾輩の失態です」
それに応じたのは、大将軍ガブリエル・フリーニ。
「まあ仕方がないじゃないの。成功と失敗は表裏一体。コインの表と裏のような関係よ。落としたコインが表となるか裏となるかは、神のみぞ知る。……ああ、これは嫌味ではないわよ?」
「ホホホッ。分かっておりますよ、レディ・ガブリエル。貴方はお優しいですな」
「そうよ、私は優しいの」
「僕もロノヴェを責める気はない。そもそも、何も問題はない」
その時、キリルの体の表面が金色に明滅を始めた。
それは小さく弾けるような音を立てて、空気を焦がす。
「僕が纏めて潰してやる」
「ちょっと、やめてよキリル。髪の毛が乱れちゃうじゃない」
「……」
キリルはガブリエルに言い返す気にはならず、顔をしかめるだけに留めた。
そして、金色の明滅が消え去った。
「ホホッ。サー・キリル、そしてレディ・ガブリエル。ここから先、油断はなしです。吾輩たちは、全力を出さなければなりません。彼らの最初の狙いは、おそらく魔都エレウテリオンの奪還でしょう」
ロノヴェは、キリルとガブリエルを交互に眺めて続きを言う。
「各々、準備なされよ」
そして、ロノヴェは虚空へと視線を向けて、かすかに笑った。
来るというのなら受けて立ちましょう。
再会が楽しみですよ。神ベリアル。
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兵の多くがイオニア連邦へと帰還し、ガリア砦は静けさに満ちていた。
残っている兵士は百人前後。
その兵士らも、数日後にはここを発つ予定となっている。
ガリア砦の作戦会議室にて。
残党軍将軍、ルギルド・バルトローグの顔には、珍しく笑みが浮かんでいた。
「なんとかなりましたな、盟主様」
メガラは頷いて返事をした。
「ああ。アスガルズ王国と我らの同盟は成った。これで東へ軍を進めることができる。それもこれも……」
「それもこれも、勇者たちのおかげ、ですな」
メガラとルギルドの視線がアルゴに向いた。
「俺は……勇者なんかじゃ……」
「謙遜することはない。お前は偉業を成し遂げた。今回のことは、本当に助かったぞ……アルゴ」
「う、うん……。でも、頑張ったのは俺だけじゃない。クロエさんとリリアナさんも、死にそうになるぐらい頑張った。あの二人は、本当にすごいよ」
「ああ……そうだな。お前たちは、本当によくやってくれた」
「私からも、ひとこと言わせてくれ。勇者アルゴよ、本当にありがとう」
「は、はい。そう言ってもらえて、何よりです」
照れ臭そうなアルゴを見てルギルドの表情が緩むが、その後ルギルドは表情を引き締めた。
「では盟主様、出発は二日後となります。イオニア連邦に到着後、直ちに軍備を整え、準備が完了次第、軍を進めます。目標は、現アルテメデス帝国ルタレントゥム領、魔都エレウテリオンの奪還、となります」
「うむ。それではこの二日が、余らの最後の休息になるかもしれんな」
「そうです……な」
「ルギルド・バルトローグ、お前の忠義、余は深く感謝する。これからも、よろしく頼む」
「はッ!」
ルギルドはメガラの前で跪いた。
メガラは小さく頷いて言う。
「うむ。では、今日はもう休め」
「はい。それでは失礼します」
と言って、ルギルドは作戦会議室から出て行った。
作戦会議室にはアルゴとメガラだけとなった。
「それじゃあメガラ、俺たちも休もうか」
「そうだな」
「うん」
アルゴは出口へと歩き出すが、後ろから名を呼ばれた。
「アルゴ」
メガラに呼ばれ、アルゴは立ち止まる。
「うん?」
「二人っきりとなるのは……久しぶりだな……」
「そう……だね」
「こっちへ……来るか?」
「うん……」
アルゴは、椅子に座るメガラの元まで近づいて、床に両膝をつけた。
そこからは、自然と体が動いていた。
木の葉が川の流れに逆らえないように、流れに身を任せるしかなかった。
アルゴは、メガラの太腿に頭を乗せた。
何をしているんだ、俺は。
そう思ったが、流れには逆らえない。
メガラは、アルゴを優しく受け止めた。
アルゴの頭を優しく撫で、穏やかに言う。
「頑張ったな……アルゴ」
「うん」
「よくやった、偉いぞ」
「うん」
「褒美を与えねばな。なにか……なにか欲しい物はあるか?」
「なにも……なにもいらない」
「しかしな、それでは困る。それでは余の立場がないではないか……」
「いらないんだ、本当に。メガラが傍に居てくれれば、俺にはなにも要らない。だから、これからも一緒に居てくれ」
「しょうがない奴だな……。よかろう、それを褒美としようか……」
「うん……」
激動のダンジョン攻略を終え、久しぶりに感じる優しい温もり。
この温もりこそが、何より欲しかったものだ。
決して、失ってはならないものだ。
アルゴは、この一時の安らぎに身を任せることにした。
これで五章は終わりです。ここまで読んで頂きありがとうございます。
ブックマーク、高評価よろしくお願いします。
ちなみにですが全七章を予定しております。最後までよろしくお願いします。




