177.同盟
アルゴたちがダンジョンを脱出して二十日後のことだ。
ガリア砦とネメレナ砦の中間地点に設えられた天幕にて、会合が開かれていた。
集った面々は、アスガルズ王国とイオニア連邦及びルタレントゥム残党の首脳陣たち。
主なメンバーは以下の者たちである。
ドワーフの王、カストゥール・アスガルズ。
ドワーフの戦士長、バルナバル・ディーボルト。
ルタレントゥム魔族連合残党盟主、メガラ・エウクレイア。
ルタレントゥム魔族連合残党軍将軍、ルギルド・バルトローグ。
イオニア連邦議会義長、イヴェッタ・ラヴル。
両陣営の首脳陣が席に着き、会合は開始する。
カストゥールの低い声が天幕内に響いた。
「まずは感謝を申し上げたい。メガラ・エウクレイア殿、イヴェッタ・ラヴル殿、並びにその関係者方。このカストゥール・アスガルズ、深く感謝を申し上げる」
それを聞いてメガラは言う。
「感謝の言葉、痛み入る。して、呪いの影響はもう無いのか?」
「無い。我々は呪いから解放された。我々はもう自由に話せるし、自由に行動できる。それは全て、そちらが派遣した勇者たちのお陰だ」
勇者と聞いてメガラは、僅かに笑みを浮かべた。
そしてカストゥールに言葉を返す。
「それは良かった。呪いからの解放、まことに重畳」
「是非ともその勇者たちには、十分な褒美を与えて頂きたい」
「無論だとも。勇者たちには望むものを与えよう」
「よろしくお願いする。さて、では我々は貴殿らに何を与えようか。何を所望する?」
「それは勿論……」
メガラはイヴェッタに視線を向けた。
イヴェッタは、獣人族の老婆だ。
頭部から生えた長い耳が獣人族の証。
知性と品格を備えた才女であり、若い頃は剣客としても名を馳せた古強者である。
イヴェッタがメガラの言葉を引き継いだ。
「それは当然、我々との和睦です。呪いが消えた今、これを拒否する理由はないかと存じますが、如何ですか?」
「イヴェッタ殿の言う通りだ。拒否する理由はない。―――バルナバル」
名を呼ばれたバルナバルは、懐から巻物を取り出し、机上で広げた。
カストゥールは言う。
「契約書を取り交わそう。これは血盟の契り。これが不戦の約定となろう」
それを聞いてイヴェッタは満足げに頷いた。
「メガラ様、これは十分な成果と言えます」
「ああ。余は満足である」
イヴェッタとメガラの様子を見て、カストゥールは言う。
「方々。望みはそれだけでよいのかな?」
「というと?」
「差し出がましいかもしれないが、貴殿らの戦いはこれからが本番。我々は貴殿らの力になれないだろうか?」
「それはつまり、我らの戦に参加するということか?」
「貴殿らが望むなら、我が王国は出来得る限りのことをしよう」
カストゥールの言葉で、天幕内がざわつき始める。
咳払いを一つして、ルギルドが口を開いた。
「その提案は、率直に言ってありがたい。敵はご存じの通り、アルテメデス帝国。かの国は強大でありますゆえ、味方は多ければ多い程よい。ですが、本当によろしいのですかな? 敵は強い。戦に加わるならば、それこそ全滅を覚悟せねばなりませぬぞ?」
それに対し、カストゥールは穏やかな口調で返した。
「儂は、儂の代でアスガルズ国が終わると思っていた。我が国の戦の技術は未熟だ。初めはよくても、いずれどこかで破綻していたに違いない。あのまま戦い続けていても、貴殿らには勝てなかっただろう。呪いによって滅びた国。後世の者たちに、そう蔑まれるところだった。勇者と貴殿らの助力によって、儂らは生かされた。貴殿らは大恩人だ。その大恩人に何の加勢もしないなどと、そのようなことが許されるだろうか? 我が祖先と後世の者たちへ、胸を張っていられるだろうか? 答えは否である。ゆえに、我が国は貴殿らに恩を返すことにする」
ルギルドは低く唸るように口を開いた。
「……命よりも義理と名誉を選ばれるか。その選択、私は嫌いではありませぬ。盟主様、御下知を」
メガラは一つ頷いて答えた。
「うむ。ドワーフの王、カストゥール・アスガルズよ、我らの戦に参加されよ。共に、世を乱す悪の帝国を討とうぞ」
こうして、アスガルズ王国との同盟は成った。
アスガルズ王国とイオニア連邦及びルタレントゥム残党の兵力は、合わせて二万を超える。
アルテメデス帝国を脅かす新たな一大勢力が誕生した瞬間であった。




