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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第五章

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176.戦いのあと

 時折、悪夢を見る。

 あれから十年以上経った今なお、その悪夢は私を苛み続けている。


 私が子供の頃、平和だった私の村は、人族の兵士たちに襲われた。

 家々は焼かれ、たくさんの村人が殺された。

 その時、私は全てを失った。

 家も、家族も、生きる気力さえも。


 あの時感じた絶望は、今も忘れていない。

 だから憎かった。あの兵士たちが。

 ただひたすらに人族が憎かった。


 その気持ちは今も変わらない。

 だけど今、その気持ちが私を悩ませる。

 人族への憎悪は、今まで私を奮い立たせてきた原動力だ。

 それを失っては駄目だと思う。

 それを失くしてしまったら、私は弱くなってしまう。

 そんな気がしてならない。


 だけど、その憎悪が薄れる瞬間がある。

 それは、ごく最近になってからのことだ。


 あの人族の少年。

 あの少年を前にすると妙な気分になる。

 温かさと気恥ずかしさが混じったような、不思議な感覚だ。

 それは、憎悪とは真逆の……。


 違う。これはそういうのではない。

 これは、恩人に対しての義理。命を助けてもらった者への感謝の気持ちだ。

 人族憎しといえども、命の恩人には感謝しなければならない。

 そう。これはその恩返しにすぎない。

 受けた恩は返す。当たり前のことだ。


 つまり、この気持ちは感謝からくるものであって、それ以上でも以下でもないはずだ。


 そうだ。きっとそうなのだ。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 ベリアルは死んだ。

 アルゴたちは、ベリアルを討つことに成功したのだ。


 ベリアルが死んでも、ベリアル城は健在だった。

 壊れたり崩れたりすることはなかった。


 それはアルゴたちにとっては喜ばしいことだった。

 アルゴたちは全員負傷している。

 体を休めなければならない。

 ここには壁と屋根があり、清潔なベッドがある。

 ゆえにこの城は、体を休めるには最適な場所と言えた。


 ベリアル城の個室にて、アルゴはベッドの上に居た。

 眠ってはいない。

 目を開けて天井を見つめ続けている。


 正直言って暇だ。しかし、体が動かない。

 無理をしすぎたのだ。

 左脇腹を負傷した状態で、ベリアルと砂人形複数体と戦った。

 左脇腹の痛みは限界を迎えていたが、それでも砂人形たちを倒し、最後にベリアルの首を刎ねた。


 限界を超えるほど無理をした。

 だが、後悔はしていない。

 そのお陰で今がある。結果的にはクロエとリリアナは無事だ。


 それ以上のことはない。

 しかし、無理をすれば必ずぶり返しが来る。

 これはクロエの言葉だ。


 その通りだった。

 無理をしすぎて怪我が悪化した。

 もうまともに立てる状態ではない。

 それでも幸いなことに、数日安静にすればまた動けるようになるとのことだ。


 目はさえていた。

 眠りたくても眠れない。

 左脇腹が痛むということもあるが、心が静まらない。

 これも多分、無理をした時の後遺症だろう。

 脳が極度の興奮状態にある、らしい。

 詳しくは知らない。

 とにかく戦いの最中、そういう状態になったのだろう、とクロエが言っていた。


 というわけで、動けない、眠れない。大変暇な状況にある。


 その時だった。

 この部屋の外から声が聞こた。


「アルゴさん、起きておりますか?」


 部屋の外から聞こえたのは、リリアナの声。

 アルゴはそれに返事をする。


「はい。起きてますよ」


「……入ってもよろしいでしょうか?」


「はい。いいですよ」


「失礼します」


 と言って、リリアナは扉を開けた。

 リリアナは、木製の器を持って部屋に入ってきた。


「お加減はいかがでしょうか?」


「あ、はい。だいぶ調子はいいですよ」


「……良かったです。お休みの邪魔をして申し訳ありません」


「いえ。暇だったので、むしろ助かりました。あの……それは?」


 アルゴは、リリアナが手に持っている木製の器に視線を向けた。

 木製の器は蓋がされており、中に入っている物を確認することはできない。


「あ……はい、これは……」


 リリアナは躊躇いながら蓋を開けた。

 蓋が開くと同時に湯気が上がり、食欲をそそる香りが流れ込んでくる。


 器に入っていた物は、野菜を煮込んだスープだった。

 グツグツになった野菜がゴロッと入ってる。

 野菜はよく煮込まれているのだろう。


「それ……リリアナさんが?」


「は、はい……私が……作りました……」


「食べても……いいんですか?」


「はい。お口に合うか分かりませんが……」


 アルゴはベッドの上で上半身を起こそうとした。

 しかし、脇腹が痛みそれを断念。


「いてて……」


「む、無理をしてはいけません!」


「で、ですね……。でもまいったな。これじゃあ食べれない……」


 リリアナは少し考えてから行動した。


 部屋に設置された机に器を置き、それから、部屋に置かれた椅子をベッドの脇に移動させた。

 そして、再び器を持ち、椅子に着席。


 リリアナは木製のスプーンでスープをすくい、アルゴに顔を向ける。


「わ、私が……食べさせます」


「そ、それは悪いですよ。そこまでしてもらわなくても」


「いいえ。怪我人は怪我人らしく、誰かを頼るべきです。そもそも……その怪我は私が原因です。ですから私には責任があります。これぐらいさせてください」


「そ、そうですか……。じゃあ……お願いします」


 アルゴは、枕の上に頭を乗せた状態で、僅かに口を開けた。


 それを見てリリアナは、そろりとスプーンをアルゴの口元へ運ぶ。


「ゆっくり、ゆっくりです。良く噛んで、急に飲み込んではいけません」


 アルゴは、野菜が入ったスープを口に入れた。

 そして、リリアナの注意に従いよく咀嚼する。


「おいしい……」


「ほ、本当ですか?」


「はい、本当です。お腹空いてたので助かりました。ありがとうございます。リリアナさんって、料理上手なんですね」


 アルゴに笑みを向けられ、リリアナの顔が急速に赤くなっていく。

 リリアナは咄嗟に顔を俯けた。


「リリアナさん? 大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です。お気になさらず。そ、それよりも、まだ食べれますか?」


「勿論」


「で、では……」


 リリアナは再び、アルゴの口元へスプーンを運ぶ。


 それをアルゴはパクッと咥えた。


 その様子を見てリリアナは微笑む。

 そして、また味の感想が聞きたくなってアルゴに尋ねようとしたが、それを口にする前に扉の方から声が聞こえた。


「アルくーん。お薬の時間だニャー」


 と言って、ノックもせずにクロエが部屋に入ってきた。


 クロエは見た。


 アルゴがリリアナに看病されている様を。


「な……なっ……」


 クロエは、わなわなと震えながら声を上げる。


「何をやっておるかあ!」


 それにリリアナが応じる。


「な、何とは何でしょうか?」


「リリちゃん! アルくんのことを思ってくれているのは嬉しいニャ。けど、アルくんはクロエの患者なの!」


 そう言ってクロエは、リリアナからスプーンを奪った。


「アルくんにはクロエが食べさせるニャ!」


「そ、その理屈は意味が分かりません! 私が食べさせてもいいはずです! そもそも、これは私が作った物ですよ!?」


「うん、それはありがとニャ。すごーく感謝だニャ。だけど、さっきも言った通りだニャ。アルくんはクロエの患者だニャ!」


「ですから、それに何の関係があるのですか? 誰が食べさせてもいいですよね?」


「それは! それは……えっと、怪我人に対しての食べさせ方ってものがあるニャ! 素人がしゃしゃり出たら駄目ニャ!」


「怪我人に対しての食べさせ方って何ですか! さっきからオカシイですよ、クロエさん!」


「ああもう! うるさいニャ、リリちゃんは! とにかく、抜け駆けは許さないニャ!」


「それが本音ですね! これは抜け駆けではありません! これは私の義務です!」


「クロエだって、アルくんをお世話する義務があるニャ!」


「私は使命とも言えます!」


「クロエは宿命だニャ!」


「ですから、意味が分かりません!」


 クロエとリリアナの激しい口論が続いている。

 アルゴは完全に蚊帳の外だった。

 アルゴの意思そっちのけで言い争うクロエとリリアナ。

 もはや何のために争っているのか分からない。


 だがアルゴは、それでいいと思った。

 血の通わない冷戦よりよっぽどいい。


 いまクロエとリリアナが繰り広げているのは、激しい衝突。

 しかしそれは暴力ではなく、心と心のぶつかり合い。


 そうだ。二人に必要だったのは、きっとこういうのだ。

 思いっきりぶつけ合えばいい。

 それがお互いの理解を深めるための第一歩。


 アルゴは、二人の衝突をベッドの上で眺めながら、僅かに笑みを浮かべた。

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