175.命の代償
リリアナが前。クロエが後ろ。
二人はベリアルに接近。
ベリアルはその場から動かず、二人を迎え撃つ。
そして、ベリアルの拳がリリアナに突き出される瞬間、クロエは飛び上がった。
クロエはリリアナの肩を足場に、更に跳躍。
クロエはベリアル目掛けて、口から毒霧を吐き出した。
緑色の霧がベリアルへ噴射。
ベリアルは一瞬驚くも、慌てることはなかった。
ベリアルに毒は効かない。
ゆえに動じる必要はない。
だが、クロエの狙いは別のところにあった。
ベリアルに生まれたほんの一瞬の隙。
その隙こそがクロエと、そしてリリアナの狙い。
リリアナは、ベリアル目掛けて突撃。
しかしそれは、体当たりではなく組み付き。
リリアナは、正面からベリアルに抱き着いた。
「リ、リリアナちゃん!?」
これは、ベリアルの弱点を突いた起死回生の一手。
女に弱いベリアルには抗えない攻め手。
リリアナに抱き着かれたベリアルは、大きな隙を晒してしまった。
「クロエさん!」
リリアナは、隠し持っていたダガーを空中に投げた。
クロエはそれを空中で咥える。
そして、空中で身を捻り、ダガーをベリアルの左目に突き刺した。
「いッ! いてええええええええッ!」
叫び声を上げるベリアル。
クロエは、ベリアルの両肩を足場にしてバランスを取る。
そして、ダガーを咥えたまま押し込んだ。
このまま、脳を破壊してやるニャ!
神と言えども脳を破壊すれば死ぬだろう。
クロエはそう考えた。
そしてその狙いは、間違いではなかった。
狙いは良かった。ただ、惜しかった。
ほんの少し。あと一歩及ばなかった。
ベリアルの腹の大口が上を向き、クロエに狙いを合わせた。
その後、大口から衝撃波が放たれた。
その威力は、クロエとリリアナを纏めて吹き飛ばすほど強い。
衝撃波が直撃し、クロエとリリアナは吹き飛んだ。二人は通路を転がる。
「いってえなあ、マジで!」
左目に刺さったダガーを抜き、ベリアルは前方を確認。
数メートル先には、通路に倒れるクロエとリリアナの姿。
二人とも、立ち上がる様子はない。
「もう立ち上がれねえか。いや、よくやったよマジで。いま、楽にしてやるからな」
そう言ってベリアルは歩き出した。
クロエとリリアナの息の根を止めるために。
「ああ、本当に残念だ。カワイコちゃんを二人も殺さなくちゃならねえなんて。ああ、クソッ! 神ってのは残酷だぜ! 神ってのはクソ野郎だ! オレっちがこの手でぶっ飛ばしてやりてえぜ!」
そんな風に喚きながら、ベリアルは足を進める。
そして、その時だ。
ベリアルは異変を感じた。
「……あ?」
通路が動いている。
世界がズレている。
そう思った。
そう思い込んでしまった。
違った。
首だ。首が刎ねられた。
刎ねられた首が、通路に転がる。
体と首が別たれた。そしてベリアルは見た。
茶髪の少年を。
「嘘だろ……アルゴ、オマエ……」
ベリアルは首を刎ねられても生きていた。
喋ることも可能だった。
「何故ここに居る!? オレっちの砂人形はどうした!? まさかその怪我で、全員倒したってかっ!? ありえねえ! 気合でどうにかなるもんじゃねえぞ!」
「……うるさい」
アルゴはそれ以上ベリアルに構わず、クロエとリリアナに近付いた。
クロエは突然のアルゴの登場に驚くも、すぐに状況を認識する。
「アルくん……ありがとう。そして、ごめん。リリちゃんが……リリちゃんが……」
「……クロエさんのせいじゃないです」
静かにそう答え、アルゴはリリアナの傍でしゃがみ込んだ。
「リリアナさん……」
リリアナは、もう起き上がれない。
薄目を開けて、小さな声を発した。
「アルゴさん……すみません……でした……」
それを聞いてアルゴは、リリアナの手を握った。
「いいえ。何も……何も謝ることはありません。俺の方こそ、遅くなってすみません……」
「なぜ……泣くのですか……?」
「悲しいからです」
「……フフッ。悲しんで……くれるのですね……」
リリアナの命が、もう間もなく消えようとしている。
アルゴの頭に記憶が蘇る。
それはスキュロスとの記憶。
スキュロスの最期の言葉を聞いたときの、後悔と悲痛の記憶。
アルゴは思った。
あんなのはもう嫌だ。
何もできず、仲間の命が失われていくのをただ見ているのは、もう嫌だ。
だからアルゴは立ち上がった。
体を翻し、足を進める。
「何とかしてください」
アルゴは、ベリアルの頭部に話しかけた。
ベリアルはまだ生きていた。
「はあ? 何とかって何だよ」
「リリアナさんが死にかけてます。何とかしてください」
「おいおい、アルゴ。頭は大丈夫か? この状態のオレっちに何ができるってんだよ。オレっちも、もう時期に死ぬ。オレっちには何もできねえさ」
「……しろ」
「何だって?」
「神様なんだろ!? だったら、何とかして見せろよ! 奇跡を起こしてみろ! できないとは言わせないぞ!」
「……怒鳴ってもどうにもなんねぞ。できないものはできない……と言いたいところだが」
「どうにかできるんですね!」
「まあ落ち着け。そうだな、方法はある。残りのオレっちの存在力を全て使えば、リリアナちゃんを助けることができる、かもな。だが、そう上手い話はねえ。代償が必要だ」
「どんな代償だろうと構わない! 何だってするさ!」
「いいだろう。アルゴ、オレっちと契約を結べ。そうすれば、その対価としてリリアナちゃんを助けてやる」
「契約……。その内容は?」
「なあに、たいしたことじゃないさ。オレっちの一部を、オマエの中に住まわせろ。そして、一度だけでいい。オレっちが代われと言った時、体の所有権をオレっちに明け渡せ」
「分かりました」
「まあそうだよな。躊躇っちまうよな。だけど安心しろって。悪いようにはしねえからよ。……ん? オマエ、今なんて言った?」
「分かりました、と言いました。契約……します」
「……正気か?」
「正気です」
「ハハッ……。いかれたボーイだ。だが……いいだろう。契約してやる。言っとくが、取り消しはできねえからな」
「構いません。リリアナさんが助かるのなら」




