170.大口
「ぐえええええええッ!」
通路に響き渡る叫び声。
ベリアルの胸のあたりから血しぶきが上がり、通路を赤く染める。
苦し気に呻くベリアルに迫るのは、アルゴの剣。
「まてまてまて!」
ベリアルの懇願をアルゴは無視。
再びアルゴの剣がベリアルの体を斬った。
「いってえ! ―――ちくしょう!」
ベリアルの怒りを受け、背中から生えた四匹の蛇がアルゴに牙を剥く。
アルゴは蛇の牙を躱し、一匹の蛇の首を斬り落とした。
蛇は残り三匹。
続けて剣を振ろうとするアルゴだったが、咄嗟に身を退いた。
蛇の口から液体が吐き出された。
その液体は辺りに飛び散り、床や壁の表面を溶かした。
液体の範囲から逃れていたアルゴは、呼吸を整えてベリアルを見据える。
ベリアルの体は傷だらけだった。
その傷は全てアルゴが付けたものだ。
「おい、アルゴ! ほんとに何なんだ、テメエは!」
「なんだ、とは?」
「いくら何でも、その強さはねえだろう!? 力を開放したオレっちが手も足もでねえなんて、そんなことあるかよ!?」
「そう言われましても……」
「ああ……ちくしょう。いてえいてえ。ああ……そうか。そういうことか。アルゴ、テメエはダンジョンと同じだな」
「ダンジョンと同じ?」
「そうだ。ダンジョンってのは、世界を創る過程で混じった異物。それが成長した姿だ。想定外。イレギュラー。それゆえに、神にとっても未知であり、対処不可能な存在。テメエも同じだよ」
「……失礼ですね。人を異物扱いですか」
「本当のことだ。何が悪い」
「まあ……いいですよ、なんでも。俺がなんであろうと、あなたには関係ない。あなたはもう死ぬんだから」
「おー、怖いねえ。ぶるっちまうぜ。けど、あまり強がるんじゃねえぜ」
「はい?」
「オレっちには分かってんだ。その脇腹、痛むんだろう?」
「……」
「図星だな?」
「だからなんですか? 確かに、少し痛みますけど全然動けますよ。この程度の痛みなら、何も問題はありません。それと、そろそろお喋りを止めてもいいですか?」
「その状態でもオレっちを殺すぐらいわけないってか。ハハッ。まあ、それは事実か。実際そうなんだろうな。……おっと、お喋りが長くなったな。いいぜ、こいよ」
「いきます」
そう言ってアルゴは飛び出した。
ベリアルとの間合いを一気に詰める。
しかし次の瞬間、アルゴは体に急ブレーキを掛けた。
「グエエエッ!」
えずくような声を上げたのはベリアルだ。
だがそれは、腹の大口から吐き出されたものだった。
腹の大口から吐き出されたのは、嗚咽と大量の砂。
砂が洪水のように吐き出され、通路の床を覆いつくした。
通路が砂地と化してしまうが、アルゴは通路の端まで退避していたので砂の洪水には巻き込まれていない。
大量の砂に足を取られるだろうが、それだけならばどうということはない。
だが、問題が起きた。吐き出された砂が蠢き出したのだ。
砂が独りでに動き、形を成していく。
さらに、砂に色が付き、性質が変形していく。
砂で形作られたのは白髪の女。
砂漠で戦った物と同型。
アルゴは、砂人形たちに囲まれてしまった。
「悪いな、アルゴ! そう簡単に殺されてやるわけにはいかねえんだよ!」
アルゴは砂人形に囲まれながら冷静にベリアルを見据えるが、心の内では焦っていた。
砂人形は強敵だ。それが数十体以上となると、苦戦を強いられるだろう。
だが、負けるとは思えない。時間は掛かるが全滅させることはできるだろう。
問題は時間。
時間が経てば経つほど、痛み止めの効果が薄れていく。
すべての砂人形を倒し終えた時点で、痛み止めの効果が切れているかもしれない。
そもそも予想外だった。
もっと素早くベリアルを討てるつもりだった。
あまかった。流石は超越者。
「オレっちは、ちょっと席を外すぜえ! ああ、勘違いするなよ! テメエにビビッて逃げ出すってわけじゃねえぜ! 可愛いお姉ちゃん二人を放っておくわけにはいかねだろうがよ!」
アルゴは素早く動いた。
「逃がすか!」
しかし、砂人形たちに前方を遮られる。
無数の剣や槍が突き出される。
「―――くッ!」
「また会おうぜ! 生きてたらなあ! ハハハハハッ!」




