169.聖典の怪物
ベリアル城は中央棟と十二の尖塔からなる巨大な建物だ。
十二の尖塔が中央棟を円状に囲んでおり、中央棟とそれぞれの尖塔は通路で繋がっている。
そして、隣り合う尖塔同士も弧状の通路で繋がっている構造である。
真上から城を見下ろせば、車輪のように見えるかもしれない。
尖塔と中央棟を繋ぐ通路の一つに、アルゴは居た。
アルゴの周囲には、石像の残骸が散らばっていた。
「随分離れちゃったな。早くクロエさんたちと合流しなきゃ」
襲い掛かってくる石像にここまで後退させられた。
石像を全滅させることは出来たが、中央棟から随分離れてしまった。
クロエ、リリアナと合流しなくてはならない。
だが二人が居る場所が分からない。
中央棟に戻るか、隣の尖塔へ移動するか。
次の行動を決めなくては。
と考えた時だった。
「ヨーッ。楽しんでるかーい?」
金、赤、緑と三色からなる派手な頭髪。
白い歯を見せながらニヤリと笑うこの城の主。
ベリアルが何処からともなく現れた。
「ベリアルさん……」
「僕ちゃん一人かい? お姉ちゃんたちとは、はぐれちゃったのかい?」
おどけた調子で言うベリアルに、アルゴは剣を構えて意思を示した。
「ハハ―――ッ! 余計なお喋りはしない主義ってわけだ! いいぜ! だったら、やり合おう!」
そう言い終わった瞬間、ベリアルの両手に籠手が現れた。
一瞬で現れたそれは、漆黒の輝きを放っている。
どこから籠手を取り出したのか。
アルゴはそれを疑問に思ったが、すぐに意識を切り替えた。
関係ない。やるだけだ。
「そんじゃあ、いくぜえ!」
ベリアルの踏み込み。
アルゴとの距離を詰める。
速い。
その速度は尋常ではない。
だがアルゴは、それを余裕で見切る。
突き出されるベリアルの籠手を躱し、アルゴは剣を下から突き上げた。
ベリアルはアルゴの剣を籠手で受け、おもわず声をもらした。
「マジかよ。やべえな……」
ベリアルは驚愕した。
「オマエ……ひょっとして、オレっちより強いかい?」
アルゴはそれに応じず、斬撃を放ち続ける。
「ま、待て待て待て! ちょっとタンマだ!」
心から絞り出すようにベリアルは言うが、それでもアルゴ止まらない。
「ああ! ちくしょう!」
ベリアルは苛立ちを露わにして、後ろに大きく跳んだ。
アルゴは追撃をせず、ベリアルの次の行動に注視する。
「こりゃあ、マジで驚いたぜ。オレっちは神だぜ? 何でオレっちの動きが見える? 何でオレっちの技が通じねえ?」
それを聞いてアルゴは率直な感想をもらした。
「神様っていうのは、意外とたいしたことないんですね。あ、すみません、正直に言っちゃいました。気を悪くしたなら謝ります。」
それを聞いて、ベリアルの肩が小刻みに震え出した。
今、ベリアルに湧き上がる感情は怒りではない。
ベリアルはその感情を爆発させた。
「ハ―――ハハハハハッ! サイコ―――だぜ!」
ベリアルは腹を抱えながら続ける。
「サイコーだよ、オマエ。もう分かってると思うがオレっちはよう、男は嫌いなんだ。嫌いなんだけどよう、面白い奴はべつだ。オマエみたいに、オレっちをワクワクさせてくれる奴は大好きだ。ああ……そうだ、オレっちをワクワクさせてくれるのは、いつだって人類だ。間違っても神じゃねえ。だからよう、アルゴ! ―――愛してるぜえ!」
その直後、ベリアルの身に変化が起きた。
ベリアルの体が膨れ上がる。
骨格が、筋肉が、皮膚が、別の生物へと変化していく。
ベリアルはこの時、人の姿を捨てた。
全身を覆う黒い獣皮。
牛のような頭部。
元の姿より一回り以上大きくなった体躯。
獣人に近い姿だが、決して獣人ではない。
それを裏付けるように、異質な箇所が存在する。
額に六つの複眼。
背中から生えた四匹の蛇。
そして、腹には鋭い牙を持つ巨大な口。
その異形を見てアルゴは言葉を失う。
ベリアルは自身を神と呼んだ。
だが、いま目の前にいるベリアルの姿は、聖典に登場する怪物そのもの。
それを何と呼ぶのかアルゴは知っている。
「……悪魔?」
「神だって言ってんだろ」
そう指摘し、ベリアルは楽し気に笑う。
「ハハッ! さあ、続きといこうぜえ!」




