168.契約と決闘
ベリアル城中央部。
大広間にて。
「オレっちは神だ。人類に神は殺せねえ。だが逆に、それは神にも言えること。神は人類に危害を加えることはできねえ。これは神に掛けられた縛り。この縛りを破ることは不可能」
ベリアルがそう発言し、リリアナが尋ねる。
「では、どうやって戦えと言うのでしょう?」
「そこでだ。新たな縛りを設ける。オレっちとキミらの間でな。そうすれば、オレっちとキミらのステージを合わせることができる」
「縛り……ですか。具体的にはどうやって?」
パチン、とベリアルが指を弾いた。
その直後、青白い文字が空中に浮かび上がる。
「それがオレっちとキミらの間で交わされる縛り。つまり契約だな。よく読んでからサインしてくれよ」
アルゴ、クロエ、リリアナの目の前の空間に、青白い文字が浮かび上がっている。
文字にはこう書かれていた。
神ベリアルと以下三名は、互いに死力を尽くして戦うことをここに誓う。
アルゴ・エウクレイア。
クロエ・ジュノー。
リリアナ・ラヴィチェスカ。
この契約に同意すれば、神ベリアルと上記三名は、お互いを殺し得る存在へと変化する。
これに同意する場合は、名を刻まれたし。
アルゴは浮かび上がった文字を読んだ。
この契約に同意すれば、ベリアルとの決闘が始まる。
神と戦うことへの躊躇いと恐怖はある。
しかし、今更引き下がる訳にはいかない。
アルゴは、空中に人差し指を走らせた。
指になぞって青白い線が空中にひかれ、名前が刻まれた。
左右を見れば、クロエとリリアナも名前を刻み終えたところだった。
「ベリっち。始める前に言わせて欲しいニャ。この城でのモテナシ、心から感謝するニャ。そして、こうやって真正面から戦ってくれることも、本当に感謝だニャ。ありがとう、だニャ」
「私も深く感謝いたします。ありがとうございます」
「俺もです。色々と良くしてくれてありがとうございます」
ベリアルは手を叩いて笑い声を上げた。
「ハハハッ! いいってことよ! だけど気にしなくていいぜ。言っただろう? オレっちはこの世界に飽き飽きしてんだ。むしろ、キミらには感謝だぜえ」
「はい。それでも私たちは感謝するべきでしょう」
「ふーん。まあ、美女から感謝されて悪い気はしないぜえ。ああ……けどよう、これも昨日言ったが、オレっちは自決することも、わざと殺されてやることもできねえ。それはつまり、この決闘で手加減はできねえってこと。決闘が始まっちまえば、オレっちは全力でキミらを殺さなきゃならねえ。これは絶対の縛り。こればかりは、どうやっても無効にはできねえ」
「それでいいニャ。全力でくるといいニャ。クロエも全力でやるニャ」
「ふふん、いい殺気だ。さーて、準備はいいかい?」
「いいニャ」
「私はいつでも」
「俺もです」
「よーし。じゃあ、始めようぜ! なーに、肩の力を抜きなって。もし負けても、死ぬだけだ」
ベリアルに向かい合うアルゴたちは、それぞれ武器を構えた。
ベリアルは無手だが、アルゴたちが油断することはない。
四人は、動き出すタイミングを見計らっている。
誰が最初に動くのか。相手がどう動くのか。
それを見極める。
「ハハ―――ッ! このピリつく感じ、サイコーだぜ! そんじゃまあ、オレっちは―――」
ベリアルは、素早く動き出した。
「―――逃げる!」
そう言って、ベリアルは背後の扉へと駆け出し、通路へと逃げ出した。
予想外のベリアルの行動。
呆気に取られたアルゴたち三人は、数秒間固まってしまった。
そして、一早く復帰したアルゴが声を上げた。
「追い掛けましょう!」
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大部屋を出て通路へと出る。
「どこにいったニャ!?」
通路にはベリアルの姿はなかった。
通路を少し進むと、そこから先は三又に分かれている。
ベリアルがどの道を行ったのかは分からない。
「どこから行きましょう?」
とアルゴが尋ねた。
「そうですね。どの道を選ぶのか悩みどころですが、このまま三人で固まって動くか、それともバラバラに動くか、それも考えなければなりませんね」
バラバラに動いた方が効率的であるのは間違いない。
しかし、相手の実力が未知数である以上、固まって対処に臨むべきだろう。
「固まって動きましょう。ばらけるのは危険だと思います。クロエさんもそう思いますよね?」
「……そう思う、ニャ」
クロエはアルゴに視線を向けてそう答えた。
この時点でアルゴは理解していた。
今日、クロエはリリアナのことを無視している。
クロエがリリアナの提案に反応することはないだろう。
だからアルゴは敢えてクロエに話を振ったのだ。
アルゴはクロエに頷いて発言を続ける。
「それじゃあ、三人で固まって動きましょう。それで、どの道を選びましょうか?」
リリアナとクロエの間に立って、両者の顔を窺う。
アルゴは両者の意思を繋ぐ架け橋の役目だった。
「アルくん」
「はい」
「クロエの目が……おかしいのかニャ?」
「はい?」
「あれ、あれ見て」
アルゴはクロエが指差す方向へ顔を向けた。
アルゴたちは今、幅の広い通路に立っている。
通路の両端には、約三メートル間隔でベリアルの石像が置かれている。
アルゴは目を疑った。
ベリアルの石像がゆっくりと動いている。
「動いてる?」
ベリアル像の数は、五十体以上。
それらが全て動き出している。
錯覚ではない。
確実に動いている。
そしてその現象が、アルゴたちにとって都合の良いものであるはずがなかった。
石像たちが襲い掛かってくる。
「応戦するしかないニャ!」
石像たちは硬い拳を武器にして襲い掛かってくるが、動きはそれほど速くない。
「これでも食らえニャ!」
クロエの鎖が唸り、石像の表面を削っていく。
アルゴとリリアナも石像たちに攻撃を加える。
三人の武器が石像たちを砕いていく。
だが、石像は頭を砕かれても動き続けている。
それを見てリリアナは、メイスを石像の脚に叩きつけた。
石像の脚が砕け、石像はバランスを失う。
そして、石像は床に倒れ身動きが取れなくなった。
「脚です! 脚を狙ってください!」
脚を砕けば石像の動きが止まる。
それに活路を見出すアルゴたちだったが、石像の数が多すぎる。
石像たちの攻撃を捌ききれず、三人は後退を強いられる。
更に大部屋から新手。
新たな石像が大部屋から現れた。
その数は百は超える。
「くそッ! 数が多すぎる!」
アルゴはそう声を荒げながら、石像たちの狙いを理解する。
石像たちは、アルゴたち三人を分断するように立ち回っている。
石像たちの狙い通りにさせるわけにはいかないが、如何せん数が多すぎる。
リリアナが声を上げる。
「仕方がありません! ここでこれ以上相手をするのは難しい! バラけることになりますが、一度この場から逃げ出しましょう!」
「わ、分かりました! クロエさん! それでいいですか!?」
「……くッ。了解だニャ。アルくん! 気を付けてニャ!」
「はい! クロエさんも!」
アルゴは石像と戦いながら、また声を上げる。
「お二人とも! 無事でいてくださいね!」




