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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第五章

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167.前夜

 クロエが調合した痛み止めの効果は抜群だった。

 苦味の強い粉薬だったが、その効果はすぐに表れた。


「すごい。全然痛くない……」


「治ったわけじゃないから、そこは勘違いしないことニャ」


「はい。ありがとうございます」


 ベリアル城。

 個室のベッドの上で、アルゴはクロエから治療を受けた。

 塗り薬を傷口に塗られ、痛み止めと治癒力が上昇する薬を処方された。


 アルゴは自分の左脇腹にそっと手を添える。


 これなら戦える。


 と胸を撫でおろした。

 明日はベリアルと戦わなければならない。

 左脇腹を負傷した状態で十全に戦えるのか内心不安だったが、これなら心配なさそうだ。


「クロエさんって、本当に薬師だったんですね」


「むう。本当にってなにニャ」


 クロエはふくれっつらでアルゴの頬をつねった。


「クロエは腕のいい薬師だニャ」


「じょ、じょうだんべす。ごべんばざい……」


「よろしい」


 頬が解放され、アルゴは改めて礼を述べる。


「クロエさん、本当にありがとうございます」


「これぐらいどうってことないニャ。何度も言うけど、一時的に痛みが緩和してるだけだニャ。その怪我が完治するには、あと数日は必要だニャ」


「分かってます。でも助かります」


「本当は、その状態のアルくんには戦って欲しくないニャ。けど、相手は神。と名乗る得体の知れない人物。アルくんの強さに頼らざるを得ない……」


「大丈夫です。明日はすぐにケリをつけます。だから、怪我が悪化することはありません」


「……頼もしいニャ」


 クロエは微笑みながらアルゴの頭をそっと撫でる。


「本当にいい子だニャ」


 クロエの優しさと温かさに触れて、心が満たされる。

 と同時に、照れ臭さが込み上げる。


「……恥ずかしい……です」


 素直にそう言うと、クロエの口角が上がった。


「本当に可愛いニャ」


「……」


 アルゴは何も返せなかった。

 くすぐったいやら心地いいやら、様々な感情が湧いてくる。

 ただ一つ言えるのは、クロエの優しい笑みに魅せられた。

 それはもしかしたら、あらゆる怪我や病の特効薬なのかもしれない。


 だからアルゴは強く誓う。


 明日は絶対に勝つ。絶対に。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 真夜中。

 ベリアル城の個室にて。


 アルゴはベッドの上で薄く目を開けた。


 個室を出て、薄暗い通路を歩く。

 静けさに満ちた城内。

 人の気配はまったくない。


 だがそれでも、アルゴは探し続けた。

 探し続けて、やがて足を止めた。


 アルゴはその場所を礼拝堂だと思った。

 静謐で神聖な空気が満ちる場所。

 祈りの場所であることは間違いないだろう。


 礼拝堂の奥には石像が設置されていた。

 背中から翼をはやした美しい女の石像。

 女神アンジェラの石像だ。


 意外に思った。

 この城には無数に石像が置かれているが、どれもベリアルの石像だ。

 だがこの石像だけは違う。

 これは女神アンジェラの石像。

 違和感と言う他ない。


 それを不思議に思いつつ、石像から視線をズラす。

 長椅子に腰かける女の後ろ姿が見えた。

 薄紅色の髪と二本のツノ。

 リリアナ・ラヴィチェスカだ。


「探しました」


 とアルゴは声を掛けた。


 リリアナはそれに返事をせず、石像を見つめ続ける。


 しばらくの静寂があり、リリアナは静かに声を発した。


「私たちは、何故祈るのでしょう?」


「……え?」


「何故祈らずにはいられないのでしょう。その祈りが、届くことはないと知っているのに。何故だと思いますか?」


 リリアナに顔を向けられ、アルゴは息を呑んだ。

 リリアナのことを美しいと思った。

 いつもより硬さがとれた表情。

 どこか憂いを帯びた顔は、リリアナの美しさを際立出せていた。


 リリアナはそれ以上何も言わなかった。

 リリアナはアルゴの返事を待っている。


「それは……弱いからだと思います」


「弱い?」


「はい。俺たちは弱い生き物です。それなのに、この世界は大きすぎる。この世界には沢山の悪いことがあって、数えきれないほどの恐怖があります。怖すぎてなにもできなくなります。それは、俺たちが弱いからです。だから……祈るんだと思います。祈ることで神に……何か大きな存在に弱さを預けるんです。そうじゃなきゃ、踏み出せないから……」


 アルゴの答えを聞いて、リリアナは僅かに驚いたような表情をした。


「……面白い考えです。それもまた、一つの答えなのでしょう」


「リリアナさんは……何故だと思いますか?」


「私はその答えを持ちません」


「え?」


「私は祈りません。その必要がないからです。私の神は現世におります。ですから、神に捧げるのは祈りではなく、忠誠と忠義です」


 リリアナにとっての神。

 それが誰であるのか、アルゴはすでに知っている。


 リリアナは軽く溜息を吐いて言葉を続ける。


「ですが、その神は一度この世を去られた。あの時は……深く絶望したものです。しかし、私の神は不滅でした。神は……奇跡を用いて再臨なされた。そしてそのお姿を私に見せてくださった。まさに神の御業。そのような存在を神と呼ばずして何と呼ぶのでしょう?」


「……」


「語りすぎてしまいましたね。私に用があったのでしょう? お聞きします」


「……はい。クロエさんのことで……」


 アルゴはリリアナに語った。

 クロエに怪我のことがバレてしまったと。

 怪我を負わせた人物が誰なのか、それをクロエに知られてしまったと。


 アルゴの話を聞いて、リリアナはゆっくりと立ち上がった。

 そして、胸に手を当てて僅かに頭を下げた。


「貴方の怪我について、改めて謝罪をします。あの時の私は冷静ではなかった。申し訳ありませんでした」


「いえ、気にする必要は……と言いたいところですけど、その謝罪は受け取っておきます。明日はクロエさんのことを刺激せず、うまく立ち回ってください」


「……了解しました」


「じゃ、じゃあ……伝えたいことは伝えましたので」


「はい」


 アルゴはリリアナに別れを告げて歩き出した。


 だが、数歩進んで足を止めた。


「ここを出れたら、話をしませんか?」


 首を傾げるリリアナにアルゴは続ける。


「お互い、わだかまりがあると思います。リリアナさんが俺を……人族を嫌っていることは分かっていますが、ここを出たら顔を突き合わせて話をしましょう。全部、吐き出しましょう。暴力はナシです。言葉のみで。どうでしょう?」


「……何故でしょう? 私は貴方に暴力を振るったのですよ? そんな私と……何故?」


「多分……俺たちは似ています。俺とリリアナさんは同じものを見ている。だから、リリアナさんのことを嫌いになれません。仲良く……したいです」


 少し照れながら言うアルゴの瞳は、純粋な光を宿していた。


「……フフッ」


 リリアナは笑みをこぼした。

 そして、僅かに笑みを浮かべながら言う。


「なんだか毒気を抜かれてしまいますね。いいでしょう。ここを出たら……是非」


「約束……ですよ?」


「はい。約束です」

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