165.縛り
神々が人類に授けた術の中で、代表的なものが二つある。
「それは魔術と法術だ」
そうベリアルが発言し、リリアナは尋ねる。
「法術?」
「ヤーッ。何故か地上では廃れちまっているようだがな、法術ってのは言ってみれば他者との間で結ぶ契約のことだな。魔術は個人で完結するものだが、法術は違う。さっきも言ったが法術は契約。契約ってのは双方で取り交わす約束事。その内容に不都合なものがあったとしても、それを上回る利点があり、かつ双方が納得すればそれは為される。ああ……その不都合なもののことを呪いって呼ぶ奴もいるな」
「なるほど、話が見えてきました。地上のドワーフたちに呪いをかけたのは、やはり貴方でしたか」
「人聞きの悪い言い方はよしてくれよ。双方同意の上での契約って言っただろう?」
「……何故、ドワーフたちと契約を?」
「あれは……百年前だったか? それとも千年前だったかな? 神は時間の感覚が曖昧だからな……まあ昔の話だ。昔、ドワーフたちがここにやってきた。そしてオレっちに助けを求めたんだ。ドワーフたちは他部族に滅ぼされそうになっていたみたいでな、オレっちに敵を討つ力を授けてくれって泣きついてきたんだ。オレっちは慈悲深い神だからよう、ドワーフたちに力を与えてやったのよう」
「それが契約ということですね?」
「そう、それが契約。勘違いして貰っちゃあ困るが、オレっちは切り分けた一部にすぎない。だから、本来のオレっちよりかなり力が落ちてる。それに二神の縛りもあるしな。とにかくオレっちがいくら神だからって、無条件、無制限に力を与えることはできない。力を求めるのなら、それ相応の代償が必要ってわけ」
「理解しました。では教えてください。ドワーフたちの代償とは?」
「ドワーフたちが敵を討ち、その暁に繁栄を遂げたのなら、ドワーフたちの末裔はオレっちの思うままに行動せよ。その約束事をドワーフたちは受け入れた」
それを聞いてクロエは、目を鋭く光らせた。
「ニャるほど。じゃあやっぱり、アスガルズ王国のドワーフたちにイオニア連邦を攻めさせているのは―――」
「ああ、そうだ。オレっちさ」
「なんでニャ? なんでそんことをさせるニャ?」
「まあ待ってくれよ。そんなに殺気立たないでくれ。オレっちだって、好きでやらせてるわけじゃねえよ。本来なら、オレっちがここを出た時のための契約だったんだ。オレっちも本位じゃないのよ」
「どういうことニャ?」
「あいつだよ。オレっちを負かしたもう一人の神。そいつがオレっちに命令しやがったんだ。ドワーフたちにイオニア連邦を襲わせろってな」
リリアナが尋ねる。
「それは何故?」
「知らねえよ! あいつの考えてることなんてオレっちには分からねえ。だけどオレっちはあいつの言う事を聞かないといけねえ。そういう縛りだからな」
「いくつ縛りがあるのですか? それを解除する方法は?」
「縛りはここから出られないことと、言う事を一つきくこと。後者の縛りは解かれた。もうドワーフたちに指令を与えたからな」
ベリアルは一呼吸して続きを言う。
「それでだ。解除する方法だけどよ。オレっちに縛りを与えた神が、自ら縛りを解けば解決だ」
「それは……可能なのでしょうか?」
「まあ、難しいだろうな。まず奴がどこにいるか分からねえし、奴が縛りを解くとも思えねえ」
「他の方法は?」
「ああ。俺っちを殺せば縛りは解かれる」
静寂が訪れた。
ベリアル―――神を殺す。
それは可能なのか。
アルゴは考えを巡らせる。
この距離なら、一太刀でベリアルの首を落とせるような気はする。
だが、問題は二つ。
一つはベリアルが神であること。
人の身で神を殺すことができるのか。
超越者を地上のちっぽけな存在がどうにかできるのか。
甚だ疑問だった。
もう一つは気持ちの問題。
ベリアルは友好的な姿勢を見せている。
試験はあったが、自らの正体と置かれた状況を丁寧に説明し、こうして食事まで用意してくれたのだ。
悪人、もとい悪神とは思えない。
どうしても殺害を躊躇ってしまう。
バチン、と音が聞こえた。
ベリアルが手を打った音だった。
「ヨーヨーッ。そんな辛気臭い顔すんなって。安心してくれよ、オレっちはキミらになら殺されてもいいと思っている」
その発言に、アルゴは目を丸くして答えた。
「え、いいんですか?」
「ああ、いいぜ。実のところよ、オレっちはこの生活に飽き飽きしてたんだ。だけど神ってのは面倒な存在でな。自決を選ぶことも、他人にわざと殺されることもできない。これは神に元々備わっている縛りだな。自分とこの世界双方で取り交わされた縛りさ」
「えっと、他人にわざと殺されることもできないってことですけど、真剣勝負で殺されることはアリってことですか?」
「その通りだぜ。だから決闘だ。オレっち対キミらでな」
その発言にアルゴたちの殺意と敵意が上がる。
空気が冷えるような雰囲気の中、ベリアルは飽くまで友好的だった。
「まあ、慌てるなって。決闘は明日にしよう。今日はオレっちが飽きるまで話し相手になってくれよ。これが最期かもしれないんだ。なあ、それぐらいはいいだろう?」




