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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第一章

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17.領主の館で

 サルディバル領主の館は、小高い丘の上に存在した。

 白い石で造られたその館は、周囲をコルクガシという樹木に囲われるようにして建っている。

 白と緑。人工物と自然との調和が、見事に合致していた。


 アルゴとメガラはベインに案内され、この領主の館へと至った。

 館の正門前で、館の使用人と思われる壮年の男に出迎えられ、館二階客間へと通された。


 使用人は「少々お待ちください」と言って、客間から出て行った。

 残されたアルゴ、メガラ、ベインの三人は、肘掛け付きの長椅子に腰を下ろした。


 部屋を見回しながらメガラは言う。


「フン。随分と儲けているようだな、領主様は」


 客間には高価な家具や調度品が並べられており、領主の財力の高さが示されていた。


「そりゃあそうさ。サルディバル領といえば、ミュンシア王国で一二を争う大きな領だぜ。その財力は相当なもんさ。けど……」


「けど?」


「嬢ちゃんが考えているほど余裕はねえ。銀山の問題もあるが、なによりもアルテメデス帝国の奴らが課してくる税が厄介だ」


「税だと?」


「そうだ、重税だ。これには領主様も頭を悩ましてる」


「ほう、重税とな?」


「ああ。何かに理由つけて税を課してきやがる。なかでも防衛準備税ってのはふざけてる。その名目は、他国からの侵略に備えるための資金ってことだが、今やアルテメデスは超大国だ。そんな超大国を侵略しようとする国なんてありやしねえ。しかもそれを、ミュンシアの人々が肩代わりしなきゃならねえってのは納得できねえ」


「ふむ。確かにふざけているな。だがまあ、大国を維持するには莫大なルグが必要だ。国を運用する資金が満足に得られず、一度脆い箇所が露わになったのならば、その弱みに付け入る国が現れるやもしれん。大国ゆえの悩みというやつだろうな」


「なんだい嬢ちゃん。えらく奴らの肩を持つじゃねえか」


「べつに。余は客観的事実を言ったまでだ」


「へ、そうかい」


 ベインは頭を掻いて、メガラから顔を背けた。

 そして、なんとなしに右隣りに目を向けた。


「―――て、寝てんのかよ、アルゴ」


 アルゴは、メガラとベインの話について行けず、長椅子の背もたれに背を預けて寝息を立てていた。


「おいおい。今から領主様と会うってのに……すげえな」


「ふむ。その豪胆さを褒めるべきか、緊張感のなさをしかるべきか。判断に悩むところだな」



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 館の客間で過ごすこと約一時間。

 使用人が客間を訪れ「旦那様のお時間が空きました」と言った。

 アルゴたちは使用人に案内され、領主執務室前に到着した。


 使用人が扉をノックすると、部屋の中から反応があった。

 使用人は扉を開け、アルゴたちに「お入りください」と言った。


 ベインを先頭に部屋に入った。

 ベインは言う。


「領主様、この者たちが協力者です」


 領主は執務机から動かなかった。

 体は不動。視線だけをアルゴとメガラに向けた。


 サルディバル領主、レアンドロ・サルディバルは白髪の老人だった。

 顔には深い皺。厳めしい表情。老人ではあるが、気力が漲っているように見えた。


 レアンドロはアルゴとメガラを一瞥したのち、ベインの方に顔を向けた。


「ベイン、これは何のつもりだ?」


「言いたいことは分かってます。見ての通り彼らは子供です。が、俺は真面目です。この少年、アルゴの強さは本物です。アルゴならキュクロプスを退治してみせるでしょう。そして、このお嬢ちゃんはメガラ。見た目は幼い子供ですが、とても賢くて―――」


 レアンドロは左手を掲げて、ベインを制止させた。


「もう一度問おう。何のつもりだ?」


「領主様、それはどういう―――」


「どういった了見で魔族を連れてきた?」


 レアンドロは、メガラを指差した。


「この娘は魔族だ」


「そ、そうです、その通りです。ですが彼女は特別です。俺たちには、この者たちの力が必要なんです」


「ベイン、そう言えばお前には直接言ったことがなかったな。私はな、魔族がこの世でもっとも嫌いなのだ」


「う、噂には聞いておりましたが……。い、いやしかし、好き嫌いを言っている場合ではありません! キュクロプス退治を急がねえと!」


「そうだ、急がねばならん。その通りだ。だから今決めた。アルテメデス帝国に協力を頼もう。お前には失望した。そんなみすぼらしい魔族なんぞ連れて来よって。私を馬鹿にするのも大概にしろ」


「だ、駄目です! アルテメデスの奴らに貸しをつくちゃいけねえ! そんなことしたら、奴らは見返りに無理難題を吹っかけてきますよ!?」


「私に意見するのか?」


「領主様! どうか冷静になって考えてみてください!」


「私は冷静だ」


 強固な姿勢を崩さない領主。

 ベインが言葉を失ったその時、使用人が口を開いた。


「旦那様。僭越ながら、意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」


 使用人は落ち着いた口調でそういった。

 聞き心地の良い低い声で、絶妙なタイミングだった。

 領主のことを最も理解しているのは、この使用人なのかもしれない。

 そう思わせるような雰囲気を使用人は纏っていた。


 レアンドロは、鷹揚に頷いて返事をした。


「よかろう」


「感謝します。わたくしは、旦那様のお気持ちを理解致します。しかし、サルディバル家にとって現状もっとも大きな問題はなにか、それを考えなければなりません」


「して、その問題とは?」


「それは、時、で御座います」


「時?」


「はい。今まさにこの時、この瞬間、サルディバル家は損失を被っております。もしキュクロプスが銀山に陣取っていなければ、今も銀山の採掘がなされていたでしょう。しかし、現状はご存じの通り。我々は、その損失を一刻も早く取り返さなければなりません。ことの問題は、失われた時はどうやっても取り返せないことにあります。ですから、尚のこと急がなければならないのです」


「至極真っ当な意見だな。だから私は申している。アルテメデス帝国を頼ろうと」


「旦那様。それでもやはり、問題は時間に御座います。アルテメデス帝国にキュクロプス退治の要請をしたとて、諸々の準備期間含め、退治がなされるのはおそらく、ひと月後といったところでしょうか。それでは損失が大きすぎるかと考えます」


「だから、この子供らに任せろと? こんな子供にキュクロプス退治が務まるとは到底思えんが」


 ベインが反論しようとするが、使用人がそれを止めた。

「ベイン殿、わたくしにお任せを」と言って続ける。


「旦那様。わたくしには、この者たちの実力を見抜くことはできません。しかし、ベイン殿がこうまで仰るのです。試してみる価値はあるのではないでしょうか? それに、時です。失われていく時を意識しなければなりません。どうでしょう、この者たちに期限を与えてみては。期限は三日。その間にキュクロプス退治がなされなければ、改めてアルテメデス帝国に要請すればよろしいかと」


 レアンドロは数秒間考えたのち答えを出した。


「よかろう。その案を採用しよう」


「その御判断に深く感謝致します」


 ベインは手を叩いて喜びの声を上げた。

 使用人に礼を言い、レアンドロに声をかけようとしたその時、レアンドロは言った。


「この子供らが黎明の剣と共に、キュクロプス退治を遂行することは認めよう。しかし、だ。私は魔族なんぞと金額交渉するつもりはない。支払う額はこちらで決める」


「りょ、領主様! それはあんまりです!」


 ベインが非難の声を上げた。

 それに続いて、使用人も声を上げようとする。


 その時、少女の大声が響いた。


「もうよい!」


 メガラが声を張り上げた。

 その声は間違いなく子供の声だったが、他者を従わせるような強い力が込められていた。


「もうよい。ここまでコケにされて黙っている余ではないわ。余はな、どうでもいいのだ。この都市がどうなろうと、余の知ったことではない。それが都市の選択ならば、余はそれを否定せん」


「ま、待ってくれ、嬢ちゃん! 領主様も再考を!」


 懇願するベインだったが、メガラはそれには反応しなかった。


「余はこの都市へと至る道中、平原で商人と出会った。その商人は言った。この国は種族差別の少ない国だと。その商人は余のツノを見ても嫌悪感を示さなかった。それどころか、余のツノを嬉しそうに触りおったわ。しかし、なるほど―――」


 メガラは、レアンドロを見据えて続きを言う。


「差別には濃淡差があるのだな。勉強になったよ」


 レアンドロもメガラを見据えて言う。


「気味の悪い子供めが。私にその商人の真似をしろと言うのか?」


「いいや、そうではない。お前の生き方を変えようなどとは毛頭思わん。お前が魔族を嫌う理由も、どうでもいい。ただ、余は覚えておこう。商人が余に語ったこと、そして今日、お前が余に吐き捨てた言葉を。余はこの先もずっと覚えておこう。だから、お前も忘れるな。余がいつまでも覚えていることを覚えていろ。それを、ゆめ忘れるな」


 そう語るメガラの紫の瞳が、いつにも増して強く光を放っているように見えた。

 そして、メガラは踵を返して一言放った。


「では、邪魔をしたな」


 それだけ言うと、この部屋から出て行った。

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