162.軟派な男
男の名はベリアル。
男自身がそう名乗った。
ベリアルの外見年齢は二十代。
細身だが、筋肉はよく引き締まっている。
頭髪は派手で、金色をベースに赤緑と三色からなる髪色は、まず地毛ではないだろう。
顔は整っているが、上品だとか高貴だとかいう印象はまるで受けない。
キザっぽい笑みと浮ついた態度が、この者の性格を表している。
「イヤーッ。イイねー、どっちもカワイ子ちゃんだ。猫の嬢ちゃんはクロエちゃん。ツノのお姉ちゃんはリリアナちゃん。うーん、どっちも好みだ!」
「クロエ、この男ちょっと苦手かも」
「私もです」
「おいおい! ツレないじゃない!? でも、それもまたイイねッ! イエッ!」
やたらとテンションの高いこのベリアルという男。
この者が何者なのか、それをアルゴたちはベリアル自身から聞かされていた。
ベリアルは、自身を神と呼んだ。
曰く、このダンジョン―――もといこの世界を創った神なのだと。
まったく信じられる話ではなかったが、ベリアルは奇跡を見せた。
ベリアルが手を叩くと、砂の上に倒れていた白髪の女たちが消え去った。
まるで、砂に溶けるように消えていったのだ。
ベリアルは白髪の女たちを砂人形と呼んだ。
ベリアルの力で創り出した人形なのだという。
その奇跡の力を間近で目撃したアルゴたちは、一先ずベリアルの話を聞くことにした。
幸いなことに、ベリアルに戦う意志はなかった。
ベリアルが言うには、このダンジョンは正確にはダンジョンではないらしい。
ダンジョンを模倣して創った異世界。それがこの場所の正体である。
ゆえあってベリアルは、この世界から出られないようだ。
ベリアルは、この世界に侵入したアルゴたちのことに気付いていたが、久方ぶりの訪問者ということもあって、観察と試験を実行した。
そして砂人形との戦闘―――試験を終え、ベリアルはよやくアルゴたちに接触した、というわけである。
それからベリアルは言った。
オレなら、キミらの目的を叶えてやることができるぜ。
アルゴたちの目的は、ドワーフたちに掛けられた呪いを解くこと。呪いの大元を破壊することだ。
この世界を創った神であるというのなら、確かにベリアルは何かを知っているはずだ。
ベリアルは更に言った。
まあ、そう慌てなさんな。久方ぶりの客人だ。まずは、オレの城に案内しよう。
そこでゆっくり話をしようや。
それを断る理由はアルゴたちにはない。
可能な限り早く呪いを解除したいが、ベリアルは貴重な情報源。
ベリアルに逆らわず、機嫌よく情報を吐いてもらうのが最上だろう。
ここまでで分かる通り、ベリアルは軟派な男だ。
とても超越的な存在だとは思えない。
アルゴはベリアルに不信感を抱きつつ周囲に目を向けた。
流れていく風景。
連続する弱い揺れ。
砂の上を滑るように移動するサンドワームの上にアルゴたちは乗っていた。
ベリアルが言うには、このサンドワームはペットとのことだ。
サンドワームの目的地はベリアルの居城。
アルゴたちは、このまま目的地へと向かう。
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砂上の楼閣という言葉がある。
どれだけ立派な建物も、砂の上に建っていたのでは容易に崩れてしまう。
すぐに崩れ去ってしまうという意味で、不安定で移ろいやすいもの、現実味のないこと、実現不可能なこと、などをさす言葉だ。
アルゴの目の間には、まさに砂上の楼閣が存在した。
砂の上に建てられた巨大な城。
石造りの巨大な城だ。
それは砂の上に建てられており、脆く崩れ去ってしまう不安定な城だ。
しかし、ベリアルはそれを笑いながら否定する。
「ハ―――ハハハッ! オレの城はそう簡単に崩れねえよ! なんたって神の居城だぜえ? 安心安全の快適な城さ! だから安心してくれよ、可愛い子ちゃんたち!」
「……それはよかったニャ」
「良かったですね」
「う―――ん! 反応が薄い! けど、いいぜえ! それでこそだぜ!」
ベリアルはハイテンションでその場で踊り出し、クルッと回った。
そして、体を止めて人差し指をアルゴに向けた。
「ところで……あー、アルゴって言ったかい? この城に男は入れたくねえんだが……そういうわけにもいかねえよなあ」
ベリアルは頭を掻いて溜息を吐いた。
「しかたがない。今回だけ特別だぜえ。まあ……よく見れば可愛い顔してるしなあ。ギリギリ許容範囲ってことで!」
「は、はあ……。ありがとう、ございます?」
「うんうん。感謝してくれよお! さあ、レッツゴー! だぜえ!」
そう言って、指を弾きながら上機嫌で歩き始めるベリアル。
アルゴたちは、ベリアルに続いて歩き始めた。




