158.空に昇る印
果てしなく続く砂の大地にて、アルゴは言葉を続ける。
「クロエさん……リリアナさんは悪い人じゃありませんよ。さっきのはあれは本心じゃないはずです。だから、戻ったら冷静に話し合いましょう」
クロエは返事をせずに黙々と歩き続ける。
この場にリリアナは居ない。
リリアナとは別行動だ。
「ク、クロエさん、聞いてください。俺たちは協力する必要があるんです。ですから、リリアナさんと―――」
「あの女の話はしないで」
ピシャリと言い放つクロエ。
有無を言わせないクロエの姿勢に、アルゴは頭を抱える。
まずい。かなりまずい状況だ。
クロエとリリアナの間に、深い亀裂が入ってしまった。
それは、深く刻まれた傷痕。元通りに修復するのは難しいだろう。
それでも、このままにしておく訳にはいかない。
だからアルゴは説得を続ける。
「クロエさん……リリアナさんは……」
クロエの背中を見つめながら、アルゴは言葉を止めた。止めてしまった。
言うべきことが見つからなかったから。
何を言うべきか分からなかったから。
俺は……駄目だな……。俺がしっかりしないと駄目なのに。俺は……。
「アルくん」
「……?」
「ごめんニャ」
「お、俺の方こそ、すみません。こうなる前に、二人を止めることができなかった……」
クロエは首を横に振って答える。
「アルくんは悪くないニャ。クロエも分かってるニャ。さっきのは多分、六対四ぐらいでクロエが悪いニャ。ちょっと突っかかりすぎたって自覚はあるニャ……」
「な、なら大丈夫ですよ! その気持ちがあれば、仲直りできるはず―――」
「でも無理! あの女だけは、絶対に―――無理!」
「……」
だけどそれでは、ダンジョン攻略は不可能だ。
三人で協力しなければ、この難局を乗り越えることはできない。
と、アルゴは言おうとした。
だが、それを口にできなかった。
当たり前のことを言って何になる。
それではクロエには響かない。
「心配しなくても大丈夫ニャ。クロエとアルくんが力を合わせれば、必ず攻略できるニャ」
「ですが……」
「クロエ頑張るニャ。精一杯頑張るから、アルくんは安心してニャ」
クロエにそう言われては、もう何も言う事ができない。
実際、クロエとリリアナの関係修復に力を注ぐより、クロエとの絆をより強固にした方がいいのかもしれない。
そう思ってしまった。
「は、はい……」
と力なく返事をした時、爆発音が響き渡った。
続けて空に火の玉が打ち上がり、最も高い位置で弾けた。
リリアナの魔術だった。
クロエと仲違いしたリリアナだが、それでも決まり事を守っている。
あれは印だ。
自分は無事だ、とリリアナは言っているのだ。
こんな状況にあっても律儀に決まり事を守るリリアナ。
それはリリアナの良いところだ。
生真面目で規則を重んじる性格。
多少頑固なところはあるが、決して悪人ではない。
だからアルゴは、リリアナのことが嫌いになれなかった。
例え嫌われていたとしても。殺意を向けられるほど憎まれているとしても。その気持ちが変わることはない。
再び打ち上がる火の玉を見つめながら、アルゴはそう思った。




