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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第五章

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157.一触即発

 照り付ける太陽。

 舞い上がる砂。

 三人は砂漠を進む。


 ここはダンジョンだが、何故か魔物が出現しない。

 このダンジョンに踏み入ってから、魔物に遭遇していない。

 ゆえに、体力を温存して進むことができている。

 それに、食料と水は十分持ってきている。

 肌を焼く暑さは厄介だが、体力のあるアルゴたちにとっては、大きな問題ではない。


 水晶を辿って砂漠を進むだけ。

 余裕、と言ってもいいのかもしれない。


 リリアナは、一番後ろを歩いていた。

 アルゴとクロエの背中を視界に入れながら、歩みを進める。

 リリアナは今回初めてダンジョンに潜った。

 それなりに覚悟していたが、肩透かしを食らったような気分だ。


 リリアナは、魔物と接敵した場合の自分の立ち回りを考えていた。

 得意な立ち回りは、前線で敵を引き付けるタンクだ。

 敵の攻撃を盾で防ぎ、反撃のメイスで敵を粉砕する。

 そういった戦い方でこれまで戦果を挙げて来た。

 一応、魔術も扱えるが、それよりも前線に出て戦いたい。

 前線で体を張ること以上に、生を実感できることはない。

 その瞬間こそが、命の最も輝く時。そう思っている。


 しかし今、その機会は訪れない。

 魔物……敵がいない。

 だから活躍の機会がない。


 順調に進めるのだから、それは良いことだ。良いことのはずだ。

 だというのに、それを心から喜べないのは何故だ。


 いや、分かっている。

 溜まっているのだ。

 黒く、もやもやした何かが。胸につっかえた何かが。

 だから、それを開放したい。

 魔物相手に、思う存分。


 だけど、魔物はいない。

 だから、代わりが必要だ。

 代わりとなる敵が。


 ああ……まただ。

 私は……また。

 黒い感情が、また湧き上がってくる。

 憎い。人族が。憎くて憎くて……。


 リリアナの視線が、自然とアルゴの背中を捉えた。


 だめだ。抑えろ。


 リリアナは理性を総動員させて、どうにか殺気が漏れ出るのを抑えた。


 その時、リリアナは気付いた。

 前を歩くクロエがチラリとこちらを覗いたことに。


 それは一瞬だけだった。クロエは再び、前に目を向けて歩き続ける。

 それだけだ。一瞬こちらを向いただけ。

 だが、クロエから向けられた眼差しには、間違いなく警戒心が現れていた。


 今、砂の大地を歩くのは三人。

 しかしリリアナは、この世界には自分しか存在しないような気がした。


 果てしなく続く砂の世界に、たった一人だった。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 順調に進むダンジョン探索。

 しかし、ここで問題発生。


「ニャい! 水晶がニャ―――い!」


 砂の大地にて、クロエは力の限り叫んだ。

 だが、どれだけ叫んでも現状が変わることはない。


 目印としていた水晶が突然途切れた。

 周囲を見渡してみても、先を示す水晶の存在を確認できない。

 後ろを振り返れば、これまで目印にしてきた水晶はある。

 ゆえに、ここまでは間違っていないはずだ。


「ど、どうしよう!?」


 と慌てるクロエに、リリアナは冷静に応じた。


「落ち着きましょう。道を示す水晶が途切れたということは、ここが終点なのかもしれません」


「ニャるほど。でも、ここにあるのは砂だけだニャ……」


 リリアナは、顎に指先を当てて砂の大地を見据える。


「そうですね……」


 この場所にあるのは砂だけ。

 他には何もない。


「この下に、何かがあるのかもしれません」


 砂を軽くつま先で蹴り上げて、リリアナはそう言った。


 それを聞いてアルゴが口を開いた。


「この下ですか……。穴を掘ってみますか?」


 そのアルゴの問いに対し、クロエは言う。


「うーん。深く掘るのなら、たった三人じゃ時間が掛かりすぎるニャ。でも、他に策もニャいし、やるしかない……かニャ」


 頭を悩ますクロエにリリアナは提案をする。


「それは最後の手段にしましょう。ここを始点にして、先を示す水晶を探すというのはどうでしょう? 目に見える範囲に水晶はありませんが、もっと離れた位置にあるのかもしれません。今まで水晶は一定の間隔で並んでいましたが、ここから先は違う。という可能性です」


「ニャるほど。クロエはそれに賛成だニャ」


「俺も賛成です」


「では決まりですね。三人で固まって探索していたのでは効率が悪い。ここからは、三手に分かれて探索を行いましょう」


「待ってニャ。ここはダンジョンだニャ。バラバラになるのは危険だと思うニャ」


「ですが、これまで魔物は現れませんでしたし、危険もありませんでした。私は問題ないかと思います」


「で、でも、もし迷ったらどうするニャ? こんなに広いんだよ? もしかしたら、二度と合流できないかもしれないニャ」


「地形情報を頭に入れながら探索を行えば、迷うことはないかと」


「それはクロエにはできないニャ!」


「では頃合いを見て、私が魔術を使って空に印を上げます。クロエさんたちはそれを目印に私の所まで来てください」


「ちょっと甘く考えすぎだと思うニャ。もう一度言うけど、ここはダンジョンだニャ。何が起きるか分からない魔境だニャ。今までは危険はなかったけど、ここからは違うかもしれないニャ。これ、さっきリリちゃんが言った言葉だニャ?」


「……」


「どうしたニャ?」


「いえ。文句ばかりだな、と思いまして」


「文句? クロエの言ってることって文句になるのかニャ?」


「私にはそう聞こえますが」


「違うニャ! これは文句じゃなくて心配! クロエは皆のことを思って―――」


「私は、それなりの覚悟を持ってここにいます。お二人もそうだと思っています。ならば今こそ、それを奮う時かと。ここから先はリスクを取らなければならない。でなければ、好機は転がってきません。違いますか?」


「違うニャ。勇気と蛮勇は別物。リリちゃんのやろうとしていることは後者。死ぬことに喜びを見出す軍人らしい考えだニャ。クロエはそういう考えが嫌いだニャ」


「いま……何と言いましたか?」


「ニャあ?」


「―――栄えある連合軍人を貶めたのかと訊いている! 獣風情に貶される謂れはないぞ!」


 リリアナの怒声に、クロエはたじろいだ。

 だがそれは一瞬。すぐさま怒りが湧き上がる。


「……よく分かったニャ。最後の一線を踏み越えたな……リリアナ・ラヴィチェスカ」


 クロエはベルトに下げた革袋からダガーを取り出した。

 リリアナは背中に背負ったメイスのグリップを握る。


 二人の瞳には明確な殺意が浮かんでいた。

 一触即発。張りつめる空気。

 お互いの武力がぶつかり合う、と思われたが、この場にはもう一人いた。


「ま、待ってください! 二人とも落ち着いてください!」


 クロエとリリアナが何か言い出す前に、アルゴは言葉を続ける。


「こうしましょう! 俺とクロエさんは一緒に行動する! リリアナさんは単独行動する! リリアナさんは、定期的に魔術を使って印を上げてください! そうすれば離れていても、無事を確認できますから!」


 クロエとリリアナは、お互いを睨みつけたまま。

 その様子を見て、アルゴは更に続ける。


「お、俺が何とかします! 俺が頑張りますから、どうか穏便に!」


 もはや根拠も何もない。

 それでも、アルゴは必死に言葉を続ける。


 もう何でもいい。とにかくこの場を切り抜けなければ。

 これほど必死になったのは、もしかすると人生で初めての経験だったかもしれない。

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