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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第五章

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156.砂地の水

 砂漠にオアシスが存在した。

 砂の大地に存在する緑地。

 地下水が湧き出し、大きな水たまりができている。


 アルゴたちは、オアシスで一時休息をとることにした。


 オアシスには水がある。

 アルゴは、両手ですくって水を飲んだ。


「うん。美味しい……」


 普段口にしている水よりも美味しい。

 心なしかそう感じた。

 不純物が少なく澄みきった水だ。


 それにしても。とアルゴは思う。

 砂の大地にこんな場所があることに驚いた。

 この地がダンジョンという特異性ゆえなのかとアルゴは思ったが、それをクロエは否定した。


 クロエは、地上にも砂漠は存在すると言った。

 そして、地下から自然に水が湧き出した場所をオアシスと言うのだと。


 その時、砂を踏みしめる足音が聞こえ、それと共にクロエの声。


「アルくーん! どこー!?」


 アルゴは植物をかき分けて顔を出す。


「ここです」


「ああ、そこにいたのニャ」


「はい。どうかしました?」


「うん。これからのことを三人で少し話し合おうって思ってニャ……」


「分かりました。では、リリアナさんの所に行きましょう」


「待って」


「え?」


「ちょっと……待って」


 クロエはそう言って、視線を空に彷徨わせた。

 そして、水溜まりの方まで歩き出し、地面に両膝をつけた。

 それから顔を水溜まりに近付けて、舌を出してチロチロと水を飲み始めた。

 その所作は、まるで猫のようだった。


 アルゴはクロエの姿をただ見ていた。

 何も言わなかった。なんとなく、クロエの言いたいことが分かるような気がしたから。


「やっぱり……よくないよねえ……」


 水を飲み終わり、独り言のように呟くクロエ。

 そのクロエの呟きに、アルゴは反応した。


「リリアナさんとのこと……ですよね?」


 クロエとリリアナの関係が急速に悪化している。

 正面切っての言い争いではない。

 それは怒りの炎をぶつけるような戦いではなく、つめたく冷えた戦い。


 交わす言葉は必要最低限。

 精神的にも物理的にも一定の距離を取り、お互い気を許すことはない。

 クロエとリリアナの戦いは、そういった戦いだった。


 それはダンジョン攻略に於いては致命的だ。

 必要以上に仲良くする必要はない。

 だが、仲間を信頼できなければ、たった三人しか居ないこのパーティーは機能不全に陥ってしまう。


 それでもアルゴは、クロエとリリアナの態度を咎めることができなかった。


「俺のせいですね……」


 アルゴは気付いていたのだ。

 時折、リリアナから向けられる憎悪と殺気。

 それを強く感じたのは、アスガルズ王城の武器庫でだ。

 それからだ。クロエとリリアナの冷戦が始まったのは。

 この二つの事象を結び付け考えることは、特別難しくない。


 アルゴの発言を聞いて、クロエは猫耳をピンと持ち上げた。

 それから、慌てたように言う。


「ち、違うニャ! 絶対、アルくんのせいじゃないニャ!」


 その後クロエは、猫耳をしゅんと折り曲げた。


「……クロエのせいだニャ。リリちゃんに、ちょっと言いすぎちゃったニャ。なにか別の言い方があったかもしれないニャ……。いやでも、やっぱりクロエは間違ってないような気もするし。うーん」


「クロエさん、ありがとうございます」


「ニャ?」


「クロエさんは、俺を守ってくれたんですよね? だから、ありがとうございます」


 クロエは視線を地面に向けて答えた。


「う、うん……。クロエはアルくんを守ったニャ。いや、守りたかったニャ。でも、余計なお世話だったかもしれないニャ。アルくんは強い。クロエが守る必要なんてないニャ」


「いや、そんなことは―――」


「それでも、クロエは怖かったニャ。アルくんは優しいから……だから、もしリリちゃんに殺されそうになった時、アルくんは抵抗せずに殺されることを選ぶんじゃないかって、一瞬だけそう頭によぎったニャ。それが怖くて、リリちゃんに……」


 クロエは息を吸い込み、視線を上げた。


「ねえ、アルくん。アルくんは死なないよね?」


 怯えたような表情をするクロエを見て、アルゴは息を呑んだ。

 不安気で、何かに縋りつかなければ倒れてしまいそうなクロエの姿は、アルゴが初めて目にするものだ。


 いま、アルゴの心に湧き上がるのは、純粋な感謝と敬愛。

 だからアルゴは強く言い放った。


「死にません。俺は絶対に、死にませんから」


 それを聞いてクロエは、柔らかく笑った。


「よかった……」


 と囁くように言って、クロエはアルゴに近付いた。

 そして、額をアルゴの胸に埋めた。


「絶対に……絶対に……だよ……」


「はい。絶対です」


「ありがとニャ、アルくん。それから、ごめんニャ。リリちゃんとのことは、もう少し待って欲しいニャ。もう少し、時間が欲しいニャ」


「はい。分かりました……」

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