154.武器庫にて
通路の奥に鉄の扉があった。
「ここだ」
ドワーフの兵士が立ち止まってそう言った。
リリアナは何も言わずに扉を見つめた。
扉は開放されていた。
扉の奥には、細長い通路が続いている。
「行くぞ」
と言って、ドワーフの兵士はまた歩き出した。
リリアナはその後ろをついていく。
通路の奥には、黒い壁に囲まれた広い部屋があった。
この部屋が何のために存在するのか。
それは明白だった。
部屋には無数の武器。
壁に掛けられている武器もあれば、木箱に無造作に入れられている武器もある。
剣や槍。斧や鎌。短剣や棍棒。
様々な武器が保管されていた。
ここは武器庫だ。
部屋を見回すリリアナに、ドワーフの兵士は声を掛けた。
「俺はあっちにいる。好きに選べ。だが、あまり時間をかけるなよ」
ドワーフの兵士は、部屋の隅を指さしてそう言った。
「感謝します」
リリアナがそう返事すると、ドワーフの兵士は離れていった。
ここに来た目的は、武器を選ぶためだ。
無論、ダンジョン攻略に使用する武器だ。
これはドワーフたちの計らい。
ドワーフたちも、リリアナたちがダンジョン攻略を果たすことを願っている。
それを言葉にすることはできないが、こうして武器を貸し与える行為こそがその証拠だ。
リリアナは壁に掛けられている武器を手に取った。
ズシンと手に馴染む重み。
それは金属の塊。メイスだ。
無骨で余計な飾りのない殴打用の武器。
「これは良い物ですね」
メイスを軽く振り、そう呟いた。
メイスの質を確かめたのち、周囲に目を向けた。
目的の物を見つけ、リリアナはその方向へ歩き出す。
壁に立て掛けられている金属の盾。
楕円型の中型の盾だ。
「これも良い物です」
リリアナは盾を左手で構え、また独り言を漏らした。
こうして戦う道具は決まった。
メイスと盾。相手の硬い防御を粉砕するメイス。
逆に相手の強力な攻撃を防ぐ盾。
攻守ともに隙はない。
質の良いメイスと盾を見つけて満足するリリアナ。
もう一度メイスを振って、調子を確かめた。
ブン、と風を切る音が鳴る。
「あっ、リリちゃん! 先に来てたのね!」
と背後からクロエの声が聞こえた。
「クロエさん……。ええ、一足先に失礼しています」
「気にしなくて大丈夫ニャ! さあ、アルくん! クロエたちも選ぶニャ!」
「はい!」
クロエだけでなく、アルゴも一緒だった。
この二人は、割り当てられた部屋で少し休憩を取ってからここに訪れた。
「すごいニャ! 見たこともない物がたくさんニャ! アルくん、これどうやって使うニャ?」
「うーん。分かりませんけど、こんな風に―――」
「うわ! すごいニャ、アルくん! 流石だニャ!」
クロエとアルゴは、笑顔を浮かべながら武器を物色していた。
それはまるで、新たな玩具を与えられた子供のようだ。
暢気なものですね……。
リリアナは内心そう思った。
これから挑むのはダンジョン。
魔物が巣くう危険地帯。
間違いなく命の危険が伴う。
それになにより、自分たちにはイオニア連邦の命運が懸かっている。
だというのに、クロエとアルゴの二人に緊張感は見られない。
ただの愚者か。それとも……強者の余裕か。
強者。
と頭に浮かび、リリアナは思い出した。
アルゴの戦闘力を。
バルナバルとの戦いで見せたアルゴの力。
あれは、人の域を超えているように思えた。
あの時起きたことを、リリアナは半分も理解できなかった。
アルゴの雰囲気が変わったと思った瞬間、バルナバルの身に何かが起きた。
何が起きたのか、それを言葉にすることはできない。
ただ、バルナバルの身に異変が起きたことだけは理解できた。
それと同時に、バルナバルの戦う意志は断たれた。
理解不能。あれはもう、理解の範囲を踏み抜いている。
危険ですね。
アルゴの背中を見つめながら、リリアナはそう思った。
あの少年は人族だ。そう、所詮は人族なのだ。
どれだけ強かろうが、いや、強いがゆえに危険だ。
人族は魔族とは相容れない存在だ。
今は仲間の素振りを見せているが、いつ裏切るか分かったものではない。
その時、リリアナの胸の内で黒い感情が漏れ出し始めた。
人族が憎い。人族が忌まわしい。人族が―――。
自然と歩き出していた。
音を立てず、静かに歩みを進める。
メイスを握る握力を強める。
鈍く光るメイスが、ゆっくりと持ち上がる。
「あッ! リリちゃん!」
それはクロエの呼び声だった。
リリアナは、ピタッと体を止めた。
同時に、リリアナの呼吸が再開を始める。
「そう言えばリリちゃん! 今日の夕食は何にしたニャ!?」
リリアナは、呼吸を落ち着かせる。
何かと思えば、夕食の話か。
驚かせてくれる。
リリアナたちは、カストゥールから部屋を与えられている。
待遇は良く、豪華な食事も与えられる。
夕食は、数種類ある品目から選べる仕組みだ。
クロエは己の好奇心から、何を選んだのかリリアナに尋ねただけ。
「いえ……まだ決めてません」
「そうニャの? クロエはねえ―――」
とクロエは選んだ料理を口にし始めた。
クロエは、そのままリリアナの傍まで近づく。
するとクロエは、リリアナだけに聞こえるように声を落として言った。
「ねえ、クロエの勘違いだったらいいんだけど……」
「はい?」
「いま、リリちゃん……何かしようとしてなかった?」
「何か……とは?」
「それ、口にした方がいい?」
「……」
リリアナとクロエの視線が交差する。
約三秒後、リリアナは視線を落として言う。
「何も……私は何もしていません」
「そう……」
クロエは、スッと目を細めて言う。
「ならいいニャ。リリちゃんがそう言うなら、そういうことにしておくニャ」
「私は本当に―――」
「ああ、リリちゃん。これは言っておかなきゃニャ。クロエは、アルくんに強い思い入れがあるニャ。リリちゃんにもリリちゃんの事情があることは分かってるニャ。だけど、クロエはやっぱりアルくんの味方だニャ」
「それは……分かっております」
「いいや、分かってないニャ」
「分かっていますよ。私とクロエさんの付き合いは短い。正直に言って、私たちはまだ信頼関係を築けてはいない。アルゴさんの方に心が寄るのは無理もないこと」
「リリちゃん、ごめんニャ。クロエの言い方が悪かったニャ」
「いいえ、何も悪いことはありません」
「ああ、違うニャ。ごめんニャ。はっきり言わないクロエも悪かったニャ。だから、ハッキリと言うニャ」
「……なにを?」
クロエの顔から全ての感情が消えた。
そして、その目は暗い穴底のようだった。
「次に同じことしたら、その時は殺すから」
クロエの突き刺すような言葉。
それは、実際に刃で刺されたような衝撃だった。
言葉を失うリリアナに、クロエは言う。
「ってことで、よろしくニャ!」
一瞬で態度を軟化させたクロエは、そう言ってアルゴの方へ駆けて行った。
遠ざかるクロエの背中を見つめながら、リリアナは拳を握りしめた。
そして、誰にも聞こえないような小さな声で言う。
「私は……間違ってない……」
リリアナは、独り言を続ける。
「だって……人族は、私の大切な人たちを奪ったじゃないですか……」




