16.本部で
サルディバル領内の都市、サン・デ・バルトローラ。
領内でもっとも栄えるこの都市は、美しい景観をしていた。
建ち並ぶ建物は石造りで、白い壁に赤い屋根。
統一感を重視するためか、どの建物も壁は白く屋根は赤い。
都市には幅の広い運河が流れており、その上に頑丈な橋が架けられている。
きちんと整備された街並み、という印象だった。
サン・デ・バルトローラ南東に位置する商業街に、アルゴたちは居た。
道の脇には商店が構えられており、武器を扱う店や、宝石や毛皮を扱っている店が複数存在した。
商店に挟まれる形で、傭兵団黎明の剣の本部は建っていた。
本部は細長い建物で、他の建物同様に白い壁に赤い屋根をしていた。
「さあ、着いたぜえ」
ベインはそう言って本部の扉を開けた。
内部は物が少なく、それなりに清潔感があった。
ベインは建物に入るとすぐに声を上げた。
「マルグレット! 戻ったぜえ!」
マルグレットと呼ばれた女は、浅黄色の髪をした若い女だった。
マルグレットは、奥に設置された受付で書類整理をしているところだった。
書類整理を中断し、顔を上げて返事をした。
「ベインさん! リューディアさん! ご無事でなによりです!」
嬉しそうな表情でそう言ったのち、マルグレットの視線はアルゴとメガラの方へ移動した。
リューディアがマルグレットに説明をした。
アルゴとメガラのことをかいつまんで説明。
「この少年が助っ人ですか……」
「驚くのも分かるわ。それでマルグレット、団長は居るかしら?」
「あ、はい! 団長なら団長室にいらっしゃいます!」
「ありがとう」
礼を述べたあと、リューディアはアルゴとメガラに言う。
「それじゃあ、団長室へ向かいましょう。君たちのことを団長に紹介するわ」
「よかろう」
メガラがそう返事し、リューディアは頷いた。
それからアルゴたちは、リューディアを先頭に階段で上に向かった。
三階に到達し、団長室と思しき部屋の扉をリューディアがノックする。
「どうぞ!」
野太い声が部屋の中から聞こえた。
扉を開けると、部屋の中には団長と思しき男が居た。
四十代と思われる男で、灰色の短い髪に灰色の顎髭。
大柄で四角い顔。優し気な相貌をしており、傭兵特有の荒々しい雰囲気は感じられなかった。
「よう、団長。戻ったぜ」
軽い口調でベインがそう言うと、団長は執務椅子から立ち上がった。
そのまま何も言葉を発さずベインの元まで歩き出し、太い腕でベインを抱きしめた。
「うおい! 苦しいぜ、団長!」
団長はベインから腕を放し、笑顔を浮かべて言った。
「よくぞ戻った、お前たち」
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アルゴたちは、団長室に設置された椅子に腰かけ、話し合いを進めていた。
団長の名はエトガル。
穏やかな性格で温和な態度は、傭兵というより迷える子羊を導く神父の姿を想起させた。
ベインとリューディアから事情を聴いたエトガルは、瞳から涙を流した。
「そうか……同胞らが、また逝ってしまったか……」
それを聞いてベインは、静かに声を発した。
「すまねえ団長。リコル村にはできるだけ急いだつもりだったんだが……間に合わなかった」
「いいや、お前たちのせいではない。全てはこのエトガルの責任。あの部隊は若手を中心に組んだ部隊だった。私の判断ミスだ」
消沈するエトガルに対し、リューディアは優しく声をかけた。
「やめて団長。キュクロプス退治を行う必要もあったから、経験の浅い若手の手も借りなければならなかった。それは皆承知していたはずよ。誰も団長を責められないわ」
「ありがとう、リューディア。それでも、私は団長だ。私は私の罪を償わねば……」
「待て待て団長。そうやって全部背負いこもうとするのは、アンタの悪い癖だぜ。それに、まだ何も解決しちゃいねえ。まだこれから、やらなきゃいけねえことが山ほどあるだろうがよ」
「そう……だな。罪を償うのは全て終わらせてからか……。すまなかった」
「そうだぜ。結局、リコル村を襲う脅威は、まだ取り除かれてねえ。このメガラの嬢ちゃんが言うには、団員たちを殺した強い魔物が、まだ村の周辺に潜んでいる可能性がある」
そう言うとベインは、メガラに視線を向けた。
メガラは言う。
「我らがリコル村に到着した時、団員たちの死体が転がっていた。そこに魔物の死体はなかった。であれば、団員たちは強力な魔物に一方的に蹂躙されたと考えるのが自然であろう」
ベインがその後を引き継ぐ。
「ってことだ。リコル村の調査は継続しなきゃならねえ。けど、その前にキュクロプス退治だ」
それを聞いてエトガルは、アルゴに視線を向けた。
「しかし、この少年が本当に……?」
ベインは強く主張する。
「このアルゴは俺たちの切り札だ! この少年が居れば、絶対に成功する!」
「そ、そうか……。よし分かった。そこまで言うのなら、お前たちと少年を信じよう」
アルゴは控えめに声を発した。
「よろしくお願いします……」
ベインはアルゴの背中を叩いた。
「ああ! 頼むぜえ、アルゴ!」
そしてリューディアがポツリと言う。
「これで残す問題は、あと一つね」
メガラは訝しげに問いかけた。
「何の話だ?」
ベインが答えた。
「あー、領主のことだよ。部外者に協力を求める場合、その協力者と領主を直接引き合わせる必要があるんだ。面倒だが、それが俺たちの決まりだ」
「ふむ。領主と金額交渉せねばならんからな。余は元よりそのつもりだ」
「あー、それがよお……。なあ、メガラの嬢ちゃん、嬢ちゃんはこの本部に残ってもらって、アルゴが交渉を行うってのはダメかい?」
「何故だ?」
「あー、それが……。まあなんだ、嬢ちゃんは幼すぎるしな……」
随分と歯切れが悪い。
メガラがそう思った時、アルゴが声を上げた。
「俺には交渉なんて無理ですよ」
ベインは言う。
「分かってるさ。だからアルゴは黙っているだけでいい。交渉は俺たちで行う。悪いようにはしねえさ。だから、な?」
「それは却下します」
「どうしてだ?」
「俺はメガラと一緒がいいです。一緒じゃなきゃ嫌です」
キッパリと宣言するアルゴ。
アルゴの強い意思を受け、ベインは黙り込んでしまう。
沈黙が流れた。
しばらくしてベインが口を開いた。
「どうしてもか?」
「どうしてもです」
アルゴの意思は固い。
ベインは大きく溜息をついた。
「しゃーねえか。団長、出たとこ勝負でいいかい?」
「少年の意思がそこまで固いならば仕方ないだろう。それに、我々の杞憂で終わる可能性もある」
「だな。噂は噂だ。案外上手くいくかもな」
意味深な会話をするベインとエトガル。
メガラは尋ねる。
「お前たち、さっきから何の話をしている?」
「ああ、いや、いいんだ。すぐに分かることさ」
そう言ってベインは立ち上がった。
「さあ、一旦話し合いは終了だ。まずは領主との調整が必要だな。交渉は早くて明日。それまで少年と嬢ちゃんは自由にしててくれ」
これで話し合いは終わった。
団長以外の四人は、団長室から退出した。
アルゴとメガラは、本部二階の客室を借り受けた。
客室には、ベッドが二つ並んでいた。
疲れた体を休めるため、アルゴはベッドの方へ歩き出した。
その時、アルゴは後ろから腰の辺りを打ち付けられた。
メガラがアルゴの腰を掌で叩いたのだ。
「……なに? メガラ」
「この甘えん坊めが」
「はあ? 何のこと?」
メガラはアルゴの問いを無視し、うつ伏せでベッドに倒れ込んだ。
そして、アルゴに聞こえないように小さく囁いた。
「お前に言われずとも、一緒に行くに決まっておろうが。馬鹿者」




