148.使者たち
そうして、和睦のための使者が決まった。
メガラの騎士、アルゴ。
魔族の女兵士、リリアナ。
そしてもう一人。
「クロエはヤル気十分ニャ!」
元気よく声を上げたのは、猫耳娘のクロエだ。
ガリア砦北側。真後ろにはガリア砦城壁。
乾燥した平地にて、クロエは肩を大きく回し始めた。
その様子を見てアルゴは言う。
「クロエさん、一緒に来てもらってありがとうございます。心強いです」
「いいってことニャ!」
クロエとて危険は承知だった。
これから敵陣に近付くのだ。
最強の少年が傍にいるとはいえ、油断や安心をすることは許されない。
自分の身を守れなければ、早々に命を落としてしまうだろう。
アルゴの胸中を察してか、クロエは声を張り上げて言う。
「大丈夫! クロエは強い! 絶対に死なない!」
「は、はい……」
「それに! 寒いからって砦の中に引きこもってたら、クロエは何のためにここまで来たのか分からないニャ! だから行くニャ!」
「……分かりました」
「分かればよし! あー、でもやっぱり寒いから……たまには抱きつかせてニャ!」
そう言って、クロエは勢いよくアルゴに抱き着いた。
「―――なっ」
クロエの不意打ちに戸惑いながらも、アルゴはクロエを優しく受け止めた。
「フフフッ。やっぱりアルくんは温かいニャ~。ずっと変わらずにいてニャ」
「は、はあ……」
とアルゴが気の抜けた返事をした時、馬の蹄の音が聞こえてきた。
馬上より女の声。
「お待たせしました」
アルゴとクロエに声を掛けたのはリリアナだ。
「来たニャね、リリちゃん」
「はい、来ました。ところで……何をしているのですか?」
リリアナは、アルゴとクロエの様子を見てそう尋ねた。
「え? 何って、クロエとアルくんの仲良しぬくぬく合戦だニャ?」
「理解不能であります」
「頭かたいニャー、リリちゃんは。まあいいニャ。三人そろったし、早速出発するニャ!」
「そうですね。さあ、この馬に乗ってください」
リリアナは、連れて来た黒い馬を指差してそう言った。
リリアナは白い馬に乗っているので、この時点では黒い馬には誰も乗っていない。
「分かったニャ! さあ、アルくんは後ろに」
「はい」
アルゴとクロエは、黒い馬の背に乗った。
クロエが前でアルゴが後ろだ。
「では、行きます!」
リリアナが馬を走らせた。
「行くニャ!」
クロエも馬を走らせる。
二頭の馬はすぐに速度を上げ、平地を進みだした。
アルゴは、馬上で後ろを振り返った。
城壁の上でこちらを見下ろす者たちが居た。
ガリア砦の兵士たちだ。
その中に混じって、メガラの姿もあった。
行ってくる。
アルゴは右手を翳し、メガラに意思を示した。
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乾燥した地面が広がっていた。
土と石の平地が続くが、遠くへ目を向ければ、天を貫くような山脈が聳え立っている。
あれこそがイオニア山脈だ。
山脈から吹きつける風は冷たい。
地面が凍り付くほどではないが、気軽に出歩けるような気温ではなかった。
風に煽られ、一本の旗がなびいていた。
旗に描かれているのは、ツノと瞳を象った紋章。
二本のツノの中央に瞳が描かれているその旗は、ルタレントゥム魔族連合の国旗である。
リリアナは、国旗を掲げながら馬を進めていた。
速度は遅い。
戦のしきたりに従い、旗を掲げながらゆっくりと前進。
前方より、大声が聞こえた。
「そこで止まれ!」
そう叫んだのは、浅黒い肌をした男だった。
背は低く、筋肉質。
顎髭を伸ばしたその男は、獣に跨っていた。
男が騎乗するのは、ノースバイソンと呼ばれる獣だ。
全身毛むくじゃらで、頭部からツノが生えている四足歩行の獣。
ノースバイソンは馬よりも背が低いが、体重は馬よりも重い。
馬に比べれば脚は遅いが、全身の厚い筋肉を活かした突進力は、馬とは比較にならないほど強力。
男はドワーフだ。
外見的特徴がそう物語っている。
男はリリアナと距離を取ったまま、続けて叫ぶ。
「ここから先は、俺たちの陣だ! それ以上進むのなら、討つ!」
男は威圧的な態度だった。
リリアナは動じない。
息を吸い込み声を張り上げた。
「こちらは三人のみです! こちらに敵意はありません!」
「では何の用だ!」
リリアナは少し疑問に思った。
何故、理由を訊くのだ。
我々が使者であることは明白なはずだ。
そう思いながらも、大声を上げた。
「私たちは、和睦の使者であります! そちらの大将に目通りをお願いしたい!」
それを聞いて男は驚いた様子だったが、やがて言葉を返した。
「俺を騙しているのか! お前たちの使者がどうなったかは分かっているだろう! また使者を送りこんでくるなど正気ではない!」
「それが私たちの主の御意思です!」
「主とは誰だ!」
「魔族の盟主、メガラ・エウクレイア様であります!」
リリアナの返答に男は黙り込んだ。
そして、チラリと背後を覗く。
男の背後には、ドワーフの陣があった。
陣の規模はそれほど大きくない。
敵軍を監視するために用意された簡易的な陣だった。
しばらく時が流れ、ようやく男は言葉を放った。
「そこで待っていろ!」
と言って、男はのノースバイソンを操って自陣に帰っていった。
「なんで戻っていったニャ?」
クロエは後ろのアルゴにそう尋ねた。
「さあ……なんででしょう?」
「陣に戻って、上官に判断を仰ぎに行ったのでしょう」
リリアナがそう答えた。
「ニャるほど」
リリアナの予想は正解だった。
男が戻ってきた。
複数の仲間を引き連れて。
男は言う。
「馬から下りろ!」
アルゴたちは言う通りにした。
素直に馬から下りた。
「両手を上げろ。武器を携帯していないか調べる」
アルゴたちは、また男の言うとおりにした。
ドワーフたちがアルゴたちの体を調べ始める。
「ちょっと、どこ触ってるニャ! 変態!」
「そう言われたって困る。もし見落としがあったら、俺たちが罰を受ける。それに、俺は獣人には興味ないから安心しろ」
とドワーフの男が返した。
「ニャー! 失礼なやつだニャ!」
「ど、どうしろってんだ……」
流石だな、クロエさん。
アルゴは、クロエの強気な態度に頼もしさを覚えた。
そして、リリアナの方へ顔を向けると、鉄仮面とも言える無表情が見えた。
リリアナは少しも表情を崩さない。
ピタリと体を硬直させ、表情が一切変わらないその様は、どこか人形のようであった。
「よし……いいだろう。ついてこい」
ドワーフの男がそう言った。
「馬はどうするのです?」
そのリリアナの問いに、ドワーフの男は馬鹿にしたように答えた。
「馬を気にするのか? まさか無事に帰れるとでも?」
「はい。思っています」
「……チッ」
動じないリリアナの様子にドワーフの男は苛立つが、やがて諦めたように言葉を返した。
「馬は仲間がここで見ている。これでいいか?」
「感謝します」
「分かったら行くぞ」
そして、ドワーフたちに囲まれながら、アルゴら三人は歩き出した。




