145.北部の状況
イオニア街道は、イオニア連邦の南部と北部を繋ぐ交通の大動脈である。
クロノア領から出立した千の兵士からなる軍隊は、イオニア街道を北上し、北部のセタリム領へと至った。
「う~、寒いニャ~」
そう言って、体を震わせているのはクロエだ。
イオニア連邦中部に入ったあたりから、一段と寒さが厳しくなった。
北部は寒さに弱いクロエにとっては過酷な環境であった。
「クロエさん、俺のコート貸しましょうか?」
そのアルゴの提案に、クロエは首を振る。
「大丈夫ニャ! というか、それを借りてしまったらアルくんが寒いでしょ!」
「だいぶ寒さに慣れてきたんで、俺は大丈夫ですよ」
「そう? じゃ、じゃあ……って駄目ニャ、駄目ニャ。アルくんに風邪でもひかれたら、クロエはメガちゃんに会わす顔がないニャ。アルくんはもっと自分のことを大切にするニャ。それに、これ以上着ぶくれしたら動けなくなってしまうニャ」
そう言ってクロエは、自分の体に視線を向けた。
何重にも防寒着を纏うクロエ。
着ぶくれした今の状態では、身軽な動きは難しいだろう。
「そう……ですか?」
「そうニャ。それに、もう開くニャ」
クロエは前方に視線を向けた。
前方には、石材で造られた高い壁。
そして、高さ約五メートルの巨大な扉
その扉がゆっくりと開いていく。
鋼鉄の扉は、軋みながら開門。
そしてクロノア領の軍隊が進みだした。
軍隊は列を乱さず、扉の先へと前進。
アルゴとクロエもそれに続く。
扉の先には町が存在した。
灰色の石材で造られた家が建ち並び、家に備え付けられた煙突から煙が上がっている。
町の規模はクロノアの町と同程度。
クロノアの町と同じく、このセタリムの町も田舎町といった印象。
「やった! やっと暖かい場所へ行けるニャ!」
そう声を上げ、クロエは走り出した。
そのクロエの勢いの良さにアルゴは呆気にとられてしまった。
「行っちゃった……」
あっと言う間に小さくなっていくクロエの背中を見つめていたが、やがてアルゴはクスッと笑った。
「元気だな」
軍隊は町の中を進み続ける。
軍隊の先頭には、スケイルリザードに騎乗する兵士の姿があった。
その兵士の後ろ、スケイルリザードの背の上に、魔族の盟主メガラの姿。
メガラは、スケイルリザードの背の上で周囲を眺め、軽く右手を上げた。
その直後、歓声が上がる。
魔族の盟主がこの町へやってくる。
という情報は、既に知れ渡っていた。
町は歓迎ムード。
魔族の盟主の復活と聞いて、町は沸き立っていた。
イオニア連邦の者たちにとって、アルテメデス帝国は長年の脅威だった。
ゆえにルタレントゥム魔族連合と同盟を結び、アルテメデス帝国と戦ってきたのだ。
しかし、ルタレントゥム魔族連合は敗北してしまった。
イオニア連邦は窮地に立たされる。
イオニア山脈と言う天然の城壁があるとはいえ、アルテメデス帝国に攻め込まれるのは時間の問題。
そう考えている者は少なくなかった。
それゆえに、ルタレントゥム魔族連合の再興はイオニア連邦の宿願でもあった。
再び、自分たちを守る壁の再建を。
魔族の盟主への期待は、大きく高まっていた。
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セタリム領北側に軍が展開していた。
数は約一万。
その軍は、イオニア連邦とルタレントゥム残党の混成軍である。
セタリム領は、北側から迫る脅威に晒されていた。
北側から迫るのは、ドワーフの軍だ。
ドワーフ軍の兵士の数は、約一万五千。
ドワーフ軍は、平地にて砦を築き上げていた。
その砦は、セタリム領の北側に存在する。
イオニア連邦とルタレントゥム残党の混成軍は、ドワーフの砦を落とすことを第一目標としている。
逆にドワーフ軍は、相対する混成軍を打ち破り、セタリム領に攻め入ることが目的であった。
混成軍もドワーフ軍と同様に砦を築き上げていた。
ガリア砦と呼ばれるその砦は、堅牢な砦―――とは言えない。
急造の砦は、突貫ゆえの問題を抱えていた。
砦を守る城壁の強度は高くなく、攻め込まれれば、そう時間をかけずに崩れてしまうだろう。
それでもまだガリア砦が無事であるのは、混成軍がよく戦っている証拠だ。
混成軍はガリア砦の北側平地にて、ドワーフ軍を押しとどめていた。
数ではドワーフ軍に劣っているが、イオニア全土から混成軍へ物資が供給され続けている。
物資が供給され続ければ、それだけ混成軍の戦闘力は継続される。
現在、混成軍とドワーフ軍は均衡状態にあった。




