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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第五章

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143.舞台上

 館一階。

 広間には長机が複数並べられ、その上に豪華な料理が置かれていた。


 今宵、館で開かれているのは、立食式のパーティーだった。

 広間には大勢の者がいた。館の使用人や、ルタレントゥムの幹部兵、クロノア領の権力者たち。


 広間の奥に人だかりができていた。

 その人だかりに囲まれているのは、魔族の盟主メガラ・エウクレイア。

 それと、メガラの隣に豹の獣人が居る。

 その豹の獣人こそが、この館の主、ディーガ・アンカートだ。


「ありゃー。メガちゃん、大変そうだニャ」


 人だかりの様子を眺めながら、クロエがそう言った。


 魔族の盟主を放っておく者はこの場には居ない。

 皆、メガラのご機嫌伺いに熱心になっている。

 この館の者たちは、メガラの姿を見て最初こそ疑念の目を向けていたが、今はメガラのことを魔族の盟主と認識している。

 大勢の護衛の兵士たちは揃ってメガラを崇め奉っている。

 その様子を見てメガラのことを軽く扱うことができる者は、ほとんどいないだろう。


 アルゴたちは、占拠したヴェラトス砦から出立し、ここまで辿り着いた。

 メガラの護衛についたのは、百人からなる魔族の部隊。

 その百人の部隊は、ルタレントゥム軍の兵士というよりは、ミレトの私兵だった。


 メガラとミレトは、話し合いを設けて決めた。

 アルテメデス帝国に対抗するためには、イオニア連邦に集結しているルタレントゥム残党軍をまとめ上げる必要がある。

 しかし障害があった。イオニア連邦の北側から、ドワーフたちが侵攻をしかけてきている。

 ルタレントゥム残党軍は、その侵攻を防ぐために戦力を裂いているという状況であった。


 メガラは、危険を承知で北部に進むつもりだった。

 理由はドワーフたちと戦うためではない。

 メガラの目的は、ドワーフたちとの和睦であった。

 早々に和平をなし、東へ―――つまり、アルテメデス帝国へ軍を進める必要があるからだ。


 ゆえにメガラは、ミレトから私兵を借り受け、イオニア山脈を越え、ここへとやってきたというわけだ。


 館一階広間にて、矢継ぎ早に話を振られるメガラの様子を見て、大変そうだなとアルゴは思う。

 だが、どうすることもできないので、広間の端で大人しくしていることにした。


 クロエはというと、机の上に並べられた料理を夢中で口に入れている。

 アルゴは、そのクロエの様子を見てクスッと笑いながらも、周囲の話に聞き耳を立てていた。


「ヴェラトス砦では、ネロ将軍が随分な活躍らしいぞ」


 そんな発言が聞こえた。


 ネロはヴェラトス砦に残り、アルテメデス帝国軍と戦っている。

 ネロが活躍していると聞いて、アルゴは僅かに笑みを浮かべた。


 ネロさん、頑張っているのか。


 共に戦った戦友の活躍を聞いて、アルゴは嬉しくなった。


「プラタイトの気温が急に下がったらしいぞ」


 あれほど暑かったプラタイトは、今や過ごしやすい気候となっているようだ。

 何故そうなったのか。アルゴには予想がついた。


 その理由は、アレキサンダーと戦ったあのダンジョンにある。

 あのダンジョン一部は、溶岩地帯となっている。

 それはアレキサンダーとまみえたあの洞窟だけでなく、広く溶岩が広がっているのだろう。

 溶岩地帯真上は、ちょうどプラタイトの位置だと思われる。

 アレキサンダーが消えたことで、溶岩地帯の環境が変わった。

 アレキサンダーの核が溶岩地帯を活性化させていたのだろう。

 その核が消えたため、溶岩が急激に冷え始めたのだ。

 ゆえに、ダンジョンから熱が消え、直上のプラタイトの気温が下がった。

 と思われる。


 そんな風に考えていた時だった。

 ふと視線を感じ、その方向へ目を向ける。

 離れた位置にいるメガラがこちらを見ていた。


 メガラはコクリと頷くと、周囲の者たちを押しのけて歩き出した。


 広間の者たちがざわめき出す中、メガラはアルゴの元まで歩みを進め、アルゴの右手首を掴んだ。


「え、な、なに?」


「来るのだ」


「な、なんで?」


「心配するな。お前は堂々としていればよい」


「はあ?」


 困惑するアルゴの腕を引きながら、メガラは広間の奥に足を進める。

 そして、広間の奥に設置された舞台に立った。


 メガラは、息を吸い込み大声を放つ。


「ちゅうも―――くッ!」


 少女の高い声が広間に響き渡る。

 奇行、ともいえるメガラの行いに、広間の者たちの視線が集まる。


「今宵、余とクロノア領主ディーガ・アンカートは契りを結んだ。今日より、我らは助け合い、輝かしい未来へと歩む! ルタレントゥムとクロノア―――イオニアの栄光は約束された!」


 堂々と声を張り上げるメガラへと、盛大な拍手が送られる。

 名前を上げられたディーガは、メガラへ一礼し、それから広間の者たちに応えるように右手を上げた。


 拍手の音が小さくなった時、メガラはまた口を開いた。


「敵はアルテメデス帝国。かの国は依然として脅威。しかし今、大陸の情勢は大きく変わろうとしている。帝国は今、追い詰められている。帝国を攻める者たちが現れたからだ。東側からは固く結びついた連合軍。西側からは、パルテネイア聖国を筆頭とした一大勢力。そして―――我らだ!」


 歓声が上がる。

 メガラの強い意志が、広間の者たちの熱気を上昇させる。


「今こそが好機だ! この機を逃すな! 我らは団結し、帝国へ―――」


 そこで急に、メガラは言葉を止めた。


「いや、すまない。喋りすぎるのは余の悪い癖だな。余の話はここまでにしよう」


 疑問を浮かべる広間の面々を置いて、メガラは舞台の端に視線を向けた。

 そこには、存在感を消すようにポツンと佇むアルゴの姿。


「何をしている。こっちに来い」


「い、いやあ……」


 今や広間の者たちの視線は、舞台上に集まっている。

 人前に立つことのないアルゴは、その注目の視線に委縮してしまった。


「案ずるな」


 メガラは優しい口調でそう言うと、アルゴの手を引いた。


「この者の名はアルゴ! アルゴ・エウクレイアだ! この者こそが、余をここまで導いた余の騎士だ! この者こそが、大将軍クリストハルトを討ち、大将軍アレキサンダーを滅ぼすことに大きく貢献した人物! この者こそが、勝利の担い手である!」


 広間の者たちの反応は様々であった。

 あからさまに懐疑的な表情を浮かべる者。

 あの子供がそうなのか、と小さく拍手を送る者。

 人族の分際で、と悪感情を向ける者。

 好意的な反応は少ない。


 うわあ……気まずいな……。


 とアルゴは肩をすぼめ、助けを求めるような視線をメガラへと向けた。


「フフッ。まるで子犬だな」


 そう言って笑い、アルゴの背中を軽く叩いた。


「ほら、一言ぐらい言い返してやれ」


「い、いやあ……」


「なんでもいい。好きなことを言え。余が許す」


 ポンと背中を押され、アルゴは前に押し出された。


 アルゴは見た。

 ここに集った者たちの顔を。

 年齢や種族はバラバラだった。


 広間の者たちは、アルゴが何を言うのか興味があった。

 アルゴに対して批判的な意見を持つものさえ、耳を澄ましてアルゴの言葉を待っている。


「アルくーん! 頑張ってニャー!」


 広間の片隅から大声が聞こえた。

 クロエだ。

 クロエが飛び跳ねながら、アルゴに手を振っていた。


 クロエの元気な様子を見て、アルゴはわずかに笑みを浮かべた。

 ほんの少しだけ緊張感が和らぐ。


 アルゴはもう一度だけ、メガラの顔を見た。

 メガラの優し気な表情。

 その表情を見て、アルゴは腹を据えた。

 何故だか、大丈夫だと思った。


 一言だけ何か言って、この場から離れよう。

 初めはそう思っていた。

 だが、今は違う。


 突いて出た言葉は、アルゴの思いだった。


「俺は……奴隷でした。ラコニスで、奴隷をしていました。奴隷だった時、俺はこの生活が嫌なものだとか、苦しいものだとか、そう思いませんでした。……いや、そう思わないようにしていました」


 一呼吸してアルゴは続ける。


「でも、今は違います。今になって考えるとあの生活は、やっぱり苦しいもので……。だから、やっぱりおかしいと思います。奴隷という仕組みも、それを作り出す人たちも。だけど、俺がそう思ってるだけで、実はそうじゃないのかもしれません。俺は何も分かってないから、俺は馬鹿だから、何が正しいのかよく分かりません」


 アルゴは一瞬だけメガラに視線を向けて、更に続ける。


「だから、俺は俺のことを信じていません。俺は、メガラのことを信じています。メガラは、アルテメデス帝国を倒し、全ての奴隷を開放すると言いました。それは、俺のやりたいことと同じです。俺は……この世界から奴隷をなくしたいです」


 言葉を区切り、広間の者たちを眺める。

 唾を飲み込み、また口を開いた。


「見ての通り、俺は子供です。頭もよくないです。何も知らないです。けど、少しだけ……ほんの少し、戦える力があります。俺は……戦えます。俺は、命を懸けて戦います。俺は約束します。最後まで……戦い抜くことを」


 アルゴは続けて述べる。


「だから皆さん、俺に……俺に……あれ? 俺、何を言おうとしてたんだっけ?」


 アルゴは咄嗟にメガラへ視線を向けた。


 どうすればいい? と助けを求めたのだ。


「しまらないな」


 とメガラは笑う。

 メガラは、笑みを浮かべながら拍手をした。


 パチパチと。小さな拍手だった。


 拍手の音が次第に大きくなっていく。


 それは、広間に集った者たちの応えだった。

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