142.イオニア連邦南部にて
イオニア連邦南部地域のクロノアは、イオニア山脈から吹く冷たい風により、厳しい寒さに見舞われていた。
と言っても、雪が降る程ではなく、寒冷地に住む者から言わせればまだ暖かいほうなのかもしれない。
しかし、寒い地域に住んだことがないクロエにとっては堪える寒さだった。
「う~、寒いニャ~」
それなりに大きな館のそれなりに広い室内で、クロエは震えていた。
室内には高価な家具や調度品が置かれてはいるが、過度な装飾は施されておらず、クロエにとっては丁度良い居心地だった。
それだけに、この寒さは問題だった。
柔らかなクッションが敷かれた長椅子に座り込み、クロエは自分の体を抱きしめていた。
ガタガタと震え続けるクロエはその時、音を拾った。
猫耳がピクッと動き、音の正体を確かめる。
誰かの足音。誰かがこの部屋に近付いてくる音だ。
そして、足音が止み、この部屋の扉が開いた。
扉を開けて部屋に入ってくる者の姿を見て、クロエは勢いよく立ち上がった。
「アルくーん! 遅いニャ!」
クロエはそう叫び、勢いよくアルゴに抱き着いた。
「―――っと」
アルゴは冷静にクロエを受け止めた。
クロエのスキンシップの激しさにはもう慣れてしまった。
「ごめんなさい、クロエさん。ちょっと迷っちゃいまして。こう広いと、用を足すのも一苦労です……」
「あー、やっぱり人肌はあったかいニャー」
クロエはアルゴの言葉には返事をせず、アルゴの胸に顔を埋めている。
「あ、あの……」
本当に猫みたいだな。
と、クロエの温もりを感じながらアルゴはそう思った。
猫を飼ったことはないが、猫がいればこんな感じなのかもしれない。
相手の都合などお構いなしに、自分のやりたいようにやる。
それが猫であり、今のクロエがまさにそんな様子であった。
「そんなに寒いですかな?」
そう尋ねたのは、白い毛を纏った獣人だった。
頭部は羊。体毛は柔らかな毛皮。
アルゴのあとに部屋に入ってきたその獣人に対して、クロエは抗議の声を上げた。
「寒いニャ! そんなモコモコ毛のラッさんには、クロエの辛さは分からないニャ!」
クロエが「ラッさん」と呼んだ羊の獣人の名は、ラッセル・クロフォード。
この館の使用人である。
「メ―。困りましたな。ここには暖炉はありませんし」
困った顔で室内を見回すラッセルに、アルゴは言う。
「しかたがありませんよ。それで、何かありましたか?」
「おお、そうでした。会議が終わったようです」
この館で会議行われていた。
その会議に参加している主なメンバーは、メガラを筆頭とした数人の魔族たちと、この館の主にしてクロノアの領主、ディーガ・アンカートである。
イオニア連邦は、十三の領からなる連合国家だ。
十三の領にはそれぞれ領主がおり、そのうちの一人がディーガ・アンカートである。
イオニア連邦は、古くからルタレントゥム魔族連合と同盟関係にある。
現在はルタレントゥム魔族連合の避難民などを受け入れ、ルタレントゥム魔族連合の再興を支援している。
ラッセルは続きを言う。
「ささやかですが魔族の盟主様の御帰還を祝して、祝いの席を設けておりますゆえ、お二人もどうぞ御参加を」
「や、やったニャ!」
飛び跳ねながら喜ぶクロエの様子に、ラッセルは柔らかい笑みを浮かべる。
「早く行こうニャ! アルくん!」
完全に息を吹き返したクロエ。さっきまで部屋で震えていたクロエはもう居なくなっていた。
クロエに腕を引っ張られながら、アルゴはクスッと笑った。




