139.邪悪なもの
湿原を進み、ダンジョンの出口へと辿り着いた。
出口は、天井まで届く高さの岩山にあった。
岩山にぽっかりと空いた穴が出口だ。
その出口は、ダンジョンへの入り口でもある。
つまりアルゴたちは、ダンジョン最初の地点に戻ってきたということだ。
「さて、ここからだな」
出口を見つめながらメガラがそう呟いた。
出口の先はヴェラトス砦に続いているが、砦がどんな状態になっているかは想像できる。
ヴェラトス砦に攻め入った魔族軍は命を懸けて戦ったが、相手との兵力が違いすぎる。
ヴェラトス砦を落とすことは難しいだろう。
よって、ヴェラトス砦は依然として敵地だ。
その敵地に、この少人数で踏み込むのは自殺行為といえよう。
「この先は敵地だ。当然だが、我々だけで砦を制圧することは難しいだろう。ゆえに、戦うことを考えるな。戦うのは必要最低限に努め、砦から脱出することを優先しろ」
「御意に」
「了解ニャ」
「分かった」
と各々返事をした。
「アルゴ、お前はお前自身の命とカーミラを守るのだ」
カーミラに戦う力はない。
誰かが守らなければ、立ちどころに命を落としてしまうだろう。
「うん、任せて。あの、俺から離れないでください……カーミラさん」
「え、ええ……」
カーミラは、少し困惑の表情を浮かべながら返事をした。
「……よし。いくぞ」
アルゴたちは進みだした。
岩山に空いた穴を通過し、奥にある階段を上る。
そして、巨大な猿エンヒと戦った広間へと到着。
そこにエンヒの死体はなかった。兵士たちが処分したのだろうか。
アルゴはそのことを疑問に思いながら、神経を研ぎ澄ませながら地上へと続く階段を上る。
階段を上りながら、アルゴは不思議に思った。
静かすぎる。
砦の静かさは異質だった。
ここは地下だ。地下に人気はなく、それは当然といえば当然。
しかし何故か、アルゴは異質なものを感じた。
階段を上り切り地上へ到着。
相変わらず人気はない。
ここは中央塔一層の広間。一人ぐらい兵士がいてもいいはずだが、誰もいなかった。
「なんだ? どうなっている?」
「盟主様、私が外の様子を確認します。ここでお待ちください」
異常を感じ取ったネロは、広間の先の扉を見つめてそう言った。
「いや、全員でいくぞ」
「ですが」
メガラは永久の杖を翳して言う。
「開口一番、余が魔術を放つ。その隙に脱出するぞ」
ネロは少し悩んだ末に返事をする。
「承知しました」
そして、全員で扉へと近付いた。
アルゴとネロの二人で扉を開ける。
扉の解放と同時に光が入ってくる。
メガラは、早速魔術を放とうとした。
だが、それを止めた。
扉の先は広場となっている。
その広場には、大勢の兵士たちがいた。
そして驚くことに、その者たちはアルテメデス帝国の兵士たちではなかった。
その者たちは、魔族だった。
魔族の数は千を超える。
千を超える魔族たちが隊列を組んでいた。
魔族たちは動かない。
微動だにしないその魔族たちの姿は、まるで何者かの命令を受けてそうしているようだった。
メガラは魔族たちの方へ歩き出した。
ゆっくりと、だが速度を落とさずに前へ進む。
不動を維持する魔族たちに変化が訪れた。
魔族たちが一斉に動き出したのだ。
正確かつ規則正しい動きで、よく訓練されていることが見て取れる。
再び魔族たちが静止した時、道ができていた。
それは、人が三人ほど並んで歩ける幅の道。
道の両脇には不動の魔族たち。
魔族たちが作った道をメガラは進む。
歩き続け、やがて止まった。
そして、メガラは口を開いた。
「また同じことを言わせるか。この演出は何だ? ミレト」
メガラの目の前には、ミレト・ガラテイアが立っていた。
ミレトは、艶のある笑みを浮かべて言葉を返した。
「不服かえ? 気難しいことじゃ、盟主様は」
「これはどういう状況だ? この魔族たちは何だ?」
「フフフッ。盟主様が死んでいる間に、様々仕掛けていたということじゃ」
「いいから答えろ。この状況を説明しろ」
ミレトは扇子を扇ぎながら、やれやれと首を振る。
「見たままじゃ。この砦は落とした。妾の軍によって」
「軍だと? どこにこれだけの兵士を隠していた? イオニア連邦から引っ張ってきたと?」
「まあまあ、盟主様。まずは喜びましょうぞ。見事、アレキサンダーを討ったことを」
「……なるほどな。眷属を通じ、我々のことを見ていたか」
「ええ、見ておりましたとも。素晴らしいご活躍でありんした」
「洞窟にサラマンダーを突っ込ませたのはお前か?」
「フフッ。確かに、眷属を使ってサラマンダーを洞窟内へと誘導したのは妾じゃ。けど、気にせんでくださいましね。主を助けるのは、臣下として当然のこと」
「ふん、どの口が。だがまあ、助かったのは事実だ。それに関しては礼を言おう」
「フフフッ。有難きお言葉」
「で、この者たちは何だ? いい加減に答えろ」
「盟主様、取引を致しません?」
「取引?」
「この兵士たちは、パルテネイア聖国で集めた者たちじゃ。かの国には、アルテメデス帝国を脅威に思っている者たちが大勢いるのでなあ」
「パルテネイア聖国……。アッカディア教会の総本山か。いつの間にお前は……」
「盟主様、取引の話じゃ」
「言ってみろ」
ミレトは一つ頷いて答える。
「この兵士たちは、よく鍛えられた強者たち。この者たちを全て盟主様に差し上げましょう」
「なんだと?」
「その代わり、ソレを妾にくださいな」
ミレトは指でソレを指し示した。
指の先には、メガラの背後で控えるアルゴの姿。
つまりソレとは、アルゴのことだった。
ミレトは眷属を通じ、アルゴの戦いを見ていた。
そして理解した。アルゴの価値を。
突然の指名に戸惑うアルゴ。
メガラは少しも悩まなかった。
「断る」
「千の強者と引き換えでも?」
「答えは変わらん」
「そう……でありんすか。まこと―――残念じゃ」
ミレトは右手を上げた。
それを合図に、兵士たちは武器を取った。
数多の武器がメガラに向けられる。
これは、主に対する明確な反逆。
アルゴ、クロエ、ネロは、戸惑いつつも戦闘態勢を取った。
「な、なんでこうなるニャ!」
「し、しかし、何もせず死ぬわけにはいきません!」
クロエとネロがそう叫んだ。
アルゴは叫びこそしなかったが、険しい表情を見せた。
流石に数が多すぎる。この人数を相手にするのは無理だ。
アルゴたちは危機的な状況にあった。
せっかくアレキサンダーを倒したと言うのに、何故こうなる。
何故、仲間割れが起こってしまう。
アルゴがそう思った時だった。
「フフッ」
ミレトは薄く笑みを浮かべ、右手を下ろした。
それを合図に兵士たちは武器を収めた。
「お前……何のつもりだ?」
メガラの鋭い視線を受け流すように、ミレトは扇子を扇ぎながら言う。
「冗談じゃ。そう怖い顔せんでくださいまし」
「ふざけているのか?」
「本気の方がよかったかえ?」
メガラは、周囲の兵士たちに視線を走らせて言葉を返す。
「……この件、覚えておくからな」
「あら、怖い怖い」
ミレトは茶化すようにそう言って歩き出した。
ゆっくりとアルゴの方へ近づく。
そして、アルゴの耳元で囁くように言う。
「坊や。心変わりがあれば、いつでも妾に言うのじゃぞ? きっと―――いい思いができるはずじゃ」
艶めかしく言うミレトの瞳は、獲物を捉えた蛇のようであった。
アルゴは何も反応しなかった。
メガラを裏切ることなどありえない。
そのアルゴの様子を見てミレトは軽く息を吐くと、また歩き出した。
「さあ、盟主様とその従者たち。ささやかながら祝いの席を設けております。どうぞ、こちらへ」
アルゴはミレトの後ろ姿を見ていた。
このままついて行ってよいのだろうか。
固まるアルゴ。その時、メガラが声が聞こえた。
「いいだろう。行ってやろうではないか」
メガラは歩き出し、アルゴたちに言う。
「お前たち、行くぞ」
メガラにそう言われて、アルゴたちは覚悟を決める。
アルゴたちは歩き出した。
ミレトは後ろを覗いてアルゴたちの様子確認すると、薄く笑みを浮かべた。
「フフフッ。そう固くなる必要はありんせん。妾は本当に祝いたいのじゃ。なぜなら帝国は大将軍を二人も失った。いま、盤面が引っ繰り返ろうとしている。だから今日は、食べ、飲み、存分に祝いましょうぞ。そうじゃろう? 盟主様」
そう述べると、ミレトは笑い声を響かせた。
「アハハハハハッ! 今日は、まこと良い気分じゃ!」
それは、心から溢れ出した確かな気持ち。
しかしそれは、純粋ではあったが、黒い色を湛えていた。
アルゴにはそれは、邪悪な物のように見えた。
これで四章は終わりです。ここまで読んで頂きありがとうございます。
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