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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第四章

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138.盟主の誓い

 一頭のサラマンダーが湿原を駆けていた。

 サラマンダーの背に乗るのは、アルゴ、メガラ、クロエ、ネロ、レイネシアの母親の五人。

 クロエがサラマンダーを操り、アルゴ、メガラ、ネロはサラマンダーの背の上で体を休ませている。

 レイネシアの母親は、今も眠り続けている。


 サラマンダーは湿度の高い場所は苦手なはずだが、どうやらこのサラマンダーは特殊個体であるらしい。

 速度を落とすことなく湿原を駆ける様子に、メガラは頼もしさを覚えた。


 崩れゆく洞窟から全員無事で脱出できたのは、このサラマンダーのお陰だ。

 サラマンダーが現れなければ、誰かが犠牲になっていただろう。


 なぜサラマンダーが洞窟に現れたのか。

 その理由は分からない。

 だが分かっていることはある。

 このサラマンダーは、洞窟を守護していたアルテメデス兵たちが騎乗していた個体であることは間違いないだろう。

 背中に装備された鞍と、口元に括りつけられた手綱がその証拠だ。


「この辺りで少し休むニャ」


 サラマンダーの手綱を握るクロエがそう言った。

 洞窟を出てからずっとサラマンダーを走らせ続けている。

 どこかで休ませる必要があるのだ。


「そうだな」


 メガラがそう返事し、クロエはサラマンダーを停止させた。


 そうして、各々は土の上に腰を下ろした。

 土は湿っているが、この場所は比較的水気の少ない場所だ。

 土の上に座っても衣服が少し濡れる程度で、ずぶ濡れにはならない。


 会話はなかった。

 皆、疲れている。

 アレキサンダーを討つという目的は達成したが、それに浮かれ騒ぐというような空気にはならなかった。


 しんと静まり返った空気。

 それゆえに、四人はすぐに気付いた。


 サラマンダーの背の上で眠るレイネシアの母親。

 その呻くような小さな声が。


「うッ、んんッ……」


 どこか艶めかしい息を吐きながら、レイネシアの母親はゆっくりと上体を起こした。


「ここは……」


 美しい顔に困惑の表情が浮かんでいた。


 アルゴたちは目を見開いて固まってしまう。

 何と声を掛けるべきか迷った。


 そして、最初に声を掛けたのはメガラだった。


「さぞ驚いていることだろう。お前の動揺は理解する。だが案ずるな。我らは味方だ」


「レイネシア……?」


 まだ覚醒しきっていないのか、レイネシアの母親はぼんやりとそう呟いた。

 だが、次の瞬間には目を見開いて大きな反応を見せた。


「レ、レイネシア! レイネシアなのね!」


 レイネシアの母親はそう叫び、サラマンダーの背から飛び降りてメガラの体を抱きしめた。


 メガラは抱きしめ返さなかった。

 棒立ちのまま、何の反応もしなかった。


「違う……」


「レイネシア……良かった。良かった……生きていてくれて……」


「違うのだ」


「レイネシア?」


 メガラはレイネシアの母親の腹を押して、無理やり引き離した。


「聞くのだ。余はレイネシアではない」


「……え?」


「全て……全て説明する。だから、聞くのだ」


 それからメガラは全てを説明した。

 この肉体は間違いなくレイネシアだが、精神は別人。

 ルタレントゥム魔族連合の盟主。永久の魔女、メガラ・エウクレイアである。

 そして、ここまでの道程を簡単に説明した。


 レイネシアの母親は、涙を流しながら聞いていた。

 途中、口を挟むことはなかった。


「余からは以上だ。何か……訊きたいことはあるか?」


「盟主様、一つだけ……よろしいでしょうか?」


「よい」


「レイネシアは、戻ってくるのでしょうか……?」


 その質問に対しては、いくらでも嘘をつくことができた。

 レイネシアの母親を安心させてこの場を取り繕うことは容易だったし、あるいはそうするべきだったのかもしれない。 


 しかし、メガラはその選択をしなかった。


「分からない。正直に言って、転生の秘術が成功するとは余自身思っていなかった。あれは、まじないのようなもので、戦いに赴く前の……気を紛らわすための……遊びだ」


 その瞬間、レイネシアの母親は憎しみの表情を浮かべた。


「ああああああッ!」


 レイネシアの母親は、歯を剥き出しにしてメガラに襲い掛かる。


 アルゴとネロは即座に動いた。


 アルゴはレイネシアの母親を後ろから羽交い絞めにし、ネロはメガラを守るように立ち塞がった。


「どうしてッ! どうしてなのよッ! どうして私の娘なの!?」


「それも分からない。少なくとも、余がお前の娘を選んだわけではない」


「ああ……ああ……レイネシア……」


「お前が恨むのも当然だ。余はお前に殺されても仕方がない思っている。だが、殺されるわけにはいかんのだ。余には、まだやらなければならないことがある。それになりより、余を殺すということはレイネシアが死ぬということだ。だから……余は死ねないのだ」


 メガラを殺すということは、レイネシアを殺すことと同義。

 それを理解したレイネシアの母親は、全身の力を抜いて膝から崩れてしまった。


 両の掌で顔を覆って、泣き出してしまったレイネシアの母親に向かってメガラは言う。


「だが約束する。全てを終わらせた時、この体はレイネシアに返す。今はその方法は分からないが、返す方法を探し続ける。それを誓う」


 しばらくして、レイネシアの母親は少し落ち着きを取り戻した。


「あの子は、私の宝物でした。あの子が笑ってくれるだけで私は……」


「……」


「ですから、私は憎い。あの子を奪った貴方様と……アルテメデス帝国が」


「そうだろうな……」


「お願いです盟主様。もしレイネシアが戻らないというのなら―――。せめて、アルテメデス帝国を滅ぼしてください」


「―――よかろう」


 レイネシアの母親は、それを聞いて頭を低く下げた。

 落ち着いたことでようやく思い出したのだ。

 いま目の前に居る存在が誰であるのかを。


「いまさらだが、お前の名を聞かせてくれ」


「はい。私の名はカーミラ。カーミラ・リンドロードで御座います」 


「カーミラよ。この場で改めてお前に誓おう。レイネシアに体を返す方法を探し続けよう。帝国と戦い続けよう。恩には恩を。仇には仇を。全てを(あがな)わせ、全てに報いる。だからそれまでは、余のことを見ていてくれ」


 それを聞いてカーミラは、深々と頭を下げた。


 アルゴはメガラとカーミラのやり取りを黙って見ていた。

 思うところはあった。

 だが、口を挟むべきではないことはアルゴにも分かっている。


 レイネシアに体を返すとメガラは言った。

 もしそれが実現すれば、当然メガラの意思は消え去ってしまう。


 それは、嫌だな……。


 それがアルゴの思いだった。

 決して、口には出せない素直な気持ちだった。

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