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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第四章

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136.発動

 クロエの体力は限界に近付いていた。


 この熱さ。大量の敵。

 あとどれだけ耐えればいい。


 鎖を乱舞して骸骨たちを粉砕するが、骸骨たちは止まらない。

 しかも、砕け散った骸骨たちは時間が経てば復活する。

 終わらない戦い。ここはまさに地獄だった。


 それでも、諦めるわけにはいかない。

 ここが突破されれば全てが終わる。


 不死身のアレキサンダーを殺すには、メガラの奥義に頼る他ない。

 そのメガラは背後で精神集中を続けている。


 クロエは己の動きが鈍っていることを自覚している。

 それでも、クロエは己を奮い立たせた。


「ニャアアアアアアッ!」


 熱い。とにかく熱い。いつ体が燃え始めてもおかしくない。

 だが、クロエは怒りの炎を燃やし、己を奮い立たせた。


 アルテメデス帝国によって火あぶりにされた家族のことを思い出す。

 家族が受けた苦しみは、こんなものじゃなかったはずだ。

 炎に焼かれ、煙によって窒息する苦しみは想像を絶する。


 だからクロエは、やらなければならないと思った。

 家族の恨みをはらすには、アルテメデス帝国を燃やさなければならない。


 初めてメガラに合った時、クロエは確かに感じた。

 メガラの瞳には炎が宿っていた。

 あの炎なら、敵を燃やし尽くせるかもしれない。


「頼むニャ……メガちゃん」


 小さくそう呟き、鎖を振るって目の前の骸骨を砕いた。


 ゾクリ。


 と背筋に悪寒が走った。

 クロエは咄嗟に後ろに目を向けた。


 それは、黒色の球体だった。

 拳ほどの大きさのソレは、永久の杖の先端から約五十センチのところで浮いていた。


「あれは……」


 闇が集まったようなその球体を見て、クロエは確信する。


「あれが―――永久の結界」



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 アルゴとアレキサンダーの戦いは、熾烈を極めていた。


 アレキサンダーは、指先から火炎放射を放った。

 激しい炎がアルゴの頬をかすめるが、アルゴは動じない。

 アレキサンダーの懐に潜り込み、魔剣を下から突き上げた。


 魔剣はアレキサンダーの体を縦に大きく裂いた。


「―――ぐうッ!」


 アレキサンダーは怯んでしまった。

 その隙に、アルゴは魔剣でアレキサンダーを滅多刺しにする。

 アレキサンダーの体に穴をあけ続けるが、それでアレキサンダーが死ぬはずもない。


「はあああッ!」


 アレキサンダーが叫びを上げると、アレキサンダーの全身から炎が噴射した。

 周囲の岩肌を溶かすほどの高温だったが、アルゴはその炎の範囲から逃れていた。

 アレキサンダーはアルゴとの距離を詰めようと動き出した。


「―――ぬッ!?」


 その時、アレキサンダーは気付いた。

 岩場のスロープを六百メートルほど下った場所で、捨て置けない事象が発生した。


「メガラ・エウクレイアめ」


 永久の杖の先に、闇の球体が生じている。

 その異質な気配は、決して見過ごせるものではなかった。


 アレキサンダーは腕をメガラに向けた。

 向けられた腕は三本。その掌に炎が収束していく。


「よそ見ですか」


 アルゴがそれを見逃すわけがなかった。

 アルゴの魔剣が、アレキサンダーの腕を三本斬り落とした。


「……むうッ」


 アレキサンダーが唸り声を上げた瞬間、アルゴは続けて魔剣を振った。

 一太刀でアレキサンダーの首が飛んだ。


 アレキサンダーの頭部が空を舞う。

 その瞬間、アレキサンダーの背中から生えた骨の腕が伸び、頭部を掴んだ。

 そして何を思ったか、アレキサンダーは自分の頭部を投げた。


 頭部はアルゴの頭上を超え、この洞窟の入り口付近へと落下。


「何をしてるんですか?」


 アレキサンダーの行動に疑問を浮かべるアルゴだったが、次の瞬間には理解した。


 地面に落下したアレキサンダーの頭部から首が生え、体が生えた。

 洞穴の入り口付近に、無傷のアレキサンダーが生まれたことになる。


「そんなこともできるんですね……」


 さっきまで頭部の無いアレキサンダーが立っていた場所には、今はなにも無い。

 岩の地面があるだけ。

 アレキサンダーはアルゴから離れるために緊急退避したのだ。


「でも逃がしません」


 アレキサンダーに距離を離されてしまったが、さほど遠くはない。

 再び間を詰めることは容易。


 アルゴに接近される前に、アレキサンダーは行動を起こした。


 アレキサンダーは近くの壁に手を添えた。その直後、壁の一部が崩れ去った。

 壁の中にはある人物が隠されていた。

 アレキサンダーの二本の骨の腕が、その人物の両肩を掴み上げた。


 その人物は、澄んだ水色の髪をしていた。

 目は閉じられている。眠っている。いや、眠らされているのだろう。

 こめかみから生えたツノは、まぎれもなく魔族の証。


「メガラの……いや、レイネシアの母親か……」


 卑怯者め。


 アルゴは冷静にアレキサンダーを見据えながらも、怒りを感じていた。

 レイネシアの母親は人質だ。

 今、その生殺与奪はアレキサンダーが握っている。

 不用意にアレキサンダーに近付けばどうなるかは、容易に想像できる。


 何が武者だ。何が戦士だ。


 アルゴはようやく理解した。

 あの敵は怪物だ。人間ではない。

 人間の常識など通じない。

 誇りある戦士の振る舞いは、ただ単純に誰かの真似をしているだけ。


 所詮は化け物。所詮は空虚な骨の怪物。


 アレキサンダーは、舌も唇も無い頭蓋骨から声を発した。

 どういう理屈で声が出ているのかは分からない。

 だが、その声はよく通る声だった。


「メガラ・エウクレイア! 某を見ろ!」


 その叫びを聞いて、メガラは薄目を開けた。

 遥か高所にいるアレキサンダーへと視線を向ける。


 メガラの注目を得られたことで、アレキサンダーは小さく笑い声を立てた。

 だが、次の瞬間には無言となる。


 メガラは、人質を取るアレキサンダーを見ても動じなかった。

 アレキサンダーを無視し、溶岩に目を向けた。


 そしてメガラは、永久の杖の先端を溶岩に向ける。

 永久の杖の先に浮かぶ小さな闇が、ゆっくりと動き出した。

 闇の球体は空中を移動し、溶岩の中に吸い込まれるように入っていった。


 それから約三秒が経過するが何も起きない。


「不発か?」


 アレキサンダーは小さくそう呟いたのち、次の行動を決めた。

 もう一度闇の球体を放たれるのは不味い。あれは良くないものだ。

 それゆえに、メガラ・エウクレイアの精神を削ることが先決。


 アレキサンダーは人質を放り投げた。

 ただ殺すよりも、灼熱の溶岩で溶ける様を見せた方がメガラの精神を削れるはずだ。


 レイネシアの母親は自由落下を始める。

 その目は閉じられたままだ。

 このままでは確実に溶岩へと落ちてしまう。


 その時、アルゴはやるべきことを決めた。

 少し前、アレキサンダーの叫びにメガラが反応した時のことだ。

 メガラはアレキサンダーに視線を向けたのち、アルゴにも視線を向けた。

 メガラとアルゴが視線を合わせたのは、本当にわずか一瞬。

 その一瞬で、アルゴはメガラのメッセージを受け取った。


 アルゴは走り出した。

 溶岩の方へ向かって。

 速度を落とさぬまま、岩場のスロープから飛ぶ。


 レイネシアの母親の後を追うように、アルゴも自由落下を始めた。

 だが、先に落下を始めたレイネシアの母親に追いつけるはずもない。


 だからアルゴは賭けに出た。

 精神を集中し、頭に思い描く。


 大丈夫だ。俺ならできる。

 なにより、俺は見たはずだ。


 魔術の真髄とは想像力である。

 これはメガラの言葉だ。


 アルゴは想像する。

 強い風を。吹き荒れる突風を。

 それは、空を切り裂くような鋭い疾風ではない。

 言うなればそれは、爆ぜるような爆風。


「―――ダービュランス!」


 吹き荒れる突風が、アルゴの右手から放たれた。

 その風を推進力にしてアルゴは加速。

 落下を続けるレイネシアの母親に追いついた。


 それからアルゴは、レイネシアの母親の右足首を掴んだ。


「ごめんなさい!」


 と叫び、空中でレイネシアの母親を投げた。


 レイネシアの母親は、スライドするように空中を飛び、岩場のスロープの上に落下。

 強く体を打ち付けるが、死んではいないはずだ。


 そう予想しながらアルゴは、頭上に目を向けた。

 アレキサンダーがこちらを見ていた。

 それだけではない。アレキサンダーの六つの腕がアルゴに向けられている。


 アルゴは空中で魔剣を構える。

 空中では自由が利かないが、アルゴには自信があった。


「来いッ!」


 と気合を入れる。


 その瞬間、アルゴの背中にゾクリと悪寒が走った。


 落下を続けるアルゴの姿を確認し、メガラは小さく笑う。


「アルゴよ、よくやった。あとは余に任せろ」


 メガラは永久の杖を掲げた。


「永久の結界―――発動」

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