135.死守
燃え盛る人骨。
皮膚も肉もない人の骨。
骸骨が独りでに動くなどありえない。
だが実際に、骸骨たちは己の足で歩行を続けている。
「うニャ!」
と掛け声を上げ、クロエは鎖を振り回した。
鎖が鞭のようにしなり、目標へと迫る。
鎖の先端に装着された分銅が頭骨を砕いた。
乾いた音を立て、頭骨がバラバラと地面へと散らばる。
骸骨は頭部を失うが、それでも倒れない。
頭部を失ってもなお歩行を続ける。
骸骨の歩行速度は速くない。
反応も鈍い。骸骨に攻撃を当てることは容易い。
それでも、クロエとネロの表情に余裕は見られない。
骸骨は十分に脅威と言える。
その理由は三つ。
一つ目は骸骨の数。
ざっと数えただけで百は超える。
しかも、その数は今も増え続けている。
溶岩から新たな骸骨が這い出し続ける。
二つ目は骸骨が全身に纏う炎。
骸骨との距離感を間違えれば、たちまち炎に燃やされてしまうだろう。
その灼熱の炎は骸骨の武器であり盾。
骸骨に近接することは難しく、逆に骸骨は標的に近付くだけでいい。
三つ目は骸骨の再生力。
骸骨は自身の骨を再生させることが可能。
砕けた頭骨の破片が塵になり消え去ったかと思いきや、次の瞬間には首の骨の上に骨粉が現れ、再構築を始めた。
時が巻き戻っているかのような奇妙な光景であった。
骸骨を迎え撃つのはクロエとネロの二人。
クロエとネロは並の強さではないが、たった二人だけで骸骨の大群を捌くのは限界がある。
クロエが鎖を薙ぎ、ネロが二本の剣を振る。
前線の骸骨たちを破壊していくが、骸骨たちの波は途絶えない。
クロエとネロはジリジリと後ろに追いやられていく。
「骸骨どもめ……」
ネロは骸骨を睨みつけ、それから後ろを覗き見た。
後ろには、目を閉じて精神を集中するメガラの姿。
なんとしても、ここは死守しなければならない。
ネロの体から大量の汗が流れていた。
それも当然。溶岩と骸骨が纏う炎の熱さは尋常ではない。
過酷な環境での戦いは、精神への負担も大きい。
あとどれだけ耐えればいい。ネロには分からない。
だがネロは、焦燥を感じていなかった。
ブラウロン家は武の家系だ。
その家に生まれたネロは、幼い頃より教え込まれていた。
戦場で武功をあげなさい。より多くの首級をあげなさい。
ネロは見てきた。
戦場で華々しい功績をあげる者たちを。
ネロはその姿に憧れた。そうありたいと願い、それに見合うだけの修練を重ねてきた。
しかし、ある時に気付いた。
自分には十人並みの才しかないと。
先代当主アトロン・ブラウロンの輝かしい功績と比べれば、自分のあげた戦果など無いものに等しい。
アトロンは凄まじかった。ひとたび戦場に出れば、無双の戦士と化して敵を屠り続ける。
それはまさに、物語で語られる英雄の如き姿。
アトロンだけではない。ネロは英傑たちを見てきた。
その綺羅星のような存在を前に、ネロは己の小ささを知った。
だというのに、何の巡り合わせだろうか。自分は今、ブラウロン家の当主の座に就いている。
分不相応だと思った。
アルゴに言った通り、自分は繰り上がりで空いた席に座っているだけの凡夫だ。
そこまで考えて、ネロはニヤリと笑った。
アルゴの言葉を思い出したのだ。
アルゴは言った。
才能がないと駄目なんですか?
ネロは笑みを浮かべながら独り言を吐いた。
「駄目だろう」
駄目だと誰が決めたんですか?
「さあな」
すべて自分で決まればいいと思います。
だってあなたは、奴隷ではないのですから。
「……かもな」
ネロは息を吐いて、目の前の骸骨の集団を見据えた。
「そうだな。どうするかは……私が決める。ここが……私の死に場所だ」
ネロはここで己の命を燃やし尽くす覚悟だった。
これまで華々しい功績をあげることはできなかった。
それは、才能のない自分には無理なのだろう。
しかし、ここで骸骨どもを食い止めることができたのなら、それは大きな武功となろう。
アレキサンダーを討つ一助になれたのなら、これに勝る功績はない。
だからネロは覚悟を決めた。
だからネロは自分で決めた。
「かかってこい骸骨ども! このネロ・ブラウロンが冥途におくってやる!」
ここを死に場所と定めたネロは、己の命を燃やし始めた。




